木のうろ
棚霧書生
木のうろ
幼稚園からの親友がいる。彼は知り合った初めの頃はひどいいじめっ子だった。僕は彼にいじめられていた。蹴られたり殴られたりバカと言われたり、子どもの幼稚で考えなしの乱暴だったけれど、僕には大ダメージだった。彼のことがとても嫌いだった。大嫌いだった。死んでくれとさえ思っていた。
けれど、色々あって仲良くなった。いじめっ子といじめられっ子が親友になることなんてあるのかと思う人もいるかもしれない。だけど、事実、僕らは一番の友になった。彼はある時期から人が変わったように優しく親切に振る舞うようになってくれた。きっといじめは悪いことだと気づき、反省したんだと僕は理解している。彼と僕はもう二十年以上の付き合いになる。
ある日、僕らの通っていた幼稚園が取り壊されることを知った。跡地には大型の介護施設が建設される予定になっており、敷地内に生えていた大きな木々たちも伐り倒されるらしい。僕は彼を誘って、取り壊される前の幼稚園を見に行くことにした。
幼稚園は運営自体はすでに終了しており、誰もいなかった。門には鍵がかかっていたけれど、敷地を囲うフェンスを乗り越えて中に入った。卒園生ということで、勝手に敷地内に侵入したことには目をつぶってほしい。
「子どものときも大きな木だと思っていたけれど、やっぱり変わらず大きく見えるなぁ」
彼が木を見上げてしみじみと言った。
「建物とか園庭はさすがに小さく思えるけど、木の方は樹齢……何年だ? 僕らがいたときからあったから軽く三十年は越えてると思うけど」
「もう御神木って感じの貫禄じゃないか?」
「不思議な雰囲気があるよな。ほら、そこの大きなうろのあるやつとかさ……」
「異世界に続いてそうだよね、俺も昔、うろに入ったりしてたわ」
「変な噂もあったけどね……」
「ふーん、そうなん、俺は知らないなぁ」
彼が僕と目を合わせて、にやりと笑った。人間臭い親しみのある笑顔だった。
僕は迷った。今から話すことは僕と彼の関係を終わらせてしまうことになるんじゃないかと思ったから。
「木のうろには、いい子しか入っちゃいけないよ、悪い子は木の妖精に連れて行かれちゃうからね、いい子なら入ってもなんともないよ、みんなはいい子だからうろに入っても大丈夫だよ……。名前忘れちゃったけど、あのときいた幼稚園の先生が言ってた」
「へえ、初めて聞いた」
「お前さ、僕のこといじめてたこと覚えてる?」
「えっ、マジで? ごめん、正直あんまり覚えてないけど、……傷つけてたなら謝るよ」
「あの頃のお前は悪い子だった。でも、変わった」
僕はじっと木の大きなうろを見つめたあと、彼の様子をうかがった。
「俺は今はいい子だろ?」
「わかってる。僕が聞きたいのは……妖精の世界に帰らなくていいのかってこと」
「何言ってんのかわかんないんだけど?」
「とぼけるのか? まあ、それでもいいけどさ。どういう仕組みかは知らないけど、この木はもうすぐ切られる。切られたら行き来はできなくなるんじゃないかと思ってさ。僕はお前のこと心配してんの」
彼はあははははと豪快に笑った。目尻に涙まで浮かべて。そして「大好き!」とだけ叫んだ。
木のうろ 棚霧書生 @katagiri_8
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