勇敢なる戦士の世界

綿木絹

英雄たちに次の街を教える少年

「えっ!」


 八歳の黒い髪の少年は、何かを踏んでしまってスッ転んだ。

 ただ、背負っていた大きめのナップサックお蔭で、尻餅程度で済んでいた。

 その代わり、麻製のナップサックは見ていられない程汚れてしまったが。


「うわっ。ドーグルのフン、踏んじゃった。痛ってぇ。って!わ、わ、わ、わ‼そのフンがべったりリュックに。あー、もうついてないなぁ……」


 城壁の外は魔物だらけ。

 でも、倒せない程じゃない。


「うーと、これはまだいけるかな。でも、汚しちゃったから絶対に怒られるよね……」


 大事なのは中身だが、外側だって立派な商売道具だ。

 弁償しろ、なんて言われたら堪らない。

 気付かれないうちに洗った方が良い、少年はそう考えて城壁の門へと急ぐ。


「あ、あの人たち」


 少年は冒険者風の出で立ちの男三人、女三人の六人組を見つけた。

 かなり遠くだが、明らかに浮いているので直ぐに見分けが付く。

 ここはアリスレス国——なんて大層な名前を付けているが、大きな城があるだけでただの街と大差ない。

 だが、ここには王様が住んでいる。


 王の洗礼を、女神の洗礼を受けた六人の人間。

 

