変身

 朝。連休が終わり、4人は一緒に通学路を歩いていた。一番おしゃべりな千沙が会話をリードし、愁と詩音と灯がそれに乗っていく。

 千沙の話を聞きながら愁は一瞬灯に視線を向けた。

 こうしている間も表に出さないだけで、今の関係ではいけないと葛藤しているのだろう。

 しかし申し訳ないが灯の気持ちには答えられない。なんとかして諦めてもらう必要がある。仕方ないよねとフェードアウトするように諦めさせる方法で……。

「先輩? どうしたんですか苦々しい顔して」

 千沙に話しかけられ、愁は意識を現実に引き戻された。考え込んでいるうちに眉間に皺を寄せてしまっていたようだ。

「いや、大丈夫」

「本当ですか? 何か変なもの食べて体調悪いとかじゃないですよね?」

 千沙が愁の顔を覗き込んでくる。

「いや、連休明けてだるいな~ってだけだから」

「それならいいんですけど」

 後ろめたさを感じてつい作り笑いを浮かべてしまった。変なものを食べたのは本当だが。

 千沙にもあのときの会話を耳にしていたとは話せていないし、話せない。それに千沙に話したところで困らせてしまうだけだろう。

 余計な悩みが増えてしまった。まだ散歩に出ずにあのスープを飲んでいたほうがマシだったかもしれない。そうすれば詩音に寂しい顔をされることもなかったし、余計な悩みも増えることはなかっただろう。

 過去の自分の行動を悔いていると、

「待てよ……」

 次の瞬間、愁の脳裏に1つのアイディアがひらめいた。


 次の土曜日。愁は詩音を家に招いていた。

「その辺り座っててくれ」

 詩音をダイニングキッチンに招き入れ、普段愁と優子が食事に使っている椅子に座るよう勧める。愁の家は昔の日本家屋らしく、コンロや流しのすぐ後ろに食事をするためのテーブルが置かれている。

 愁の作戦は以下の通りだ。

 以前灯から姉妹仲はいいと聞いていた。となれば、詩音も今日あったことを灯に話すはずだ。家に呼ばれるほどの仲で、自分のつけ入る隙がないと悟れば、仕方ないと消極的理由で諦めざるを得ないだろう。

 そして愁にはもうひとつ目論見があった。

 レイラの別荘でバーベキューをしたときに、スープのおかわりをしている詩音を残して逃げてしまった。

 詩音の寂しそうな表情を思い出すと、今でも胸が痛む。彼氏失格だ。

 あのときの埋め合わせをするべく、レイラに頼んで珍しい肉を手に入れてもらっていた。むしろこちらが今回の目的のメインだ。

 電話越しに「私食品は専門外なんだけど」と言いつつも、他人事だからとおかしな肉を仕入れてきそうな声色に不安しかなかったが、「ちゃんと食べられるものでお願いします」と念を押しておいたので、おそらくは大丈夫なはずだ。

