第四話「彼女は、アイドルそのものだ」
第四話「彼女は、アイドルそのものだ」
眩しい。
外に出ると、雨が降っていた。照明が、軒先から落ちてくる雨粒に遮られて影を作る。6月らしからぬ寒気に身震いを覚えながら、バッグをがさごそと手で探り、持ってきた薄手のダウンを取り出そうとした。何かが指先に触れる。生地が服のようだったので、それを引っ張った。
あっ、と思わずため息のように声が漏れる。
それは、タオルだった。雲母さんがライブ会場から出る時に貸してくれた、あのタオルだ。
見てはいけないものを見た気がして、思わずぐちゃぐちゃにしてバッグの底へとそれを押し込んだ。もうここにはいちゃいけない気がして、雨の中に突っ込んでいく。ぼたぼたという音を立てて、肩に雨粒がぶつかった。案の定というか、ダウン無しで迎える6月の台風は寒い。だけど、それを見つけるまで他人の家の軒先に突っ立っていることはとてもできそうになかった。玄関を照らす照明に、人型のシルエットが浮かぶ。背中に当たる光が私を急かしてくる。足を急がせた。決して姿を認められないように、びちゃびちゃという足音が一層勢いを増した。寒いくせにどこかぬるい、深夜に浸かる残り湯みたいな風が頬にぶつかる、不快な夜だった。
わだかまりが胸に残っている。走っているうちにそれは熱くなってきて、やがて喉までせり上がってきた。息が切れる。方角もなく走って、ある程度雲母さんの家から離れたのが分かったので、膝に手をついてぜえ、ぜえ、と深く息を吸った。低温度高湿度な空気が肺を刺してくる。そういえば、適当な方へと進んでいったのでもう謝りに戻ることはできそうにない。追いかけて来てくれれば、その限りではないが。
…いや、私は今、新しく取り込んだ酸素を使って何を考えた?"雲母さんが追いかけて来てくれれば"?あれだけ他人を傷付けておいて、一方的に構ってもらえると思い込んでいる子供まがいの思考回路に気が付いて吐き気を覚える。気持ち悪い、気持ち悪い。一番気持ち悪いのは、自分に他ならない。当たり前なわけがない。手を振り払ってここに出て来たのだから、追いかけられたら怒るくらいの気力がなくてはいけないのに、煮え切らない自分があまりにも恨めしい。私が放った言葉の全てが軽々なものだった気がして、今さら後悔した。
深夜のコンビニが立てる入店音・退店音はとてもうるさい。そんな事を思いながら、私は購入したレインコートを羽織った。若干目に毒なくらい黄色いレインコートだ。当然、目立たない透明なものが良かったが、レジの前に置いてあったのがそれだったのだから仕方がない。もう少しよく探せば見つけられたのかもしれないがレジの方にはなかったし、いくら訳アリ客頻出の深夜コンビニといえどずぶ濡れになった高校生ぐらいの少女というのはさすがに不自然な身なりすぎる。家出とかを疑われて通報されたらかなわない。それに、これだけ濡れていると床に水滴が垂れてしまって申し訳ない。
冷えた身体の上から羽織るレインコートは、存外に暖かかった。
私はしばらくの間雲母さんの家付近をうろうろと迷走していたが、やがて来た道を思い出してそれを辿っていた。つまり、駅からの道である。あまり大きな町ではない。なの、で駅の側に宿泊施設があるという甘い考えはしていなかった。それでも道を辿ったのは、駅前にはコンビニもあるし、運が良ければ電車で大きな町まで行けるからである。
多分、駅に向かえば明日のお昼まで生存する確率が上がる。そういう動物的な勘だった。多分、間違いではなかったと思う。ただ、何度見返しても駅前にホテルが存在する様子はなかった。やや諦めの混じった足で駅へと向かう。レインコート唯一の欠点は、体にぶつかる雨粒の立てる音が大きくなるところだなと思った。
駅は、虚な光を放っていた。蛍光灯特有の、少し偏執的なくらいに白い光だ。それでも、そんなに数がないので駅舎入り口から漏れてくる灯りはかごく僅かであった。深夜に見るローカル線駅。存外に、風情のない光景だ。
このままあそこに飛び込んだら、田舎の虫になってしまう。暗がりでそう思った。もしかしたら、単に躊躇しただけかもしれない。時代遅れの公衆電話に灯った橙色の光が、道端に立ちすくむ私の影を作っている。でも、行く当てはそこしか知らない。
切符売り場はとっくのとうに閉まっている。背を預けながら、「そりゃそうだよな」と時計を見た。短針は、2を少しオーバーランしたところで止まっている。駅は、完全に眠っていた。こんな風になった駅を見るのは初めてかもしれない。都会の駅はいつも忙しなくしているし、故郷にいた頃は私自身が眠っていたからである。唯一起きている働き者はといえば、自動販売機くらいのものだ。
自分の顔がうっすら写る程度まで覗き込んでも、やっぱりあったかいコーンポタージュとかは売っていなかった。もう6月なので当然といえば当然なのだが、こう寒い日には特例で売ったりできないものか。普段なら"労力を顧みたときにやれるはずない"という冷たい回答をくれるだけの頭も、今夜ばかりは熟考してくれている。目をしばしばさせながら頭を回すと、片隅に暖かいお茶が売ってあるのを見つけたので、思わず購入した。ペットボトルキャップを外すと、いつもは飲まないほうじ茶の香りが広がって、そのまま肺へ飛び込んだ。今までは緑茶派だったが、こう支えて欲しいところに居てくれると、思わずぐらっとくる。これが、かの有名な吊り橋効果というやつなのか。
そんな事を考えながら、お茶で体を温め雨の音を聞く。屋根があって暖かいだけで凶器のように感じられた雨粒とそれが落ちる音が一種の安らぎに変わるのだからすごい。
急激に意識が遠のいて行くのを感じた。慌てて、雨の当たらない駅の隅へと避難して、レインコートを脱ぐ。シャツの上にダウンを着込んで、その上に被せるようにしてコートを置いた。あまりにも面倒くさいが、ここで動かなくてはいけない。なんせ、命がかかっているのだ。暖かくて、少しだけ明るい場所で、意識の手綱を手放す。体はすっかり暖かい。鼻先は、未だ冷たい。
こんな夜中に屋外で雨の音を聴いたことは一度もない。雨の音だけ聴こえる。もう、夢が現実かわからない。生きてるのか死んでるのかすらいつのまにか曖昧になって、今はもう、人肌温度の液体にどっぷり浸かっている。
足音がした。正確には、まだしている。それどころか、近づいて来ている。ここが駅だということを思いだして、それがこの場所における朝の到来なのだなと実感した。私は、どこで寝てたっけ。ここにいて、邪魔じゃないかな。目を開ける。黒髪が揺れていた。
左端から、スムーズな動作で、黒が流れていく。場面転換の技法みたいなその光景のおかげで意識は即座に復活した。立ち上がると、改札の奥に後ろ姿が見えた。よく知っている、片翼の姿に間違いなかった。
声をかけたかったわけではない。それでも、すれ違ったままでいたくないと思って手はすぐにICカードをかざしていた。ピッという音が、カーレースのゴーサインのように私を動かす。
