C16H10N2O2に染まる窓

石衣くもん

「C16H10N2O2」はインディゴの化学式

 春から夏にかけて段々と、夜が明るい。ていうか青い。黒というよりかは藍というかなんというか。

 何にせよ外の様子がよく見えるわけで、面白い。


 部屋で一番大きい窓の外には、細めの通りが走ってて、窓を開けずとも、そっとカーテンの隙間から外を垣間見ることができる。するとそこから、色んな人が見える。


 例えば、でっかいヘッドホンで音楽を聞いて、歩きながら気持ちよさそうに歌ってる兄ちゃん。誰にも顔を見られてないと思ってるから、そんな大声出せるんでしょう。でも、残念。私からはその悦に入っただらしない顔が見えてるよ。ふふん、恥ずかしい奴。


 みょうにひっついて歩いてる二人組はだいたいカップル。チャリの兄ちゃんが通り過ぎていったのを良いことにチューしてる。往来でまったく恥ずかしい奴ら。あと腹立たしい。女の方ブスのくせに。やーいブスブース。

 けして、けっして、これは独り身である自分を省みての嫉妬なんかじゃない。妬むことも嫉むこともないんだから、強がりなんかじゃないんだから!


 そんな風にしっかり幸せそうなバカップルを一頻り妬んで、通り過ぎたのを見送ったのに、また二人組だ。今日はカップル率たっけぇなぁとやさぐれてたら、あら男同士。

 なんだ友達かと思って油断した。

 あれ、手、つないでない? え、ちょ、まじか。あの二人もチューしたぞ。恥ずかしいよりもこう、バツが悪い。見てはいけないものを見てしまった感が強い。


 そんなバツが悪い二人から、うへぇ、と視線をはずすと、カーテンの隙間のガラス窓に映る自分の顔がふと、目に入った。


 眉がない、覇気がない、面皰にきびだけはちょっとある。これは酷い。一番恥ずかしい奴。


 今日はもう寝よう、夜更かしはお肌の大敵だ。

 とは言っても藍が白むにはまだ早いが。

 

 カーテンを閉めて隙間を埋める。

 暗がりで見るインディゴ染めのカーテンは、青藍ではなく殆ど真っ黒に見えるが、夜の闇よりは優しい気がした。

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