「ところで、今日は何の用なの?」

 椅子に座った詩音が冷蔵庫の前に立つ愁に訊ねる。

「レイラさんに珍しい肉を頼んでてさ、それを食べてもらおうと思って」

 愁は冷蔵庫から白いダンボール箱を取り出した。鱒くらいの魚をパウチで密封して箱詰めしたくらいの大きさだ。

「レイラさんに?」

 詩音は興味津々と言った様子で、愁が手にした箱を視線で追いかける。

「俺も何が入ってるのかわからないんだけど」

 テーブルの上に箱を置くとテープを剥がし、蓋を開けた瞬間愁は凍りついた。

 中にはパウチで密閉されている肉が入っており、そのパッケージには歯をむき出しにした爬虫類が印刷されていた。これはまさか……。

「ワニ……?」

 詩音がその爬虫類の名を口にした。

 部位はどうやら脚のようで、鶏の骨付きモモ肉のような形をしているが、一点だけ違う部分があった。足先は皮が剥かれておらず、爪や皮がそのまま残っている。

 確かに珍しい肉だし、パッケージングされているあたり、国によっては日常的に食べられている部位なのかもしれない。

 しかし爬虫類というだけで抵抗感マシマシなのに、さらに爪や皮が残っているせいで理性がこれを『食べ物』と認識することを全力で拒否している。

 だが、今日は逃げるわけにはいかない。それに詩音はワニ肉に釘付けになっている。楽しみで仕方がないのだろう。二度も詩音の顔を曇らせる訳にはいかない。

「食べ方に希望あるか?」

 決意を固め、エプロンをつける。

「へえ、愁って料理できるんだ」

 詩音はさも以外そうに目を丸くした。

「両親が忙しくて姉さんと交代で作ってたから大抵のものは。何が良い?」

「唐揚げ!」

 即答だった。


 調理を終え大皿に載せられたワニの唐揚げは、唐揚げと言うよりは巨大なフライドチキンだった。

 醤油と生姜とにんにくという、日本人好みの味付け兼臭い消しをしてあり、香り自体は食欲を刺激してくれるものの、足先の爪や皮を見るとこれ本当に食べるのかよという気持ちになってくる。

「早く食べよ?」

 椅子に座った詩音は待ちきれないといった様子で愁を急かす。

 愁もエプロンを脱ぎ、詩音と向かい合って席に着く。こうしていると新婚感があるが、テーブルの上にあるワニ肉が即座に意識を現実に戻していく。

「いただきます」

「いっ、いただきます」

 詩音は両手で唐揚げを手にし、口元に持っていった所で手を止めた。そして子供の手くらいの大きさがあるワニの足を見つめる。やはりこれのせいで詩音の理性も今手にしているものは食べ物ではないと判断を下しているのだろう。

 しかし意を決したように詩音は勢いよくワニ肉にかぶりつき、一口分食いちぎった。そして恐る恐るといった表情で咀嚼し、飲み込むと、

「おいしい……」

 手にした肉に語りかけるように感想を口にすると、すかさず二口目にかかった。

 愁も詩音に倣い、両手でワニ肉を取り上げる。香りは確かにいいが、衣から透けて見える皮や爪が手の動きを止めてしまうのだ。

 その時、バーベキューのときの詩音の寂しそうな表情が脳裏をよぎった。そう、二度目はないのだ。意を決し、かぶりつく。

 思ったよりクセは感じなかった。食感は鶏肉に似ていて、弾力はワニ肉の方が上だ。なかなかイケる。というよりむしろ鶏肉よりおいしいかもしれない。

「……うまい」

 自然と口から感想が出ていた。愁の中の常識が書き換わっていく。二口目は一口目と同じものを食べているとは思えないほど、抵抗なくかじりついていた。

「思った以上にうまいな」

「……うん」

 2人は両手でワニ肉を持ち、黙々と食べ続けた。


 ワニ肉を食べ終えた2人は、食後のコーヒーを飲んでいた。

 淡白とはいえ巨大な唐揚げには変わりないので、コーヒーの苦味が口の中をさっぱりさせてくれる。

「おいしかった。ありがとう」

 詩音はワニ肉がお気に召したようで、見るからに満足げに微笑む。

「見た目が最大の関門だったけど、いざ食べたらうまかったな」

「うん。皮の部分も魚の皮みたいで新鮮な味だったね」

 最初は2人とも皮の部分は残していたのだが、詩音が食べ始めたことで愁も食べる羽目になったのだった。決して食べられない味ではなかったが、今後爬虫類を見かけるたびにあの食感を思い出してしまうかもしれないのが悩みだ。