朝の改札付近には、誰もいない。よって、全力疾走が可能だった。とはいっても、一つの線しか乗り入れていない小さい駅だったので、特に焦ることはない。私は、いつもとそう変わらない速度で少しずつホームとの距離を縮めた。当然、ホームもそんなに広くはない。改札を抜けてすぐに開かれた空間へ飛び出す。私の右手の方に雲母さんは立っていた。なんだか、昨日よりも身長が高い気がする。
そういえば、仕事をしている最中はヒールを履いているのだ。昨日は屋内だったから差があったけれど、それはイレギュラーで、上園雲母という存在はほんらいあれくらいのサイズ感なのだ。
忘れていたのは、いつからだろう。ぼうっと雲母さんの方を眺める。彼女は、慣れた様子で文庫本を開きながら誰もいないホームに立っていた。おそらくは、もうどのあたりで電車を待つのかということも決まっているのだろう。ここが5号車なので、多分あっちは3号車と2号車の間くらい。多分、何百往復もしているのだ。始発の時間から、電車を乗り継いで事務所まで。
目の前には、知らない、想像したことのない日常が存在していた。
少し遠い。実際の距離以上に距離を感じているのというのに、実際の距離がこんなに離れていては心許ない。決してそれ以上の何かにならないように、始発電車を利用する一個の乗客として、歩み寄る。ホームにある時計は6時半を指していて、まだ水滴を落とし終えていない屋根の下からは明るい日の光が差し込んでいた。
やがて、電車がやって来た。その頃に前を向いても視界の隅に相手の姿が入るくらいの距離になっていたが、決して話しかけることはしなかった。
始発の3号車には、誰も乗っていないようである。ホームから一歩を踏み出すと、一瞬だけ黒い髪が視界から消えたが、すぐに現れた。長椅子の一番左にかける。黒い影は右端に落ちた。扉が閉まり、電車が揺れと共に動き出す。奇妙な空気だけが、そこに存在している。
寝耳に水とは、こういうことを言うのだろうか。そう思った。何より衝撃を受けたのは、私がいつのまにか同僚としてではなく一人の人間として凪という存在をものすごく信頼していた、ということである。だから、私は彼女から明確に拒絶されて、あそこまで唖然としたのだ。それは、盲信という言葉の似合う感情である。私の近くには宗教がともにあったので、結構強い言葉になってしまうけど、それでも"盲信"。
あの時までは、私は凪から都合の良い甘い答えが返ってくるものだとばかり思っていた。それを盲信と呼ばずになんと呼べばいいのか、私は知らない。こんな時、もっと教養があればと思う。多分教養だけの問題じゃないんだろうけど、教養があればこれがどんな種類の問題なのかくらいはわかるはずだから。
たまに、他人の気持ちがわかるという人に出会う。そういう人は決まって私とは全然違う人種で、すごく輝いている。思えば、彼女もそうだった。いや、この場合は彼女たちが正解なのかな。二人。
浅霧椿沙と、浅霧凪沙の二人。
浅霧凪沙という少女に初めて会った時に思い浮かべたのが、浅霧椿沙というアイドルだった。等身大で人と同じように悩むのに、それでいて絶対に毒されない。くじけそうになっても、強い心で戻ってくる。決してその瘴気に当てられ、清い部分を失わない、そんな存在。私の持つアイドルの理想像そのものである。
違う点といえば、初めて会った時まだ蛹だった椿沙は既に蝶になっていて、妹の凪沙はまだ羽化しきっていなかったということだった。私が同じステージにいたいという一心で頑張っていた時、もう椿沙は遥か上を見上げていて、私は置いていかれてしまった。そこから何か学んだと勘違いしていたけど、変わっていなかったみたいだ。
片翼が上を見上げた時、一緒に上を見上げる役がもう一人の片翼。どうして、私にはできないのだろう。答えはとっくに分かっている。言いたくないだけだ。それも違う。一連の流れの中で一度答えを言っているから。
じゃあ、どうして。多分、認めたくないのだ。
視界の隅に金髪がチラつく。電車が揺れるたびに少しだけたなびくので、どうしても目がいってしまう。自然と、彼女のことを考える。知恵熱を起こさないように椅子の端にある手すりを掴んだ。冷たい。元・片翼との間に広がる空気みたいだ。
やがて、電車が止まった。でも目的地は、この先の先の先。何を思えば良いかすらわからない。それでも、何かを考え続ける。電車は、ガタゴトと揺れた。駅を、漠然と通り過ぎていく。
二人しか乗っていない車両内に目的地への到着を告げるアナウンスが流れた。こんなに遠かっただろうか。何百回も通ったはずの道が長い。それどころか、アナウンスから駅に着くまでの時間すらとても長く感じられる。長い長い時の中にいても頭はいつも通りのようだ。大した考えは浮かんでこない。
電車が止まった。金髪がホームへ降りていく。少し遅れて、私も右側のドアからホームへ降りた。一瞬、ドアに遮られて姿が見えなくなる。ホームには、それなりの人数がいた。一応、駅前エリアは多少栄えているところだ。それくらいの人が居る時もある。私の想定外だったのは、その人波が彼女の姿を覆い隠してしまったことだ。
人の間を通り抜けながら、視線をあちこちに散らばらせる。人がどんどん少なくなっていく。少しずつ、焦りの気持ちが私の胸を焦がし始めた。人が減る。見つからない。減る。見つからない。いつのまにか、ホームには私一人だけになっていた。
深く息を吸う。左手は、シャツの胸あたりを握ってくしゃくしゃにしていた。熱い塊が胸から喉へ迫り上がってくる。何度も浅く息を吸ってそれを誤魔化し、空いていたベンチへ座った。
そうだった。私は、元・片翼。彼女が常に傍にいてくれるなんて、都合の良い期待をする方がおかしい。諦めに似た言葉を何度も反復させると、解熱剤のような作用反作用の法則が働いて、胸から喉にかけて存在していた熱が消えていった。
別々の道を歩くのだ。私は、事務所の方へ向かうため、乗り換え口のある階段を登った。
どうしてかは上手く言い表せいが、私は電車から降りた後、乗り換え口方面ではなく駅の出口に続くエスカレーターの手すりへ体重を預けていた。電車を降りた他の人達に釣られたとか、そんなことではない。なぜかと言うと、私達が乗って来た電車から降りる人は殆どいなかったからである。
それではやはり、雲母さんと一緒にいることに対して気まずいと思う気持ちがあったからなのだろうか。微妙な距離感がこれだけ近いところに発生していると消耗するものはある。ただ、私は私は近づきたくてこの車両に乗ったので、離れること自体を望んでいたわけではない。
では、なんだろう。エスカレーターが昇っていく。モーターの音が響いている。もしかしたら、会わせる顔がないという気持ちかもしれない。申し訳なさと、自分の小ささから来る感情。それを解消しないことには、会いに行けないということなのではないだろうか。だとしたら、どう解消したらいいのだろう。申し訳ないと言う気持ちは、謝罪して、お互いの認識を擦り合わせることができれば消えてくれるかもしれないが、自分の小ささだけはそうもいかない。知識も技術も人柄も足りていないからそんなことになるのだ。
