不思議な代書屋
@murasaki-yoka
不思議な代書屋
代書屋。それは文書の代筆だけとは限らない。
あるところに、こんな不思議な代書屋さんがあった。
カランカラン、というベルの音と共に一人の男の子がその店に現れた。
年の頃は七~八歳だろうか。
木製の温かみのある壁に、地球儀や航路図、古今東西の地図が貼られている店内。
天井にはランプが吊るされ、オレンジ色の温もりのある光が辺りを照らしていた。
カウンターの奥には年齢不詳の一人の男性が座っており、彼は店内にやって来た男の子を見て、声をかけた。
「どうしたんですか、坊ちゃん」
男の子は、店に訪れたのが初めてなのだろう。
少し不安げに辺りを見渡したが、やがて意を決してこう告げた。
「宝の地図を代わりに書いて下さい」
店の主人である代書屋さんは、少し驚いた顔をして言った。
「宝の地図とは、これはまた素敵なお願いがきましたねえ。もちろんいいですよ。どういう地図をお望みですか?」
「弟の誕生日に、一緒に宝探しの遊びをやりたいんだ。わくわくするようなものがいい」
「弟さんは、文字は読めますか?」
「ひらがななら、読めるよ。本当は自分で描きたかったんだけど、僕の描いたものだと、地図がぐちゃぐちゃで読めないっていうんだ。だからここにお願いに来たんだ」
「なるほど、なるほど。宝の地図なら、秘密の暗号があっても面白そうですよね」
代書屋さんは一枚の羊皮紙を手に取った。
やはり宝の地図は普通の紙では味気ない。
少し古びた巻紙の方が、わくわくするだろう。
「お宝はどこに隠すのですか?」
「僕の家の庭なんだけど、まだ庭のどこに隠すのか決めていないんだ」
「じゃあ、おうちの敷地を教えてもらいますね」
代書屋さんが男の子の額に手をかざす。そして頷いた。
「大きなお家なんですね。庭もとっても広い」
「写真も見ていないのに、わかるの⁉」
男の子はびっくりした顔をした。
「私は頭の中のイメージがわかるんです。だから行ったことのない所でも、正確にどんな場所か把握することが出来るんです」
代書屋さんの脳内に浮かんだ男の子の家は豪邸といっても差し支えないほど大きく、色んな木や花、ちょっとした池や温室もあった。
「こういうのはどうでしょう。お庭が広いから、二つ地図を作るんです。弟さんには一つ目の地図を渡して、それが解けて、その場所に行ったら、今度は二つ目の地図がそこにはあるんです」
「面白そう! 一つ目の隠し場所には瓶の中にもう一つの地図を入れて埋めておいて、掘ったら出てくるようにしよう!」
「いいですねえ」
代書屋さんは羽ペンをとると、インクに浸して庭の地図を描いていく。
男の子と話しながら、咲いている花などヒントとなりそうなものを地図に書き入れていく。
「じゃあ、一つ目の隠し場所を庭の並んだ三つ目の木の下に埋めて、二つ目の隠し場所を温室の中にする! そこにお宝の誕生日プレゼントがあるんだ!」
「それはとっても嬉しいですね。ただプレゼントを渡されるよりも、何倍も楽しくなりそうです」
そしてヒントを一緒に考えながら宝の地図は無事に完成した。
「代書屋さん、ありがとう!」
男の子は目を輝かせてお礼を言った。
「私も楽しかったですよ。最近は衛星やら便利なマップがあるから、こういうお仕事は減ってしまいました。いいですよねえ。私も昔は宝の地図を海賊さんから依頼されたり、埋蔵金の在処を描いた地図を作製したりしたものです」
思いがけない代書屋さんの話に、男の子は目を丸くした。
「代書屋さん、何歳なの?」
「秘密です」
そう言って、地図専門の代書屋さんは人差し指を立ててひっそりと笑った。
男の子は完成した二枚の地図を手に、店を出る。
そしてもう一度振り向いた時には、その代書屋の建物は消えてしまっていた。
かつて正確な地図が描けなかった時代、地図の代書はそれはそれは重宝された。
けれど、必要な人がいる限り、必要な人のもとへ現れる。
その代書屋は今も世界のどこかに存在しているのかもしれない。
不思議な代書屋 @murasaki-yoka
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