「ねえ」

「ん?」

「もしかして、この前のこと気にしてた?」

 この前とは言うまでもなくバーベキューのときの話だろう。

「まあ、それもあるけど」

「……やっぱり、変なもの食べたがる女の子って可愛くないよね」

 詩音は両手でマグカップを持ち、視線を落とす。

「そんなことは……ないと思うけど」

「でも、ワニ肉よりクリームたっぷりのパンケーキに美味しいって言ってるほうが女の子らしいよね?」

「うーん」

 愁は背もたれに体を預け、腕を組んだ。確かに詩音の言うことも分からないでもない。

「でも、詩音のおかげでこうやって新しい世界を知ることができたわけだし。それに俺は個性的でいいと思う」

 詩音ならば、カロリー高そうなパンケーキでも、野菜が山盛りになっているラーメンでも絵になるのは間違いないだろう。

 しかし、子供みたいに夢中になってワニ肉にかじりつく詩音も普段とギャップがあって面白くて、ずっと眺めていたいと思いたくなる愛おしさを抱いたのも嘘偽りない本音だ。

「ホントに?」

「もちろん」

 心細そうに尋ねてくる詩音に即答すると、

「……ありがとう」

 詩音は目を細め微笑んだ。その表情は、詩音にしては顔のパーツが大きく動いており、心を許せる人に出会えたという安堵から見せたようにも思えた。

 愁も詩音のそんな表情を見るのは初めてで、その気が遠くなるような可憐さに、気づかぬうちに見とれてしまっていた。

 愁にとって詩音はいつも涼しげな表情をしていて、たまに表情が動くことがあってもクールな少女という印象からは大きく離れることはなく、そこが魅力でもあったが、それは詩音の一部でしかないと今気付かされた。本当は、こんなにも感情豊かな少女なのだ。

「ああ」

 詩音に見惚れるあまり、呆けた返事しかできなかった。

「……ねえ、そっちに行ってもいい?」

「え?」

 愁の返事を聞く前に詩音は椅子から立ち上がると、愁の左の椅子に座り、体を預けてきた。

「ぬ……あ……」

 軽い。柔らかい。いい匂いがする。真っ先に抱いた感想はこの3つだった。

 詩音の重みは感じるものの、体が羽でできているのではと思うほど軽く、普段クラスメイトに悪ふざけで肩を回されたときとは全く違うやわらかさが伝わってくる。それになにより、なんだかいい香りがする。何の香りなのかは分からないが、胸の奥が熱くなってきて、冷静ではいられなくなってくる。

 しかしこの程度でドギマギしているなんて格好悪いにもほどがある。呼吸に意識を向けて、心を落ち着けようとするが、そうこうしているうちに今度は詩音が手を絡めてきた。いわゆる恋人繋ぎというやつだ。

「し、詩音……!」

 詩音の手は細くて冷たく、自分の手が紙やすりに思えてくるほどにきめ細やかな手触りだった。

 今自分は詩音と手を繋いでいる。その事実だけで視界がぐるぐると回っているかのような感覚がしてくる。

 今詩音はどんなことを考えているのだろう。それが気になり、目だけを動かして詩音の様子を伺う。

 視界の端に目を引く白い肌と、涼しげな目を縁取るまつ毛がよく見えた。伏し目がちで口は一文字に結ばれ、見る限りどうやら詩音も緊張しているようだ。

 普段は見ることのできない詩音の表情を見ることができるのは自分だけという優越感を抱きつつも、愛しさという一言だけでは表現しきれないエネルギーが胸の奥から溢れ出てくる。

 ずっとこうしていたら、頭がおかしくなってきそうだった。しかし溢れ出てくる多幸感に同時にずっとこうしていたいという自分もいて、一体どうすればいいんだ! と頭の中で叫んでいると、インターホンが鳴った。

「……ちょっと見てくる」

 名残惜しさを感じつつも詩音から手を離して立ち上がり、壁に取り付けられているディスプレイを確認しに向かう。

「……え?」

 そこには、意外な人物が立っていた。


 愁が詩音を家に招いていた頃、灯は市内のショッピングモールにいた。目的は本を買うためだ。

 購入した文庫本を手に、どこで読むかを考える。真っ先に上がったのはレイラの店だったが、即座に選択肢から削除した。愁と詩音が来るかもしれないからだ。

 おそらくは愁も詩音も邪魔者扱いすることはないだろうが、自分がいることで気を使わせてしまうかもしれないし、2人が仲良さそうにしているところを見るのを想像するだけで辛くなってくる。