たちまちエレベーターは頂点を迎えてしまったので、私の思考はそこで一度打ち切りとなった。答えが出ないことは、いつものことである。それでも、歩き出さなきゃ行けない時はある。
出口の改札を出て、辺りを見まわした。そこには、何年も張り替えていないから少し灰色が混じっている白い床と知らない商品や漫画の広告が貼られた壁、そして柱があるばかりである。もちろんいくらかの人影と駅前特有の飲食店看板は見えたが、どれも私とは縁もゆかりもなさそうだ。勢いだけでここまで来てしまったが、どうしたらいいだろう。
いや、振り返ってみれば勢いだけに頼ってどこかへたどり着いたのは今日だけの話ではない。ライプロに入って雲母さんに出会ったのも勢いと人の縁に他ならない。そう思うと、その辺りにある広告や看板が急に意味あるものに思えた。
飲食店の一角に、一枚の木版に文字を刻んだ立派な看板があった。最初は料亭か何かなのかと思ったが、どうやら違うらしい。この角度からだとよく見えないが、看板には英語が刻まれているし、その下にあるショーケースに置いてあるのは和洋というざっくりした括りで分けるなら洋に入るであろう品の食品サンプルだ。そこはどうやら軽食も提供しているカフェのようだった。たしかに、よく考えると駅中のテナントをわざわざ借りて料亭を出すというのは正気の沙汰ではない。そんなのは道楽に他ならない。それも全てこんな立派な看板を掛けてあるせいだ。ふらふらと、看板の方へ吸い込まれている。どうやら、『Kissa Himawari』という店名のようである。
「喫茶ひまわり」。
なんだ、やっぱり日本語じゃないか。がちゃんと音を立ててドアが開いた。
ドアについた鈴が鳴り、縦長の部屋が現れた。綺麗にワックスがけのされた木目の床。"お品書き"と白い文字で書かれている黒いカバーに覆われたメニューとそれを支える台。その奥に隠れている、手入れの施された、よく知らない種類の観葉植物。どこからか流れる、アップテンポのジャズ。テーブルは多分10個。動かないように固定されていて、ゆったりと感覚を空けて配置されている。
フロアにいる男女に「いらっしゃいませ」と声をかけられた。男が「どうぞお好きな席におかけください」と続ける。どうやら、他に客はいないらしい。男女が散らばって、いそいそと何かを用意している。
黒に近い深緑のエプロンと白いワイシャツ。胸元には飾らない蝶ネクタイ。シックにまとまっているが、そこにはコントラストがあった。
何もかもが『喫茶ひまわり』らしい光景に思えるのは、店名の強烈さ故だろうか。今どき『喫茶ひまわり』などという純喫茶らしい名前を見る機会は少ない。それが駅の中であれば尚更だ。普通入っているのはチェーンのお店だし、それだって"喫茶"というよりは"カフェ"と名乗っていることの方が多いだろう。そこにおいて、『喫茶ひまわり』はものすごい個性を放っている。それも駅という場所と合わせてコントラストと言えるものかもしれない。
私は、少々戸惑っていた。自分で望んで入ったとはいえ、いかにも喫茶店ですという雰囲気には少々面食らう。そもそも、チェーン店以外のお店でコーヒーを飲んだ経験はほとんどなかった。勢いに任せた決断は思いもよらぬところでこちらの足元を掬ってくる。例えるなら、食らった覚えのないジャブに膝をつくボクサーという感じである。こんな時、自分より年長の人が側にいてくれたら、なんて情けない考えが頭をよぎった。
ふと、鈴が鳴った。さっき聞いた鈴の音である。つまるところ、誰かがドアを開けたのだ。思わず、後ろを振り向いた。
「………」
「おはよ」
憎たらしいヘラヘラとした笑みを浮かべて、ドアノブに肘を置いたまま手を振ってくる。
「………あなたですか」
キャップから垂らした黒髪の内側に光る紫色があまりにもうるさい。
「求めてた再会と違った?」
「そういうわけじゃないです。再会を求めていなかったので」
「手厳しいなぁ〜。喧嘩別れしたみたいだったから慰めようと思って来たのに」
手が差し出される。受け取ることはない。突き放そうという気持ちを込め、強い口調で言葉を吐く。
「なんでここにいるんですか?春日井さん」
女の笑みが一層深まった。
「かたいよ。彩でいいよ、凪ちゃん」
「ここ、初めて?」
「ですね」
「もっと調べなよ。いつもここ使ってるんだから、入れるお店の一つくらいあった方がQOL上がる。クオリティ・オブ・ライフね。日常生活の質、充実度みたいな話」
「はぁ」
「10席しかないと思ったんじゃない?奥の方にもう一つ席あるんだよね。他の席とちょっと離れてるし入り口からも遠いから喋ったり休憩するにはもってこい。ガールズトーク、するでしょ」
そう言って、春日井さんは奥へ奥へと進んで行った。こうして後ろから見ている分にはあの紫が主張してこないので多少は大人しく見える。とはいえ、黒いシャツとキャップに真っ白なパンツというのはそれだけでかなり目がチカチカするものである。季節外れのブーツの茶色は、黒と白の間を取ったつもりなのだろうか。
ただ、その背中について行く自分がいるのもまた事実だ。情けないが、ついていくしかない。こればっかりは知識不足が原因という指摘はもっともである。そこだけは素直に認めるべきだ。そうしなくては器の大きい人物へ成長できるはずもない。
背中にぴっちり着いていくと、春日井さんの足が止まった。ソファの背もたれの奥、入り口からは見えない左の壁際に、小さな丸テーブルと二脚の椅子が身を寄せ合っていた。
「ソファないけど」
春日井さんは手前の椅子へショルダーを掛けながらこっちにちょいちょいと視線を向ける。
「ここでいいよね。静かだし」
「まぁ、構いませんけど」
「…不服そうに見えるね」
「不服ではないですけど。不覚を取ったなって感じです」
「ああ、雲母のこと?なんで使う駅知ってるのか、知りたい?」
私の想像していた不覚とは違うが、そういえばそっちの方がはるかに重要な問題だ。さすがに店に入ってくるタイミングが良すぎるから、春日井さんはこの駅を使うことを知っていたのだろうということは、容易に想像できた。
「じゃあ素直に聞きますけど。なんで駅知ってたんですか?ストーカー?」
「まぁ、否定はしない」
それは、ストーカーということではないのか。
「それじゃあ、いつも雲母さんがこの駅を使うのを知ってて待ってたんですね」
「そうそう。あたり、あたり」
春日井さんの目線は下の方にあった。メニュー表を左手で持ちながら、右手をひらひらと振っている。時々うーんとわざとらしく唸ったりもしていて、仕草の全部がうるさいという感じだ。
「どうでもいいけどさあ、凪ちゃんはいつまでお水に唇を浸してるの?」
ヘラヘラとした口調に憤りを覚えつつ、いつまでもそうしていては仕方ないのも確かであったので、当てつけのつもりで水を一気飲みしてコップを置いた。
「いい飲みっぷり。奢ってあげたくなっちゃうな」