「さて、冒険の続きと行こう。」


 先頭の男が言った。

 一部が鉄で強化された革の鎧を纏った先頭に居る金髪の男。

 その後ろには鉄の鎧に大きな盾と大きな兜を身に纏った男がいる。

 更に後ろ、男児の心を擽る黒のマントの男騎士もいる。


「えー、もう行くのー?」


 後ろに並ぶのは女三人、その一人がそう言った。

 目のやり場に困る踊り子のような紫の髪の女。

 その隣に、聖職者なのだろうと一目でわかる青い髪の女。

 そして、少し気恥しそうにローブを纏った女。フードから見え隠れする赤い髪。


「英雄様たち、また王様と会ってきたのかな。それとも何か用事があったのかな。」


 門に居る番兵たちが彼らに頭を下げる。


「勇者様方!ご武運を‼」

「世界をお願いします!勇者様‼」


 この世界は百年前に変わってしまった。

 ここから遥か北にあった国、ブロギアは魔法と科学による究極の永久機関の開発を目指していたのだという。

 これは噂だが、その途中に事故が起きて、ブロギアは壊滅してしまった。

 更にこれも噂だが、そこは異界と繋がっており、地獄のような光景が広がっているらしい。


「中途半端に完成していた永久機関は魔物を次々に作り出す装置へと変わった……ってこれも噂だっけ。でも、これは流石に本当かもね。」


 百年前の大厄災により、異界の魔物が世界中に現れた。

 そして、国という国を蹂躙していった。

 彼らにそのつもりがあったのかは分からない。

 ただ、いきなり別の世界に繋がったのだから、肥沃な大地を異種族が独り占めにしていたのだから、横取りしようと思ったのかもしれない。


 その結果、近代国家は殆どが廃墟と化した。

 文明レベルは中世にまで戻り、封建時代に作られた城壁を持つ場所に人々は隠れ住むようになった。


「百年も昔のことだから、分からないけど………、って!英雄様たちがこっちに向かってくる!」


 噂はさておき、彼ら彼女ら六人の勇者様のお蔭で人々は多少の不安を抱きつつも、日々の暮らしを送れる。

 女神の書に綴られし六人、彼らこそが人類の希望である。


「……何より彼らがおかしくなった僕たちの世界を、例の異界から解放してくれる」


 だから少年は頭を深々と下げた。

 六人の勇者、六人の英雄、彼らは正しき心を持つ中堅冒険者だ。


「少年!ここ、城壁の外でしょう?危ないからお家に帰りなさい。」

「あ、はい。そうしようと思ってたところです。」

「お、坊主。それは山菜か何かか。その年で見上げた根性だ。俺達の後釜は決まったようなものだな。」

「い、いえ。僕、応援してますから……」


 こんな子供にも温かい言葉をくれる。

 彼らこそ、世界を救ってくれるに違いない。


「あ、そうだ。君。リスタという町はどちらにあるのか知っているか?」


 すると、その中のリーダーの男。

 先頭を歩いていた男が少年に問いかけた。

 だから、黒髪の少年は東を指差してこう言った。


「リスタならここから東の森を目指して、そこから北に進んだところにあります。」


 すると彼らは手を挙げて、「感謝する」と言った後、東へ向かった。

 そして英雄様達が戻ってこないのを確認して、少年は雇い主が待つ城壁内へと帰っていった。


      ◇


「今日はこんなものかなぁ……」


 十一歳の黒い髪の少年は、何かを踏まずにひょいと飛び越えた。

 相変わらず、魔物は出現している。

 聞いた話では街を取り囲んでいるのは最後の城壁で、農作も牧畜も城壁の外でしかできない。

 一応、その周辺にも兵士が警らしているが、外周を囲んでいた筈の城壁は所々に大穴が空いているので、農畜産の全てを守ることは出来ない。


「獣型ドーグルはどうにか追い払えるけど、人型のボーニンは武器を使うからまだちょっと怖いな。でも、ちゃんと魔石は回収したし、暫くは現れないよね。」


 城壁の外は魔物だらけ、更にその向こうにある壁は穴だらけ。

 穴の向こうの魔物は、城壁内とは違ってかなり強い。

 追い払っても、魔石のエネルギーが残っている限り、必ず農作物と牛や豚、下手をすると人間まで殺されてしまう。


「うーと、これで収まっているってことは、英雄様が頑張っているのかな。ま、僕には関係ないか。棟梁がもうちょっと気を利かせてくれたらなぁ。お婆ちゃんの為に薬草を常備しておきたいんだけど。」