 今頃2人は何をしているのだろう。考えないほうがいいと分かっていても、勝手に脳が考え始めてしまう。

 詩音は「愁にご飯を作ってもらう」と言っていたが、2人は恋人だ。それだけで終わることはないだろう。もしかしたら今日でさらに関係を深めてしまうかもしれない……。

 いけない。頭を振って思考を振り払う。考えたって仕方がない。とりあえず読書に集中して落ち着こう。

 余計な思考を振り払うように、モールの中にあるカフェチェーン店に速歩きで向かう。

 店内に入り空き席を探してみるも、どうやら満席のようだ。

 厳密に言えば2人席に1人で座っている客もいるので座ろうと思えば座れるが、流石に相席を頼む度胸はない。

 諦めてその辺の空いているベンチで読むしかないかと思ったところで、その2人席に1人で座っている客の顔に見覚えがあることに気がついた。

「あれ、灯ちゃん?」

 相手も気づいたようで顔を上げる。

 そこにいたのは芽依だった。左手でクリームが大量に使われているカロリーの塊のようなドリンクを持ち、右手でスマートフォンを操作している。

「えっと、こんにちは」

「こんにちは。こんな所で会うなんて奇遇だね〜。座る?」

「あ、ありがとうございます。じゃあ、注文してきます」

「いってらっしゃ〜い」

 灯は抹茶ラテをレジで注文し受け取ると、芽依と向かい合って座った。

「……か、会長ってこういうところくるんですね」

「私も今どきの女子高生だよ? 普通に来るよ〜。灯ちゃんは?」

 芽依は手をヒラヒラと動かしながら笑う。休日ということもあり、ブラウスに膝丈のスカートという私服姿で、そつなく着こなしている感がある。

「わ、私は、あんまり来ないですが、買った本を読もうと思って」

「へえ〜何買ったの?」

「えと……これ……です」

 会長相手だとうまくキャラが作れないし、買った本を見せるのも恥ずかしかったが、ブックカバーを外して芽依に見せた。

「あ、この作家知ってる。この前映画化してたよね」

「は、はい……そう、です」

「恋愛小説か〜。そういうの読むんだ。乙女だね」

「い、いえ。この作家はだいたいハッピーエンドなので」

 ブックカバーを再びかけ、芽依から隠すように膝の上に乗せる。

 悪趣味なものを読んでいるわけではないが、やっぱり恥ずかしい。おかげで聞かれてもいないことを答えてしまいさらに恥ずかしい。

「……物語の中だけでいいの?」

「え?」

 芽依は手にしたドリンクをテーブルに置くと、身を乗り出してきた。その表情は先ほどまでのゆるいものではなく、重々しい。

「灯ちゃんも十分可愛いんだから、本気出したら詩音ちゃんみたいに可愛くなれるよ」

「そう……でしょうか」

 確かに幼い頃の詩音と灯は、間違えられるほどによく似ていた。

 しかし今は垢抜け具合の差がもろに出て、昔ほど似ているとは言われなくなってしまった。服は詩音に選んでもらっていて、千沙も可愛いとは言ってくれるものの、灯としてはどうしても着せられている感が抜けないのだ。

「じゃあ、私に任せてよ!」

 芽依が顔を近づけてきた。自信に溢れた笑みに耐えきれず視線を落とす。テーブルには暗い表情をした灯の顔が反射していた。

 我ながらしけた顔だと思う。こんな見た目では、振り向いてもらう以前の話だろう。

 しかし今、そんな自分を捨て去るまたとない好機が目の前にある。一歩を踏み出すのは怖いが、機会をみすみす逃すようでは、今後も自分の欲しい物を他人に奪われ続けるような気がした。