「出しますよ、自分の分くらい。借りを作りたくないですし。それより、駅を知ってるのはともかく今日ここにいたのはなんでですか。雲母さんに会うために毎日来てるとか?」
「毎日は流石にしてない。月一くらい。何か喋るわけでもないしね、ただ眺めてるだけ。誰も知らない"アイドルの日常"が見たくってさ」
「それに、今日会いに来たのは君だよ、凪ちゃん」
「はぁ…?」
「この前のライブ、良かったね。Aメロ入りのパート、あそこ雲母のとこでしょ?即興でカバーしたわけだ。痺れた。私、アイドル・凪のファンになっちゃったみたい」
嘘か誠かはわからないが、心なしか春日井さんの目は笑っているように思えた。口元の笑みはあんまり信用できない。私も愛想笑いが得意な方だから。でも、目に笑みが浮かんでいると本当なのかな、と思ってしまう。そして、悲しいことにファンを拗らせてストーカーになってしまうという心理もわからなくはなかった。私も好きなアーティストがラジオとかで非公開っぽい情報を言ってるとついメモしてしまったりする。ストーカーを擁護するつもりは全くないが、多分それの延長線上にある行為なんだろうと思う。
じゃあ、ここで一つ爆弾を落としてみようかな。好奇心が私を動かした。
「じゃあ、これ知ってますか?アイドル・凪の極秘情報なんですけど。"凪"っていうのは芸名で、本名は水面が凪ぐの"凪"にさんずいと少ないの"沙"、それで"凪沙"だって。それから、あのアイドル・椿沙の妹なんだって」
さあどうだ。仕返ししてやった。どんな表情を見せてくれるのだろう。期待しながら目線を向けた。
人間の目の色が変わる瞬間を、初めて見た。もちろん、実際に色が変わっているわけではない。彼女の瞳は灰色のままだ。しかし、確かに変わった。それは、強いていうならさっき言った目の表情に近いものだろう。さっきまで笑っていた春日井さんの瞳は、困惑と茫然と怒りに似た何かが混ざった色を写していた。
「なに…それ。ほんとの話?」
コップをつかむ手が震えていた。
「…まぁ」
「…あ、えぇ………そうなんだ。そうか、なるほど?」
随分と困惑している。さすがに演技ではなさそうだった。
春日井さんは肩あたりまで持ち上げたコップを口をつけるでもなくふらふらと遊ばせて、目線だけをこちらに向けている。やがて、コップをテーブルに戻した。結局、口はつけていない。
「はぁ…なんだそれ。だからオーディションじゃなくてスカウトで入って、いきなり雲母とユニット結成して…ってこと?姉が元SCALEの浅霧椿沙だから?それじゃ、オーディションで入ってくるのがバカみたいじゃん」
「…」
何も言えない。それは、鋭利な言葉のひとひらひとひらが、全て真実だったからだ。私がスカウトでライプロに入れたのも、雲母さんと組ませてもらったのも、全部姉の影響に他ならない。だからこそ脱却しようともがいていたが、結局私は相方を蹴落とすような真似をしてここにいるのだ。
その時になって、ふと雲母さんの語った"夢見る蛹"の話を思い出した。私は、誰かが…例えばオーディションで戦っていたけど枠の問題で落ちた誰かが夢を見る権利すら奪ってしまったのではないだろうか。
そういえば、目の前にいる彼女もオーディションに落選したという話ではなかったか。
「春日井さんの言うことは…仰る通りです。私は自分が入ったことで誰かの夢を奪ってしまったのかもしれない。しかも、その時手に入れた、雲母さんと組んでパフォーマンスをやるというチャンスすら失ってしまったのかもしれない。責任を………忘れてたのかもしれないです」
言葉を吐き尽くして、春日井さんの方を見る。
「そうだな…まずね。彩でいいから」
春日井さんは笑っていた。
「別に呼び出していじめたかったわけじゃない。さっきのは、ちょっとびっくりしただけ。デビューまでいかなかったけど、一応私も雲母や椿沙と同期で受験してて、デビューする前から知ってるし。それに、今夢を見てる子には無責任な言葉になるけど、私はアイドルの夢なんてとっくに捨てたしね」
「だから、これはガールズトークだよ。最初に言ったでしょ。純粋に、一対一の会話。同業者としてのって但し書き付きだけど。だから、そっちも何か聞いてよ。なんでもいいからさ」
もう、目に写った色はさっきまでの不適な笑みへと戻っていた。雲母さんが変えられるのが空気だとしたら、彼女が変えられるのは表現。シンガーソングライター・春日井彩。
「じゃあ、聞いてもいいですか?彩さん」
彩さんの笑みが一層深いものへ変化した。
「なんでもどうぞ。凪沙ちゃん」
唇を軽く舐めた。これは、私にとって非常に重要な話なのである。
「デビューする前の雲母さんと姉のことを、教えてください」
「そうだね…当時かなり焦ってた私の印象がだいぶ挟まるけどいい?」
「構わないです」
「まぁ、そう言うしかないよね。質問してから気づいたけど」
そこまで言ってから、彩さんは一旦ストップという意味で左手のひらをこちらに向けた。注文していたコーヒーが運ばれて来たのだ。芳醇な香りを含んだ煙が立ち昇って、ジャズの音へと溶けていく。口元へコーヒーを運ぶその仕草は、さっきの水を持つ姿とは大違いである。カチャっという音が響く。コーヒーカップがソーサーへと戻って行ったのだ。
「初めて二人に会ったのは多分、オーディション二次試験の時だった。どこかで並んで全員の顔を見る機会があったと思うんだけど、その時からやっぱり椿沙は別格だったよ。背も高かったし。私はその時…16の時から変わらず153.5cmなんだけどさ、椿沙とは10cmくらい差があったもん。今はブーツで身長誤魔化せるけどその時はそんな知恵もお金もなかったから、ただただ羨ましいなって思ってた」
「だけど、いざパフォーマンスが始まったらそれにそれに負けないオーラと抜群のパフォーマンスをした女の子が一人いた。その子は華奢で少し病弱なイメージがあったし、身長もかなり小さい方だったし、なによりちょっと暗かったから全員並んだ時には全然注目してなかった。今でもはっきり覚えてる。椿沙が3番手で、それはもう凄いパフォーマンスをしてて。圧倒されてた。私の出番はもう少し後だったから、4番の子は可哀想だな、なんて思ってた。そこに出てきたのが、雲母だった…ってわけ」
「椿沙本人が雲母をどう思ってたのかは分かんないけど、とにかくその二人は別格に見えた。オーディションの時に受かるって確信したのはその二人だけ。実際、二人だけだったしね。その二人以外は大したことない、受かる受かるって言い聞かせてたけど、私も大したことない有象無象の一員だった。とにかく、私がその二人に会ったのはそこが初めて。雲母のファンになったのも、その日。王道をひた走る椿沙もかっこよかったけど、あんなに虚弱そうで背も低くて何考えてるのかわかんないようなやつがステージ上では誰よりも胸を張ってパフォーマンスしてたのが、なんか痛快でさ。自分を重ねてたのかもしれない。だからなのかもね、今の雲母が低いところに留まってるのを見て歯痒い気持ちになるのは」
