観梅ピクニックに訪れた野田清水公園で食べたおにぎりは涙の味がした

森緒 源

前編 梅の花見に行こう!…とサダジは言った

 …もうずいぶん前の昭和の時代の話なんだけどね。


 私の家族が東京浅草から千葉県の松戸に越して来て3~4年経った頃の2月下旬の日曜日にね。

 一家で朝食を食べながら、新聞を見ていたサダジ (私の父親) が突然言ったのよ。

「野田の清水公園で梅の花が咲いたんだってさ、これから家族でピクニックに行くぞ!…梅の花見をしながらランチしよう !! 」


 その時私は小学校2年生、7才下の弟はまだ幼児だった。

 母親フミは自営でパン屋をやっていて、店が忙しかった時だったので親戚筋のまだ十代のお姉ちゃんが二人、住み込みで働いてくれていた。…つまり6人家族だったんだよね。


 日曜日はもちろんお店は休みだったので、サダジの意気込みに引っ張られるようにみんなそれぞれピクニックに出掛ける準備をしたよ。

 母親フミとお姉ちゃんは大急ぎでおにぎりを作ってバスケットに詰めた。


 たぶん今から思うとサダジは新聞の千葉東葛版のコーナーで清水公園の梅の開花を目にして、ピクニックを思いついただけだと思う。


 …とりあえず家族6人は最寄りの国鉄常磐線北松戸駅から電車に乗った。


 梅が咲いたと言っても2月下旬はまだまだ寒い。

 ピクニックという明るいイベント名のもとに出掛ける運びにはなったけど、外はときおり木枯らしが吹いていた。

 私は鉄道大好きな子供だったから、電車で郊外にお出掛けは嬉しかったけどね。

 ただ、その頃はまだみんな千葉県の地理には疎くて、正直野田市という場所がどのへんかということもよく分からなかった。

「柏駅で東武鉄道に乗り換えるんだ!」

 サダジが家族のみんなにちょっと得意げに言った。


 …柏駅は北松戸から4つ目の駅だった。( ※ 当時 現在は新松戸駅が開業しているので5駅目)

 ここで東武鉄道野田線に乗り換える。

 この当時、東武野田線は単線レールのローカルな感じの鉄道だった。


 柏駅を発車した電車は、住宅や畑や木々の林が交互に流れて行く中を進んで、私は初めて乗る路線の景色を子供心に楽しんでいた。


「お父さん、清水公園はどの駅で降りたら良いの?」

 途中、フミがサダジに訊くと、

「ん~ !?…野田の清水公園って言うんだから、野田だろ ! 」

 とか答えていたけど、基本的にサダジはプラニングなど全く出来ない男で、今日も思いつきの勢いだけで出掛けて来ているのは家族みんな分かっていた。

 この時点でフミ以下お姉ちゃんたちの顔に不安と戸惑いの色が浮かんだのよね。

 …そんな中、まもなく車内アナウンスが流れた。

「次は~野田市~野田市です、ご乗車お疲れ様でした~、お降りのお客様はお忘れものの無いようご注意下さい ! 」

「あっ、ここだ!…みんな降りるぞ !! 」

 電車が野田市駅のホームに停まると、サダジの言葉に従い家族は下車した。…他の乗客もかなりの人がこの駅で降りて行く。


 千葉県野田市は、大手の醤油メーカーであるキッコーマンの街で、駅を降りるとキッコーマンの工場や倉庫やらの建物が周囲にズラズラとあり、私たち家族はさらに戸惑いを覚えていた。


「清水公園って、本当にこの近くにあるの?」

 思わずフミが周りを見て言った。

「行けばあるだろ、さぁ行こう」

 サダジはそう答えて、電車から降りた人たちが歩いてゆく道をスタスタと歩いて付いて行き、家族も仕方なく後に続いて見知らぬ街の知らない道を歩き始めた。


 思えばこれが、楽しいとは言えない家族ピクニックの幕開けだったね…。


 …以下、次話へ


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