「……お願いします」

 灯は顔を上げ、まっすぐ芽依の目を見た。

「お任せあれ〜。じゃあ、早速行こうか」

 芽依は残っていたドリンクを飲み終えると立ち上がった。

「その、どこへでしょう?」

「まずはやっぱり――美容院かな」


 愁は困惑していた。

「会長何しに来たんだろう?」

 隣にやってきた詩音と顔を見合わせる。

 そもそも芽依に家の場所を教えた記憶がない。どうやって住所を知ったのかも謎だった。

「うーん、私たちが不純異性交遊してないか見回りに来たとか?」

「……まあ、とりあえず出るよ。会長、どうしたんですか?」

 本気なのか冗談なのか、よく分からないことを言い始めた詩音に困惑しつつ、通話ボタンを押す。

『神田くんに会わせたい人がいて』

「誰ですか?」

『ほら、おいで』

 ディスプレイには、カメラの範囲外に立つ誰かに向かって手招きをする芽依が映っている。

 その呼ばれた人物が芽依の隣に立った瞬間、愁は我が目を疑った。

「詩音……!?」


 土間に芽依たちを招き入れ、自分の目で直接見ても愁はまだ信じられずにいた。

 芽依の横に立っているのは、どう見ても詩音以外の何者でもなかったからだ。

 髪型は本物の詩音と同じだが、着ている服は胸元に大きなリボンがついており、ところどころにフリルが取り付けられたデザインと、普段詩音が着ている服とは違う趣きだ。

 彼女は一体何者なのだろう。詩音もさぞかし困惑しているはずだ。愁に続いてやってきた詩音に視線を向けると、

「……灯?」

 意外な名前が困惑した表情の詩音から飛び出し、

「せいかーい! さすがお姉ちゃんだね〜」

 芽依はクイズ番組の司会者のように、詩音に向かって指を差した。

「灯だって?」

 正解を明かされても、愁はまだ信じることができずにいた。いくら姉妹と言えども、髪型や服装を整えるだけでここまでそっくりになるものなのだろうか。

 間違い探しゲームをするかのように灯をじっと観察する。

 確か詩音の方が灯より身長が高かった気がするが、土間にいる灯と廊下にいる愁では、高低差があるのでいまいち判断がつかない。

「ん……?」

 一点だけ明らかに違う所があることに気づいた。今まで気づかなかったが、灯のほうが胸が大き――

「いてっ!」

 次の瞬間、愁の左腕に痛みが走った。詩音が肘で小突いていた。

 ついガン見してしまっていたようだ。灯も視線に気づいたようで、腕で胸を隠す。

「どう? 見違えるほど灯ちゃん可愛くなったでしょ〜?」

「それは……はい、まあ」

 評価を求められ、愁は曖昧に頷くしかなかった。

 詩音は美人だ。ならばその詩音に瓜二つになった灯も美人に決まっているが、彼女の前で他の女性を褒めるというのも抵抗がある。

 しかし灯は詩音の妹で、彼女の身内を褒めること自体は別に悪手ではないと思うが、やはり手放しで褒めるのもはばかられて、結局は振り出しに戻ってしまう。

 詩音も自分そっくりにされてしまった灯に困惑しているようで、言葉を発しようとしない。

「それじゃあ、ちょっと神田くんを借りていくね。詩音ちゃん、いいでしょ?」

「え? は、はい」

 混乱しているからか、何の許可を求められたのかわからないといった様子で詩音が頷くと、

「じゃあ、『彼女』の許可も取ったし、レッツゴー!」

 芽依はさも当然のように愁の手を取り、そのまま外へ連れられてしまった。


 愁、灯、芽依の3人は家の前の歩道を歩いていた。道は真っ直ぐで、瓦屋根は赤く、壁は白いという同じような色の家が点々と続いている。

 愁は腕を組み、灯がなるべく視界に入らないように下を向いて歩いていた。

 今、自分は何を話すべきなのだろう。芽依が灯を詩音そっくりにした理由は察しが付いている。きっと芽依は灯の思いを知り、今回の件を灯に持ちかけたのだろう。正直言って悪趣味だ。

 芽依に苦情を入れるべく顔を上げると、

「会ちょ……あれ……?」

 いつの間にか芽依の姿は見えなくなっていた。辺りを見渡してみるが、どこにもいない。

「ハァ……」と思わずため息をつくと、

「あの、先輩、私……どうですか?」

 不安そうに胸の前で左拳を右手でつかみ、灯が尋ねてきた。初めて会ったときと同じ、キャラを作っていない灯の口調だ。

 どうするべきなのだろう。少なくとも、期待を持たせるような回答をするべきではないが、灯を傷つけるわけにはいかない。では、なんと答えるべきなのか。

「かわいく……ないですか?」

 愁が何も答えられずにいると、灯は不安そうに視線を落とした。

「……」

 ここで沈黙を貫いたところで埒が明かないだろうし、何より男らしくない。ここは話しながら考えるしかないだろう。

「いや。そんなことはない。ただ……」

「……ただ?」

 灯が顔を上げる。無意識のうちに、灯の視線を避けるため顔をそらしていた。

「あまりにも詩音に似ていて困惑しているだけだ。……かわいいとは思う」

「ほ、本当ですか!」

 灯はまだ信じられないと言った様子だ。

「……ああ」

 不思議な感覚だった。どう見ても詩音なのに、中身は灯。頭が混乱してしまい、誰と話しているのか、どう話したらいいのか分からなくなってくる。

 灯を傷つけることは回避できたが、期待は持たせたままだろう。果たしてこの態度が正解だったのか、愁にも分からないままだった。

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