「それで、結局は挫折してシンガーソングライターの方へ進むことになるんだけど、一応次の年もオーディションは受験しててその期間中はアイドル予備軍ってことで…わ、やな単語だな"アイドル予備軍"…。まぁ一応私は事務所の中に入れたわけ。そこでどうやら椿沙と雲母が1年前にデビューして以来ずっとルームシェアしてるらしいっていうのを知って、菓子折り持って挨拶に行ったんだよ。元からこの辺に住んでて事務所で近所に住んでるらしいことを知ったから…って体でね。そしたら、茫然自失としてる雲母が居た。話を聞くのもままならない状態だったけど、とにかく何があったのか聞き出したらその日の朝に椿沙が出て行っちゃったらしいって事が分かった。それ以来かな、雲母が上を目指さなくなったのは。で、私もあの時の雲母の様子が目に焼きついて離れなくて、今でもこうしてたま〜に大丈夫かなって確認してるわけ」
ふーっと息を吐き出しながら、彩さんは強張らせていた肩をストンと落とした。肩を下ろすと同時に落ちた目線の先にあったのであろうコーヒーを飲んでいる。その時の瞳に映った表情は、ようやくわだかまりを解消できたというものだった。彼女なりにずっと抱えていた重たい荷物だったのだろうな、と感じた。
「とにかく」
ソーサーは再びカチャッという音を立てた。
「私が知ってるデビュー前の雲母と椿沙のことといえばこのくらいかな。最後は自分のこともちょっと混ざっちゃったけど。満足してくれた?あ、コーヒー、もう冷めてるわ。これだけ熱弁を振るったのにね…冷たいやつだ」
「満足というか…今までよく知らなかったな、ってことばっかりです」
「それはまぁ、私も椿沙に妹がいること自体知らなかったし。誰にでも知らないことはあるよ」
「だけど、知っておかなきゃいけないこともある。例えば、人としてはともかくお医者さんとしては医学の基礎的なことは知らなきゃいけないし…そのレベルの知識だったような気がします、私にとって…。ようやくスタートラインに立てたって感じです」
「ふふっ」
彩さんが笑う。瞳も、口元もだ。
「走り出す気満々って顔に見えるよ」
「はい」
私の内には、何か熱いものが激っていた。決して早朝の駅で感じたわだかまりの熱ではない。もっと原始的な、それこそ走り出したくなるような激情。それは雲母さんに近づけたという満足感でもあり、自分がアイドルとして成長できたという実感でもあり、一人の人間から想いを託されたというある種の重圧でもあった。
未だもまだ雲母さんへ向かおうとする足取りは重い。当然だ。過去の話を聞いたとしても、直接の解決にはなり得ない。だけど、走るんだ。走らなきゃいけない。そんな熱が胸のうちに宿っていた。
「次にやるFTERAのライブ、決まったら教えてね。絶対観に行くから」
「それじゃあ、行ってらっしゃい」
私は全力で返した。
「行ってきます!」
もはや、ジャズの音など聞こえない。ドアノブに体重をかけると、シャランという鈴の音がした。
それはさながらゴーサインのように私を突き動かしたのだった。
電車の音が、ガタガタうるさい。こんなに人が多かったっけ。人といるって、こんなに消耗することだったっけ。考えれば考えるほど、悪いところが目に付いた。だけど、電車は好きだ。乗ってさえしまえば、どんなくだらないことを考えていても私を連れ動かしてくれるからである。
散歩をしている最中、たまに足が止まることがある。その理由は、鍵かけてきたっけみたいな局所的な不安だったり、私は何をしたいんだろうっていう永続的な問いかけだったりする。とにかく、何かしらの不安が形を持って現れた時、私の足は止まる。それがどんなに些細なことでもそうだ。
歩き出しては止まる。その様は、私の人生のように思える。人生という長い道の途中で足踏みしている自分と重なる。だから、私は自分の足で動くのが嫌いなのだ。誰かに連れて行って欲しい。そう、誰かに。
"凪"という字の左半分が頭を掠める。
ガタンッという音と共に、電車が揺れた。シートが軽く弾んで体が浮く。対空時間は0.5秒。ジェットコースターの落下に近い浮遊感だった。おおよそ電車で体験することのないそれに気を取られているうちに電車は停止し、ドアの向こうから何人もの人がやって来て、あっという間に流れを作ってしまった。行き場をなくした浴槽の水が栓を抜かれた瞬間にそこへ吸い込まれていくような、そんな連想をする。正しく人波だ。
そこまで考え終わって初めてこの駅が目的地であることを思い出した。急いで立ち上がる。小さく手を上げながら、少し強引に駅のホームへ向かっていく。雑踏は、嫌いだ。私の中でこの人混みはいつまでも受け入れてくれないものの象徴となっていた。いつも、拒まれ、邪魔だと思われているのを自覚しながら進んで行く。
そうこうしてようやく外に出ても、安心はできない。ホームすら忙しないからだ。ここに安らぎはない。エスカレーターに乗った。人でびっしり埋め尽くされたエスカレーターが降っていく様子を見て、私はいつも工場レーンを思い出す。なにかを出荷しているみたいだな、と思う。心なしかいつもより長いエスカレーターを抜けて、開けたフロアを踏む。この駅に来るまで結構な時間がかかっているとはいえ、時間としてはまだ早朝なので飲食店の灯りはまばらだ。人のいない夜中はやっていることが多いのに、早朝やっていないのはどういう了見なんだろうと、いつも思う。多分、単純な人の多さと求めている人の数は必ずしも一致しないのだろうなと結論付けて、私は事務所へ向かった。そんなくだらない、浮ついたことばかりを考えているせいか、足取りはフラフラとしていて、そして存外軽かった。
小川のせせらぎが聴こえる。何度も並走した川である。その音と湿った空気に触れると、事務所が近いのだという安堵感と気だるさ、期待感と恐ろしさとがブレンドされた不思議な感覚が胸に湧く。いつものことだった。
小川に沿って歩く。細道を横目に、公園を横目に、踏切を横目に歩く。その間も絶えず川の周りを柵が覆っていた。この柵を見ると、どうしても彼女のことが思い出される。無心無心と自分に言い聞かせても心臓が脈打つのは止められない。どんどん早くなっていくそれに対応するため、私は浅い呼吸を何度も繰り返した。嫌な汗が首筋に滲む。歩みを止める。
柵の傍らに立って目をつむり、せせらぎを聞きながら深呼吸をした。吸うのではなく、吐く。深く深くではなく、長く長くを意識して。頭に出てくる言葉の全てが、あの日の少女とこの場所とに繋がってしまう。それも当然のことかもしれない。私があの日過呼吸を起こした少女にかけた言葉は、自分が過去に受けたアドバイスの受け売りだった。過呼吸癖は、椿沙が上へ上へと行ってしまうのに追い付こうと無理をしていた時身に付いてしまった悪癖だ。上を目指す方針についていけなかったのは私の甘さと実力不足であって、あの二人に責任を転嫁したくはない。それでも、私の精神に二人の浅霧が色濃く影を落としているのも、また確かだった。
