3:ぼくを想う呉林飛鳥

 ――工藤御幸くん……確かに、当たりだったわね。


 呉林飛鳥は駆動するビースト内部で内心独り言ちる。彼はこれまで気にかけたこともないクラスメイトだった。


 顔立ちは可愛らしい方で、中肉中背の他に特徴のない男子生徒。

 まさか自分が彼を囲う一夫多妻のメンバーになるとは思ってもみない。


 もともと呉林財閥の次女である飛鳥は、いずれ親が決めた相手と親が決めた形式で結婚する――ことを嫌って、政略結婚よりも有用であることを示すために自身でも事業を手がけてきた。その甲斐もあって、とうとう伴侶も形式も自分自身で決めると認められた。


 だが、そこで別の問題が立ち上がって来たのである。

 少子高齢化対策のために自由婚が認められた昨今、結婚に対するハードルを下げるため、婚姻可能年齢も引き下げられた。手厚い保護も受けられるようになって、学生結婚、妊娠すらザラだ。


 そのため財閥の令嬢ともあって、飛鳥ははやく結婚することを求められた。結婚の自由は勝ち取ったが、結婚自体はしなくては世間の目が許さないのである。それを無視すれば自身の事業にも悪影響を及ぼしかねず、その弱みにつけ込んでロクデモナイ輩が婚姻を申し込んでくるに違いない。

 だからこそ飛鳥は良い相手を探していたのだが、自身の眼鏡に適う男は見当たらない。


 そうしていたところ、飛鳥も一目を置き、気の置けず気を抜けない相手でもある生徒会長が、彼を囲うことを提案してきたのであった。


『ね~、飛鳥ちゃんも、こっち、来ない?』


 聞いて驚いたのだが、彼を囲うメンバーは、生徒会長のまひる以外にも飛鳥が一目置いていた女子たちだった。


 どうして彼女たちほどの人間が彼のような――確かにまひる好みの可愛らしい顔はしていたが、後は鬼の風紀委員長も、――容姿だけで彼を選ぶとは信じられない。

 よくよく話を訊けば、彼女たちは彼を囲うピースとして飛鳥を欲しがっていた。


 損得を介した関係。


 それこそ飛鳥にとっては慣れ親しんだものであったし、むしろ信頼が置けた。お試しでも良いとは言われ、言ってみれば彼よりもむしろ彼女たちの方に興味があった。

 残念ながら百合ではない。

 念のため。


『どうやらあなたたちは共闘関係にあるらしいけれど、良いのかしら? 私が入ることによって、出し抜かれるとは思わないのかしら?』

『大丈夫よ~、それも含めて飛鳥ちゃんを誘っているから、ね』


 そう言ったまひるの糸目は薄らと開いて、まるで深淵から覗き込まれているようで流石の飛鳥も背筋が寒くなった。

 そうして今日、暫定的にではあれど飛鳥と云うピースを手に入れた彼女たちは、御幸を囲うべく行動を起こしたということであった。


 ――そこまで言われる彼に、飛鳥も興味を持った。


 他のメンバーは程度の差こそあれ御幸と接点があったらしく、今日は彼と一対一で話したいと言った飛鳥の要望は通すことが出来た。当然彼のことは自分でも調べてみた。


 呉林財閥の力――と言うよりはそれを基にして築き上げた飛鳥自身の力によって、むしろデータに関しては古参の彼女たちよりも詳しいデータを集められることが出来たと言えた。


 それを流せばまひるは「生徒のことを知っておくことは生徒会長の務めですから」と言って、風紀委員長の愁は「けしからんけしからん」と言いつつ受け取っていた。

 彼女たちの赤い本心は整った鼻から垂れていた。

 他の二人も驚きつつもちゃっかりと受け取っていた。

 だからひとまずの義理は果たしたのだ。


 飛鳥は気兼ねなく彼を拉致――ドライブに誘って、実際の彼の人となりを確認したのである。


 ――正直、楽しかったわ。


 そして愉しかった。

 可愛らしい顔をしているのに、彼は自分が呉林飛鳥様であることを知っているのに、飛鳥が構わないと言えば、へりくだることも媚びることもせずに応えてくれた。彼の人柄なのだろうが、こちらがイジっても嫌な顔一つせずにやり取りを交わしてくれた。


 それに、あれだけ自然にツッコまれるのも、飛鳥としては初めての経験だ。


 ――たくさんツッコまれてしまったわ。ふふっ。


 卑猥だ。

 が、それはそれとして、正直な気持ちとしては嫌ではなかった。


 彼のような男性ははじめてで、今日のことだけでも随分と気に入った。これでも様々な人と会って目は肥えている。少なくとも彼が信頼の置ける人間であることは見て取れた。

 ただし、男性――雄として魅力的であるかは、まだ正直微妙なところではあったのだが。


 それでも、少なくともこれまでに出逢った男たちの中では一番伴侶にして良いとは思えたし、彼の子供を産むことだって吝かではないと思えていた。だが吝かではないだけで積極的ではない。つまりは彼に対する気持ちとしては、能動的ではなく受動的なのだ。

 尤も、彼女のそうした想いを聞けば、


『え? あなたがそう想っている時点でもう陥落一歩手前だと思うのだけれど……。そもそも飛鳥さんは受け身に回らないお人では?』


 と、姉であったなら言ったに違いない。

 すでにその時点であらあらうふふ案件である。

 知らぬは本人のみと言うワケだ。

 その証拠に、


「ふふっ、彼はよくもああコロコロと表情が変わるものね」


 ――扠、それじゃあ明日はどう揶揄ってあげようかしら?


 飛鳥は彼との再会を心待ちにしているようだった。

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