 お金は必要ない。

 だって、隣町に行くのも大変なんだから、基本的には物々交換だ。

 皆の努力により、食べ物はどうにかなっている。

 彼もその戦力の一員として、若いながらも頑張っている。

 ただ、薬草となれば話は変わってくる。


「金属製品だけじゃなくて、薬関係はそうそう出回らないからなぁ。英雄様達は僕たちよりも危険な仕事をしているんだ、だから仕方ない。……それは、分かるんだけど。」


 ただ、もうすぐ三年になる。

 もしかしたら、余った回復薬が市場に流れてきているかもしれない。


「今日も雑貨屋さんに聞いてみよ!」


 少年は城壁の門へと急ぐ。

 薬草関係は女神の書に記載された人間にしか売らないことになっている。

 ただ、英雄様達が売った場合は別だ。

 それが、偶に売却品と札が張られて店頭に並ぶことがある。


 けれども、城門の一歩手前で少年は目を剥いて立ち止まった。


「あ、あの人たち」


 少年は立派な装備を纏った男三人、女三人の六人組を見つけた。

 かなり遠くだが、明らかに浮いているので直ぐに見分けが付く。


 王の洗礼を、女神の洗礼を受けた六人の人間。

 六人が城門の中に見えた。 



「さて、冒険の続きと行こう。」


 先頭の男が言った。

 白を基調とした鎧を纏った先頭に居る金髪の男。

 その後ろには銀色の鎧が歩いているのではないか、と見間違えてしまうほど大きな盾と大きな鎧を身に纏った男がいる。

 更に後ろ、男児の心を擽る黒の騎士、自信満々に歩く男。


「えー、もう行くのー?」


 後ろに並ぶのは女三人、その一人がそう言った。

 あでやかな服、目のやり場に困る踊り子のような紫の髪の女。

 その隣に、中位の聖職者なのだろうと一目で分かる女。

 そして、不気味なデザインの服、まるで絵本に登場する魔女が来ているようなローブに包まれた女。


「あれは英雄様達、また王様と会ってきたのかな。それとも何か用事があったのかな。」


 門に居る番兵たちが彼らに頭を下げる。


「勇者様方!ご武運を‼」

「世界をお願いします!勇者様‼」


 ここから遥か北にあった国、ブロギアが起こした事故によって、ここを含めた五つの国が壊滅的な被害を受けた。

 五つの国とも文明を維持することは難しかった。

 ただ、ブロギア以外は壊滅していないという話だ。

 アリスレス国と同様の状態の国が四つ、おそらくは似たような状況で怯えながら暮らしている。


「ここはブロギアから一番離れているらしいから、他の国はもっと大変って話だけど。もしかしたら鉱石とか採掘できるくらいにはなっているのかな。」


 百年前の大厄災により、異界の魔物が世界中に現れた。


 近代国家は殆どが廃墟と化したが、元々アリスレスは発展途上の国と呼ばれていた。

 だから、あれだけの装備を揃えられるのかもしれない。


「だからかな?前よりも逞しくなられている。あ、英雄様たちがこっちに向かってくる!」


 彼ら彼女ら六人の勇者様のお蔭で人々は多少の不安を抱きつつも、日々の暮らしを送れる。

 女神の書に綴られし六人、彼らこそが人類の希望である。


「……僕たちの希望だ。早く、世界を救ってほしいな。魔物が居なかったって言われている百年前の世界のように。」


 だから少年は祈りながら、頭を深々と下げた。

 六人の勇者、六人の英雄、彼らは勇敢で正しき心を持つ上級冒険者だ。


「少年!ここ、城壁の外でしょう?危ないからお家に帰りなさい。」

「あ、はい。そうしようと思ってたところです。」

「お、坊主。それは魔物の欠片か何かか。その年で見上げた根性だ。俺達の後釜は決まったようなものだな。」

「い、いえ。僕、応援してますから……」


 こんな子供にも温かい言葉をくれる。

 彼らこそ、本当に世界を救ってくれるに違いない。


「あ、そうだ。君。リスタという町はどちらにあるのか知っているか?」


 すると、その中のリーダーの男。

 先頭を歩いていた男が少年に問いかけた。

 だから、黒髪の少年は東を指差してこう言った。


「リスタならここから東の森を目指して、そこから北に進んだところにあります。」


 すると彼らは手を挙げて、「感謝する」と言った後、東へ向かった。

 そして英雄様達が戻ってこないのを確認して、少年は雇い主の所には行かず、雑貨屋に向かって走り出した。


「買い占められちゃってないかな……、急がなきゃ‼」


     ◇


「城壁の補修もそれなりってとこかな。夜に湧いてくる奴はどうにもできないけど……」


 十五歳の黒い髪の少年は、ボーニンを手斧で裁きながら、背負っているリュックの中身を手で確認した。

 山の中で見つけて来た山菜に薬草、実はやってはいけない行為だが、最近の祖母はそれほどに症状が重い。

 外側の城壁のお蔭で少しは生活が楽になった。だが、外縁の城壁内では相変わらず夜中に魔物が出現している。

 聞いた話ではあれだけはどうしようもないらしい。

 ただ、昼になれば弱くなるので、朝一番で戦える者全員で、それらを駆除している。


 一応、夜も兵士が警らしているが、危険すぎる為に殆ど手付かずのまま、次の日の朝を迎えている。

 だから、農畜産の全てを守ることは相変わらず出来ていない。


「魔よけのお香とか、聖水とかがあれば違うらしいんだけど。俺達がそれを使ってよい筈もなく。皆が住む内側の城壁内で使った残りは、全部英雄様用だから仕方がないか。」


 魔のエネルギーは夜になると何処からか湧いてくるらしく、魔石を取ったからといって、どうにもできないらしい。

 とはいえ、夜の出現する魔物は昼過ぎには消える。

 夜中と明け方の被害に目を瞑れば、どうにかやっていける。


「うーと、それさえ気を付ければどうにかなってるかな。やっぱり、英雄様が頑張っているんだよな。ま、俺には関係ないけど。神父様がもうちょっと気を利かせてくれたらなぁ。お婆ちゃん、回復魔法なら少しはマシになるかもしれないのに。」