一通り落ち着いたところで、冷たくなった手で揉み手をしながら再び歩き出す。もともと、駅から離れた場所にあるわけではない。目に映るのは、古いとも新しいとも言えない灰色の賃貸。全く同じ形をした窓の三階・二階。色気のない"ライプロ"の看板。そして暗い照明を透過した自動ドア。私の事務所に到着したのだ。
ここにはエレベーターがない。だから、階段で上へ登る。二階、事務所入り口は廊下の端にあって、階段はもう一つの端にあるのでそれなりに遠い。ただ、そのスペースを活かして壁にポスターを貼りまくっているのは楽しい仕掛けだと思う。つい目で追ってしまう楽しさがある。それでも、決まって事務所入り口付近の壁に目線はやらなかった。いつかの私とアイドルとの写真が並んでいるからだ。新旧どちらも、である。どうしても、それを見ると胸が苦しくなってしまう。息がしづらくなって、頭も痛くなる。今日はなおさらだろう。軽く目をつむり、頭を下げながらドアを押し開いた。
「あ、雲母!台風大丈夫だった?」
栗色の髪がソファの肘置き部分にかかっている。
「大丈夫。なんともなかった」
そう返して、私は椅子に座る。香々実と向き合うようにして座り直し、両手首を背もたれの天辺へ置いた。
「良かった〜…。私が帰る時、雨も風もすごかったからさ。ちょっと心配だったんだ。凪ちゃんは後から合流する感じ?」
言葉が、喉に引っかかって出てこない。
「凪…凪沙は…」
「うん」
「…知らない」
「…は?」
「知らないっていうのは…」
ソファがギシっという音を立てる。香々実がソファを発って、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。椅子を引く音がする。香々実は、私の向かいにある椅子に腰掛け、困惑の瞳で言葉を続けた。
「知らないって、どういうこと?一緒に帰ったんじゃないの?まだ寝てるとか?一報、入れて欲しかったんだけど」
香々実の声色が困惑から他人に詰め寄る時のそれになった時、私の心の中にフッと熱いものが浮上した。その熱はあっという間に頭にまで到達して、今はもうそれしかない。
「知ってたんでしょ」
「えっ…」
「一報入れて欲しかったのは私の方だよ!凪が…凪沙が!椿沙の妹だってこと、知ってて隠してたんでしょ!…ねぇ、なんで一言言ってくれなかったの。いまさら分かったって、私は…」
「………。凪沙ちゃんのことは、二回目のライブが終わったタイミングで話そうと思ってた。それまで話さなかったのは、お互い先入観を持った状態で組んでたらうまくいかないと思ったから。二回目のライブで凪沙ちゃんが雲母のフォローに入った時、FTERAとしての絆が生まれたって私は思った。だから、その時話そうと思ってたけど、予定が噛み合わなくて言えなかった」
二回目のライブで絆が生まれた、というのは違う。私の中に生まれたのは隣のアイドルに圧倒されたという気持ちと、それが故の不安だ。感謝の気持ちはもちろんある。だけど、あの時点でFTERAは対等な二人組ではなくっていたのだ。私が彼女に引っ張られるだけの、あの時みたいなユニットに成り果てていたのだ。
まだ頭の中には熱が残っている。だけど、それが少し冷めてきて、今は体が重い。それでも、緊張感で至る所が張り詰めている。微妙に混ざり合った感情を顔に塗りたくって、神妙な面持ちをそのままに香々実の瞳を見た。
決意を感じさせる瞳だった。
「ねぇ。それが理由で凪沙ちゃん置いて来た、なんて言わないよね」
さっきよりもさらに強い、問い詰めるような口調だ。少し怖い。目を逸らす。何も言えず、口をつぐんだ。徐々に空気が張り詰めていく。顔を見なくても、香々実の心中に怒りの感情が湧いて来ていることくらいは察知できた。他人の感情に疎い私にも伝わる。それくらい露骨な空気だ。
香々実が息をする。最初は短かった吐く息がだんだん長くなっていく。
「…雲母の家に凪沙ちゃんを泊めたのは確かなんだよね。まだ凪沙ちゃんは家にいそうなの?」
「始発に乗る時に駅で会って同じ車両で乗り換え先までは行ったから、家にはもういない」
「えっ、家を出るまでは一緒だったの?」
「そうじゃなくて、昨日の夜に口論になって、凪沙はそのまま出て行っちゃって。それで、朝駅で偶然…」
「待って」
鋭い怒りのこもった言葉が投げられる。話を途中で遮られるのは苦手だ。強い感情を向けられて、思わず肩がすくんだ。
「じゃあ、凪沙ちゃんは夜中に出て行ってそのまま外で過ごしてたってこと?あの雨の中?なんで追いかけなかったの…?」
「それは…。追いかけたけど、もう居なくて」
私の返答を聞いて、香々実はまた短く息を吐いた。呼吸が落ち着いていく。やがて席を立った香々実は、ソファの横に置いてあったバッグを開けて折り畳み傘をしまった。ジィッというジッパーの音が響く。
「香々実、私ほんとに追いかけてて。だけど凪沙にもう別の道を行くって言われたから追いかけるのが邪魔になっちゃうかもと思って」
「もういい。乗り換えまでは駅一緒だったんでしょ。この前泊まったホテルにもう一回泊まってるかもしれないし、そっちまで迎えに行ってくる。急ぐから」
「香々実…」
私も、という言葉は口から出なかった。事務所のドアが、いつになく乱暴に閉まる。
その際に侵入して来た中途半端な冷気に触れて初めて私はずっと快適な場所にいたんだな、という実感が湧いて来た。雨はもう止んでいる。風も強くない。それなのに、あんなに冷たい空気をしている。あの子は、凪沙は、どれくらいの苦労をしたのだろう。いつのまにか、私の心中を席巻していた熱はどこかに消えてしまって、ひたすらに虚しかった。
不意に、ドアの開く音がした。
「さすがに、私も一回階段の方に戻ったよ。全部聞こえたわけじゃないけど、あの中に入るのは流石に無理。偶然すれ違った風に入ってくるので精一杯だった。香々実のあんな顔初めて見たもん」
うるさい。言葉も、立ち振る舞いも。だから、テーブルに突っ伏したままでいた。にも関わらず、オレンジ色の髪が目に入るのは、私の真横…というか耳の側まで顔を近づけているせいだろう。私の黒い髪にオレンジの長髪がかかって、前衛的なウィッグのようになって、テーブルに垂れている。黒い癖っ毛に直毛のオレンジが合わさっているので、なおさらウィッグっぽさが増しているように思えた。そして、チクチクした髪の先端が耳や頬に刺さって痛い。
「…なに?井之上」
「いや?お通夜みたいなムードだから私が慰めてあげようかなって。握手する?」
「………。しない」
「なにその間。言わせんなよ、ってこと?」
「無視しようかなって思ってたけどさすがに酷いかなって。でももう無視する」
「あははは!」
耳元で笑い声がしていると、どうしてこんなにうるさいんだろう。音が近くにあると大きく聞こえるとかそんな話じゃなくて、なんだか数倍増しでうるさく聞こえる。その笑い声が収まらないうちに椅子を引く音が響いた。どうやら、座るつもりらしい。それは、私とまだ話し続けるという合図に他ならなかった。
