後編 寒いからもうサッサとおにぎり食べて帰ろうよ!…とフミは言った
キッコーマン関連の建物の脇をてぷてぷ歩いて行くと、商店の並ぶ街の目抜通りに出たので、フミとお姉ちゃんたちの顔に少しだけ安堵の色がさした。
「清水公園は、どちらの方角ですか?」
歩道を歩いて来た地元風のおじさんにさっそくサダジが尋ねると、
「あぁ、清水公園ならこの道をまっすぐ向こうへ…北の方へ行けば良いんだけど、えっ!? 歩いて行くの?…ちょっと距離があるよ!」
というような言葉が返って来た。
それを聞いたフミとお姉ちゃんたちの顔色がまたにわかに曇ったけど、
「よし、行こう!」
サダジは張り切って再びズンズンと歩き出した。
みんなも気を取り直して歩き出す。
ピクニックはまだ始まったばかり、初めて来た街の、商店が並ぶ目抜通りは、それでも私やお姉ちゃんたちの心をちょっとだけ高揚させた。
幼児の弟は、両腕をお姉ちゃん二人に繋いで、ときおりブランコのように身体を振ってもらって遊びながら進んで行く。
…しばらく歩いて繁華街が終わると、交差点の右手向こうに木々に囲まれた一角が出現した。
「あっ、着いたかな?」
サダジがそう言ってひとり先に走って行ったが、すぐに戻って来た。
「愛宕神社って書いてあった、清水公園じゃないや、…まだ先みたいだな!」
…家族の顔色がまたもや一瞬曇り、再度気を取り直して歩き出す。
ところが繁華街を過ぎた先の道は、とたんに歩道が無くなり、さらに舗装も切れて乾いた砂利道になった。
…この当時まだ日本はインフラ整備が進んでおらず、よほどの幹線国道か、主要県道くらいしか舗装されていなかったのだ。
見知らぬ街の、未舗装砂利道の上は先ほどまでと違って断然歩きにくくなったが、とにかく歩くしかない。
…幼い弟は、いつの間にかお姉ちゃんにおんぶされていた。
さっきまで顔を見せていた太陽も、今は広がって来た雲に隠れ、日の陰りとともに2月の寒さが家族をじわじわと包み始めていた。
「お~っ、寒いわね ! …」
フミが震えながらそう呟き、その後家族の会話も途切れて、みんなただ黙々と歩く。
すると、道路の端を歩く家族に、後ろから車のエンジン音が近づいて来た。
振り向くと、ダンプカーが一台、私たちを追い越して行った。
その瞬間、激しく砂ぼこりが舞い上がり、みんなは思わず目をつぶって立ち尽くす。…関東の2月は砂漠のように空気が乾燥しているので、まぁ当然こうなる訳だ。
車が過ぎて、目を開けて見れば、みんな頭が白髪になったようにホコリを被っていた。
「遠いねぇ、清水公園って…」
フミがとうとうボヤキ始め、その他無言のままピクニックは続く。
「あっ!…前方からトラックが来ます !!」
お姉ちゃんが叫び、見ると確かにトラックが砂ぼこりを巻き上げながら向かって来るのが見えた。
「よし、みんな隠れろ!」
サダジが叫んで家族は道端から家屋の脇の小さな路地裏に逃げ込んでトラックの通過をかわした。
…そんなことを繰り返しながら、足が痛くなるほど歩いて、ようやく
「⬅️清水公園」
と表示がある辻までたどり着いた。
左手を見ると、公園に続く桜並木の参道であることが分かった。
ただし、むろん桜並木はまだ裸木で寒々しい光景だ。
しかし、家族はみんな安堵の顔を浮かべてホッとしていた。
参道から清水公園までは歩いてすぐだった。
木々に囲まれた静かな公園は、しかしまだ冬の色が抜け切らず、今日は訪れている人もまばらだ。
梅園に行って見ると、花はまだ2~3分咲きくらいで、梅見の客はほとんどいなかった。
「寒いからもうサッサとおにぎり食べて帰ろうよ!」
梅の木の下にシートを敷いて、冷え切った身体を落ち着かせると、フミがそう言ってバスケットからおにぎりを出した。
もちろんフミの言葉にみんなも頷いて、冷たくなっていたおにぎりを口にする。
「ジャリッ…」
とたんにおにぎりからは砂を噛んだ不快な感触が口に広がった。
みんなは黙っておにぎりをバスケットに戻し、シートをたたんで帰り支度をした。
…公園を出て参道を引き返すと、何と参道正面の先には東武鉄道の「清水公園駅」が見えた!
「清水公園駅って、公園のすぐ近くにあるじゃないのよ!…あんな酷い目に会いながら遠い距離を歩く必要なかったじゃない !! 」
フミが怒気をはらんだ声で叫んだが、私もお姉ちゃんももはや疲労と寒さと空腹で何か言う気力も無かった。
…これが遠い昭和の昔の、森緒家の清水公園梅見ピクニックの顛末なのよ。
…家族で観梅ピクニックに訪れた野田清水公園で食べたおにぎりは…涙の味だった。
終わり
観梅ピクニックに訪れた野田清水公園で食べたおにぎりは涙の味がした 森緒 源 @mojikun
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