この海にて君を見つけた。

田中ヤスイチ

この海にて君を見つけた。

 大海を望む彼女の瞳には揺れる白波が反射していた。彼女は遥か彼方を見つめている。

「君はここで何をしているの」

 僕は、彼女に尋ねる。

 彼女は答えない。だが、肩がかすかに揺れた。そして、一度目をゆっくりと閉じ僕の目を見る。

 その瞳には、無邪気な顔で見つめる僕の姿が映っているのだろうか。

 彼女は、また海へ視線を戻す。

 水平線がスーっと、上下が反転した懸垂線のように伸び地球の丸みを感じさせる。

 彼女は、瞳は動かさず、微かに口を開く。

「海は呼吸をしていると思う?」

 彼女は、波が自分の足元に及んだとき僕にそう尋ねた。

「潮の満干きは、まるで呼吸みたいだと思う。」

 僕は足元に達した波を、見下ろしながら答える。

「そうかもしれないね」

 彼女はまた水平線を見つめている。

「私は、海が怖い。」

 彼女の瞳は微かに揺れていた。それが揺れる波を写しているからなのか、瞳の水分が多くなっているからなのか分からないが、瞳は揺れ、水平線のように輝いていた。

「どう怖いの?」

「この海は今は穏やかに呼吸をしている。だけど、いつか大きく息を吐き出したとき全てを飲み込むように強く息を吸い込むの」

「全てって?」

「車も船も建物、そして人も全て」

「海がそんなに激しくなることがあるの?」

「あるよ」

 彼女は、僕の心を見透かすような真っ直ぐとした視線を僕に向けた。

 僕は辺りをぐるりと見渡す。

「そういえば、この辺りは何も無いね。見えるのは鉄骨の建物や瓦礫や土のうの山が見える。」

「そうだね、それが海の呼吸の痕だよ。」

 彼女は鉄骨だけの建物を見ながらいう。

「人はどうなるの?」

「ある日急に打ち上げられたり、波によって砂が侵食されて現れることがある。」

 彼女は、僕の目をじっと見ている。全く逸らさない。

「何?お姉さん」

 彼女の目には、明らかに涙があった。しかしどこか安堵の表情も混じっているようにも見える。


「大輝、今までどこに行ってたの?」

 悲しみが勝ったようだ。何かが切れたように目からは大粒の涙が溢れ、顔を涙でぐちゃぐちゃにしている。その顔のまま、僕にそう尋ねる。

 分からない、ただ真っ暗闇の世界にいたことだけは覚えている。

 自分は誰で彼女も誰かも分からない。

「大輝、帰ってきてくれてありがとう」

 僕の体に微かに覚えのある感触がもたらされた。

「大輝、もう離さない。もうどこにも行かないで。」

 僕にまとわりつく固く冷たい氷が微小だが一瞬溶けた。だが、すぐにまた凍りつく。

 溶ける一瞬のスキに腕を彼女の後ろに回そうと思った。だが、体はもう動かない。動かそうとすれば、何かが粉々になる。そう感じてしまった。

「そのまま私の近くにいてよ大輝」


 この言葉を聞いた瞬間、僕の世界は覚えのある闇より数段暗い空間となり、仄かに温かさが残る胸だけが微熱を持ち僕の心を温めていた。

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この海にて君を見つけた。 田中ヤスイチ @Tan_aka

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