「そういえば今日凪ちゃんいないじゃん。どした?フラれたの?」
「………」
否定しようと思った。だけど、ある意味間違っていなかったので、顔を上げることはできなかった。
「…あー、マジでなんかあったんだ」
「井之上は…"なぎさ"ってどういう字書くか、知ってる?」
「…?知らないけど」
「あー………」
ため息ともうめき声とも言えない音が口から出てくる。突っ伏しているので、向かう先は当然テーブルだ。堅い木の板に反響した声が自分の顔にぶつかる。両手と顔で囲まれた空間の中がうるさい。仕方ないので、力なく顔を上げる。
オレンジ色の長髪、耳には二重になったゴールドのフープイヤリング。ピタッとしたノースリーブの白ニットの上に、白を基調として緑から青へグラデになっている、薄めのカーディガン。カーディガンでゆったりしたフォルムをタイトな印象に変える黒のパンツ。私服だとしても、現在のライプロファッションリーダー・井之上香澄の存在感は健在だった。
「大丈夫?目、死んでるけど」
「いや、さっきよりはマシになったと思う。知らなかったのは私だけじゃないって思えたから。あのね、"なぎさ"って海が凪ぐの"凪"にさんずいに少ないと書いて"沙"…で凪沙って言うんだって。それで、椿沙の妹なんだって」
「は…?」
「だから、フルネームは浅霧凪沙。笑っちゃうよね、私も昨日知ったんだ」
口にするのも情けなかった。理解したと思っていた元相方のことを何も知らない。そして、追いかける気力もなくここで駄弁っている。凪沙のことを考えると、どうしても私の頭には椿沙というアイドルの影がちらついた。私は、それに怯えているのだ。
衝撃の告白をされた井之上は、困惑している。それを見て少しだけ安心している私がいるのがわかって、自分は矮小な存在なんだなと改めて気がついた。
「浅霧凪沙…ね。確かに、どっか似てるかも。なんだろ、ライブに強い感じかな。さすがに妹とかは考えなかったけど。雲母的には似てるなとか思ってたの」
「…ちょっと。でも、椿沙とも凪沙とも長くいる自覚があったのに、全然気が付かなかったし、知った時は動揺した」
「ふぅん…。あ、お茶汲んできてあげようか」
井之上が席を立つと、二重になっているピアスが擦れてしゃんしゃんという軽い金属音がした。
「いらない」
「飲んどきな。私は長話するつもりだからね」
「なんの話するの」
「そりゃあ…SCALEの話じゃない?凪沙ちゃんの話は雲母に聞いてもわかんないだろうし。紅茶ね、もうちょっとしたらお皿にティーバッグ出して」
湯気で目の前が霞んで見えた。
「…ありがとう」
「一応、ライプロでは先輩だしね。こんな風に話す機会なかったけど、リスペクトしてるアイドルだし。立てとかないと」
目の前に、もう一つカップが置かれる。井之上がの椅子の前だ。彼女は、こういう時相手の分を先に用意するという器量を持っている。それは、私にはないスキルなので素直に尊敬できた。
それにしても、彼女はライプロの過去には全く興味がないものだと思っていた。というのも、移籍してから一年が経ち、その中で何度か事務所で鉢合わせることがあつたものの、一度も椿沙のことを聞かれなかったからだ。現在のトップアイドルについて、一切質問をしないアイドルは珍しい。もしかしたら、配慮しててくれたのかもしれないと思った。
「なに、その目。ちゃんとリスペクトしてるよ。私たちの年代でSCALE知らない人なんていないしさ、気になるでしょ」
「なるんだ。聞かれなかったし、全く興味ないと思ってた」
「はぁ〜…。仮にも他事務所からやってきたエースが過去のアイドルのこと聞けないでしょ」
「今日は聞くの」
「今日は聞くよ。一人の、同年代のアイドルとしてさ。でも、椿沙のことは聞かない。SCALEのことを、雲母から聞きたいだけだから」
湯気が落ち着いてきて、ぼんやりとしていた井之上の顔がはっきり見えた。鋭い眼光に不適な笑み。香々実のそれとは違う、決意を感じさせる表情だった。
「SCALEはさ。すごい勢いだったよね、最初の半年くらい。途中から活動ペース落ちていつのまにか休止みたいになってたけど」
それを語るのには、ある程度の覚悟が必要だった。だけど、こんな風にストレートに聞いてくれたらなんとなくこちらも気合が入る。私は白い陶器の器からティーバッグを持ち上げて、十分に水滴が落ちたのを確認してから隣の小皿に下ろした。そして、喉を湿らすために紅茶を二分の一口くらい飲んだ。
唇から口内、口内から喉、喉から体にかけて、暖かい。
「簡単な話。結成から3ヶ月くらい経った時点で、私と椿沙の間にはもう実力差があった。当然だけどね。椿沙は上を目指してて、私は横…椿沙の隣にいられたらいいなとしか思ってなかった。だから、その頃の私は、必死だった。なんとか横並びでいたかったから、ずっと練習してた。」
「多分その時点でSCALEっていう枠組みは崩壊してたんだと思う。椿沙と私はどっちも個人練習ばかりになってた。だけど、目指すところも覚悟も違うから、どんどん離れていく。それで焦って、無理をして、体を壊して、その間に椿沙はずっと成長してて…気が付いたらSCALEとしての活動は休止になってた。それだけ。才能も、覚悟も違ったんだよ。あの子たちとは」
カラン、カランと高い音がする。固いもの同士がぶつかる音だ。音の主は、井之上の手元。ティースプーンとティーカップとがぶつかる音だった。井之上は、気だるそうにしながら紅茶を啜る。
「ふぅん…。少なくとも才能って点で言ったら私は雲母も同じものを持ってると思ってたけどね」
「じゃあ、私には気持ちが足りなかったのかな。あの時も、今も」
「じゃない?私がライプロに来た時、雲母なんて名前はとっくに忘れてた。だけど、どこかで練習してるのを見た時、すぐに燃えたよ。私がこのアイドルを倒してここでてっぺんを取るんだ、って。てっぺんを取らなきゃ、私に夢を託してくれた人達に申し訳立たないでしょ」
心臓が脈を打つ。体が熱くなる。
夢を託してくれた人達。その言葉が、私を大きく揺さぶった。夢を見る蛹がいるとすれば、夢を見られなくなって他人に夢を託した蝶や蛾もいる。そして、私に夢を託してくれた人もきっといるはずなのだ。分かっていたけど、目を逸らしていたことだった。自分が夢を託した側だと思い込む事で、無視しようとしていた。
「雲母は…」
井之上が口を開いた。
「夢、見せたくないの?」
唾を飲み込む。奥歯を噛み締める。握った左腕が震えて、軽く痺れている。体は熱くて、それでいて頭は冷えている。温かくも冷たくない空気が私を取り囲んでいる。それをかき消すつもりで言った。
「見せたい。誰かの夢じゃなくて、私の夢を、みんなに。椿沙にも、凪沙にも見せたい!」
井之上は素敵に笑った。
「なんだ、まだまだエースじゃん」
椅子の足と床が擦れる音がする。
「まぁ…その言葉が言えるようなら大丈夫でしょ。私はちょっと心配で寄っただけだったから、もう帰るね」
井之上はその長身をすっと伸ばして後ろを向き、右手で小さく手を振っていた。
「井之上。ありがとう」