 少しずつだが、お金が必要になり始めている。

 隣町との交易が僅かにだが始まっている。

 ただ、その全ては英雄様の為であり、民がお願いするとかなりのお布施が必要となる。

 以前に比べると、ある程度生活が出来るようになっている。

 それも、英雄様達のお蔭だ。


「お国の為に、世界の為に頑張っているんだもんな。だから我慢しなくちゃいけないのは分かってる。……でも、俺には婆ちゃんしかいないから。」


 彼が門の外で活動を始めて七年くらいになる。

 最初はおっかなびっくりだったけど、今ではこの国もどきの街に貢献している自負がある。

 だから、ちょっとくらいのお願いは聞いて欲しいものだ。


「今日も神父様にお願いしてみよ!」


 少年は城壁の門へと急ぐ。

 教会関係者は女神の書に記載された人間を優遇するような制度になっているらしい。

 魔力に長けた者は英雄様達の側の教会に移動していく。

 だから、魔法が使える者がほとんど残っていない。

 ただ、流石に王が住んでいるのだから、一人もいないなんてことは無い。

 今日はなかなかに頑張ったし、評判が上がっているという話も聞いている。


 だがこの日、彼は数年ぶりに城門の手前で立ち止まった。


「——え?あ、あの人たちは」


 少年は立派な装備を纏った男三人、女三人の六人組を見つけた。

 かなり遠くだが、明らかに浮いているので直ぐに見分けが付く。


 王の洗礼を、女神の洗礼を受けた六人の若者。

 六人が城門の中に見えた。 



「さて、冒険の続きと行こう。」


 先頭の男が言った。

 白と金を基調とした鎧、青白く輝く鎧とマントを纏った先頭に居る金髪の男。

 その後ろには魔力を帯び、銀色の鎧が歩いているのではないか、と見間違えてしまうほど大きな盾と大きな鎧を足先から頭まで纏った男がいる。

 更に後ろ、竜を象った装飾が男児の心を擽る黒龍の騎士、アレも男だ。


「えー、もう行くのー?」


 後ろに並ぶのは女三人、その一人がそう言った。

 見たこともない宝石を散りばめたあでやかな服、目のやり場に困る踊り子のような紫の髪の女。

 その隣に、最上位聖職者なのだろうと一目でわかる青い髪の女。

 そして、見たこともないデザインの服、まるで絵本に登場する魔女を若者風にアレンジしたローブに包まれた女。フードから見え隠れする赤い髪。


「勇者たち、また王様と会ってきたのかな。それとも何か用事があったのかな。」


 門に居る番兵たちが彼らに頭を下げる。


「勇者様方!ご武運を‼」

「世界をお願いします!勇者様‼」


 どうやら、北へ行くと技術が残っている国があるらしい。

 もしくは、ブロギアも壊滅しているとはいえ、技術者が何人か生き残っているのかもしれない。

 隠れ里や隠れ村なんかもあるのかもしれない。

 そうでなければ、魔法が付与された武具なんて手に入れる訳がない。


 ただ、今日の少年は感動を覚えずに、ただ茫然で彼らを見つめていた。


「今度こそはと思ってたけど、あれほどの装備をしてもダメだったってこと?」


 異界と繋がったという噂は本当かもしれない。

 そして、人間ではどうにもできない化け物しかいない。

 百年前の大厄災から、既に世界の滅亡は決まっていたのかもしれない。


「勇気ある者、だから勇者。皆はそう呼んでいるけど。本当にそうなのかな。女神の書って、本当に女神様が齎したんだろうか。……あ。——あの人たちがこっちに向かってくる。」


 確かに、彼ら彼女ら六人の勇者様のお蔭だ。

 人々は多少の不安を抱きつつも、日々の暮らしを送れている。

 女神の書に綴られし六人、彼らこそが人類の希望の筈だ。

 それでも——


「……僕はなりたくない。それが勇者なら、勇気ある行動なら。俺は臆病者でいい。」


 だから少年は勇者になりたくないと祈りながら、頭を深々と下げた。

 六人の勇者、六人の英雄、彼らは確かに勇敢で正しき心を持つ熟練冒険者だ。


「少年!ここ、城壁の外でしょう?危ないからお家に帰りなさい。」

「はい。そうしようと思ってたところです。」

「お、坊主。それは山菜か何かか?その年で見上げた根性だ。俺達の後釜は決まったようなものだな。」

「い、いえ。俺は……」


 こんな少年にも温かい言葉をくれる。

 彼らは本当に優しい人だったに違いない。

 だからこそ、今日も彼らは旅立つのだ。


「あ、そうだ。君。リスタという町はどちらにあるのか知っているか?」


 すると、その中のリーダーの男。

 先頭を歩いていた男が少年に問いかけた。

 だから、黒髪の少年は東を指差してこう言った。


「リスタならここから東の森を目指して、そこから北に進んだところにあります。」


 すると彼らは手を挙げて、「感謝する」と言った後、東へ向かった。

 彼は英雄様達が戻ってこないのを確認して、俯いた。

 そして、大きな溜め息を吐いた。


「女神の書には俺は載っていない。それはそうだよな。もっと大事なことが一杯書かれているんだし。それにあれは女神の優しさ、多分優しさ。」


 アレらもいずれ、自分のような子供を生み出すのだろうか。

 いや、既にどこかの国に自分と同じ境遇の子供がいるかもしれない。


 そして彼は父と母のいない、祖母だけが住む家へと走る。

 彼は両親とは死別した訳ではない。


「今度こそ期待していますよ、英雄様達。……帰ろ。神父様のところにも寄っていこう。」


 ただ、その二人ともが彼を作ったことも、産んだことも覚えていないだけだ。



 そして、少年は今日も母ではない誰かと家庭を築いた元勇者の父と、父ではない誰かと家庭を築いた元勇者の母を一瞥して、育ててくれた祖母の待つ家へと走る。

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