「いいえ〜。女子同士、仲良くしとく方が得策だしね。それじゃ」
オレンジ色が去っていく。ドアが開いて、また6月とは思えないほど冷たい空気が事務所内に吹き込んだ。ただ、もう気にならなかった。むしろ、心は熱くなる。
今からでも遅くはない。寒い思いをしただろう元相方を迎えに行かなくちゃいけない。移籍してきたライバルに発破をかけられたからなのか、エースとしての自覚が芽生えたのかはわからなかったけれど、寒空の下へ繰り出すだけの覚悟が私の心中に湧いてきていた。
謝罪しても、きっと一緒にステージでパフォーマンスをする日は来ないだろう。私はそれだけ彼女を傷つけたし、考え方が大きく違っているのも事実なんだから。それでもいい。それでも、私はあの金髪の片翼へ報いなくてはいけないんだ。
ふと、電話が鳴った。後ろの方からだ。私の携帯の着信音ではない。プルルルル…という短い、緊張感を煽る高音が事務所の真っ白い固定回線から鳴っている。
一応事務所に向けてかかってきたものだろうから勝手に取るとまずいのではないかと思いつつ、他に誰もいないので電話の方に歩み寄った。見覚えはないが、最初の番号を見る限り携帯からの着信のようである。ファンの人かもしれない。もしそうなら、なおさらアイドルが出たらまずいのではないかという気がして文字通り視点を右往左往させながらテーブルの方へと後ずさった。甲高い音が鳴り響いている、というこの状況は非常に嫌だったが、さすがに無視する方が無難だろう。
そうしてテーブルに収まった椅子を左に90度回転させ左手を椅子の背に置きながら腰掛けた瞬間、右のポケットから着信音がした。よく聞き慣れた、馬が駆ける時のようなリズムにシンセサイザーのメロディ。私の携帯だ。液晶には、"近藤香々実"という文字が浮かんでいる。
「もしもし」
「あ、雲母?いま凪沙ちゃんと合流したから。もう事務所の近くまで来てるから降りてきて。離さないっていうのは無しね!」
さっきより少し元気そうな香々実の声と凪沙の安否が分かって、夏風のような安堵感が私の心に訪れた。
良かった、良かった、良かった。
「雲母〜…!」
「心配しないで。直接話すから。凪沙と。どんな結果になっても、ちゃんと話す」
「…わかった。じゃあ、事務所の下で」
耳から熱を持った液晶を離す。既に画面は暗転していた。とにかく、凪沙と直接会って話せる。今はそれだけで十分だ。どんな結果になっても、私は自分の思いを言葉にしなくちゃいけない。謝罪と、感謝の言葉に。
外のひんやりした空気に備えて薄いジャケットを羽織る。バッグは置いていけばいいか。中から財布を取り出し、サイドポケットに放り込んだ。
入り口で厚底のつま先をトントンと打ちつける。後ろの方では、また甲高い着信音が鳴り始めていた。これはもう無視だ。後で香々実に話してなんとかしてもらおう。
ドアを閉める。その音が、よく反響する。廊下には、ひんやりした空気が充満していた。もううるさいコール音は聞こえない。急いで階段を降りて、勢いのまま外へ駆け出した。
建物を出てすぐ。白い柵に右腕を突っ伏して、左腕を耳の側にやった、河川を見下ろす後ろ姿があった。
身長は多分165cmちょい。くすんだダークグリーンの生地に、レトロガーリーな襟付きのワンピース。腰で絞った、柔らかいシルエット。そこからすらっとした綺麗なラインの足が伸びている。その足元は、茶色と灰色が混ざったようなローヒールのパンプス。
なぜか、スラスラと言葉が出てきた。
ほとんど白に近い茶髪が、こちらへ振り向く。ひときわ派手な椿の髪飾りが目立っている。首元には丸襟。爛々とした瞳からの白い光が、金縁の丸眼鏡から溢れて見えた気がした。
「凪沙ちゃん、もう着くよ。多分雲母も下にいるから」
「はい!」
「じゃあ、ここで停める。まずは二人で話して、まとまったら呼んで。もちろん、まとまらなくても」
「…大丈夫です!」
「頼りになるなあ」
そんな声を聞きながら、車を降りた。雲母さんが、すぐそこにいる。それだけで私は良いのだ。二人で会話を交わせればそれで構わない。どんな結末になろうと、きっとそこにわだかまりはないだろうから。
白い柵の横を、小走りで通り抜ける。
ふと、眼前に二人の人影が現れた。一人は雲母さんだ。もう一人は。
金縁の眼鏡を外す。丁寧で優しいのだけど、どこか気品と自信に満ちた仕草だった。その印象は、柔らかいようにも鋭いようにも感じられた。眼鏡をバッグにしまう。まるで水が吸い込まれていくような、流れるような仕草だった。
背中から、光が指す。緩いカーブを描いた白にほど近い髪の外周が、一瞬透ける。透明。そんな言葉が脳を掠めた瞬間に、彼女は微笑んだ。
よく知っている微笑みだった。
「椿………沙………」
閑静な河川敷に、声が二つ響く。
彼女は、まるでファンサービスをするかのようにくしゃっとした笑顔を広げながら、言った。
「雲母。声、低くなったね」
上園椿沙の声だった。
言葉が出てこない。息が吸えない。
「三週間後」
右手が弾くピアノのように美しく芯の通った声が、辺りに響いた。
象牙彫刻のような繊細かつ柔らかい右手の人差し指と中指と薬指がスッと伸びている。その前で、親指と小指が小さな輪を作っていた。
そこまで理解して、ようやく"三"を示すハンドシグナルだということに気づく。彼女は、ほんの些細な動作ですら人々を釘付けにしてしまう。
「三週間後ね、私の誕生日ライブがあるんだ。24歳の記念ライブ」
「それでね。私はそこでアイドル・浅霧椿沙を殺すつもりなの。一般男性と交際させてもらっています、それを理由に引退します、って。そうして、完膚なきまで私を殺す」
「その為に私と関わりがある色んな人を呼んでるんだ。私にとっては、FTERAさんもその一員なの」
「だから、来てくれないかな」
「見てくれないかな。浅霧椿沙の最期」
唐突。
何も理解できない。ただ、彼女はいつも唐突だったので、違和感はそんなに無かった。むしろ、"そういえばこんな人物だった"と思い出した。
そして、しばらくして、実感した。
彼女は、本気なのだ。いつだってこんなテンションで大事を告げてくる。その時の笑顔はいつも凄く綺麗で、透明なのだ。
アイドルが、目の前で微笑む。光が指す。風が髪を揺らしていて、川のせせらぎが存在を演出している。
ただ辞めるだけなら、わざわざライブ後に言う必要はない。引退興行でラストライブにすれば、誰も文句は言わない。それに、一人でもライブは満員御礼なのだから、ゲストなんて呼ぶ必要はどこにもない。
なのに、ライブ後に発表する。なのに、私たちを呼ぶ。
実感した。
彼女は、浅霧椿沙は、本気で自分のことを殺すつもりなのだ。
白にほど近い髪が、風によくなびいていた。髪留めが落ちないよう、右手の端で絹糸のような髪の先端を抑える。
彼女は、アイドルそのものだ。
(第四話 「彼女は、アイドルそのものだ」完)
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