罰ゲームの嘘告白が本当の恋へと変わるまで

かずロー

第1話

「好きです。付き合ってください」


 放課後。

 誰もいない空き教室で、栗生義政は告白された。


 義政に告白したのは氷浦愛衣。

 ミディアムヘアの黒髪に大きな瞳。黒縁眼鏡をかけた彼と同じクラスの生徒だ。

 クラスではあまり目立つような存在ではない。誰かと話すといったことはなく、一人で黙々と読書に勤しんでいる、文学少女といった印象だ。

 

 義政も愛衣と話したことは数える程度しかなく、それも学校での事務的な会話で、プライベートのことを話す仲ではない。


 (これ、罰ゲームだな)


 義政は知っている。

 愛衣は罰ゲームで告白させられているということを。


 二日前の出来事である。

 廊下を歩いていると、普段は使われていない教室から女子数人の話し声が聞こえた。

 聞き覚えのある声。一つは愛衣のもの。それとクラスでカースト上位に位置する女子生徒のものであった。


 内容は罰ゲームで義政に告白しろということ。

 どうやら女子生徒たちはクラスで浮いている愛衣のことを良く思っていないらしく、義政に告白してフラれることで話のネタにしようということだった。


 義政は、過去に二度告白されるくらいには顔は整っている方である。そして愛衣に噓告を強要しているリーダー格の女子生徒は義政のことが気になっている。教室でも何かあれば絡んできて、彼女のことをどうとも思っていない義政にとってはかなり迷惑な話である。


 愛衣は最初は嫌だと断ってはいたが、彼女らの脅迫じみた言葉の前に、渋々それを受け入れてしまい、今に至るというわけである。


 この空き教室の近くには愛衣に噓告を命じた女子たちがいるのを、義政は事前に確認した。

 おそらく義政がフッたのと同時に、その話を友達にバラして、翌朝彼女を笑いものにするといったところだろう。

 

 愛衣の表情は、少し曇っていた。

 明日からクラスメイトにどんな目で見られるのか不安で、今にも泣きそうだった。


 義政はフッと笑みをこぼして、言った。


「こちらこそよろしくお願いします」


「……そうですよね。わたしなんかと……え?」


 愛衣はわけが分からないという表情を浮かべていた。


「俺も前から氷浦さんのことが好きだったんだ。だからすごく嬉しい」


 今頃耳をそばだてて聴いてる女子生徒たちも、慌てているだろう。愛衣に至っては豆鉄砲を喰らった鳩のように、現状を飲み込めない様子を見せていた。


「ほ、本当にわたしのこと、好きなんですか?」


「うん。好きだよ」


 次第に愛衣の顔が真っ赤に染まっていく。


「今日さ。時間空いてる?」


「え?あ、はい……」


「もし良かったらさ。近くのクレープ屋さんに行きたいって思ってんだけど、一緒に行かない?その、放課後デートってやつ……」


 義政も少し頬を染めながら視線を逸らして、頬を掻く。


「わ、わたしなんかでいいんですか……?わたしと行ったって……楽しくないと思いますよ……」


「俺は氷浦さんと行きたいんだよ。それに……氷浦さんのこと、これから知りたいって思ってる。だから……一緒に行こう」


 しばらく間が空いたあと、愛衣は首を縦に振った。義政は嬉しさのあまり口元が緩み口角が上がる。それを見られまいと口元を手で隠した。


「じゃあ行こう。あそこのお店、結構人気だから早く行かないとなくなっちゃう」


「……はい!」


 義政と愛衣はその空き教室を後にした。



 クレープを食べ終えた義政たちは、電車に揺られていた。


「クレープ。美味しかったね」


「はい。とっても」


 愛衣は僅かに微笑みを見せる。


「クレープ食べてた氷浦さん。めっちゃ可愛かったよ」


「そ、そんな……!可愛いだなんて……」


「だってほら」


 義政は愛衣がクレープを食べているところの写真を見せる。そこにはクレープの美味しさに頬を緩ませている愛衣の姿があった。


「く、栗生さん!いつの間に!」


 目を開いて慌てる様子を見せる愛衣を見て、義政は小さく笑う。


「こんなに夢中になって食べてる彼女の姿を見て、可愛いって思わないと男っていると思う?」


「ホントに……わたしは可愛くないんです。性格暗いし……人付き合いだって苦手だし……」


「それは人それぞれだよ。得意なこともあれば苦手なこともある。氷浦さんにしかないいいところだってある」


 俯いて話す愛衣に、義政は言った。


「そうだ。連絡先交換しない?家にいるときでも氷浦さんと話したいし」


「はい」


 愛衣もスマホを取り出してQRを読み込むと、義政のスマホに愛衣の連絡先が届いた。


「栗生義政です……っと」


 メッセージを飛ばしてスタンプを送る。猫のスタンプだ。


「可愛い……」


 愛衣は微笑を浮かべて、メッセージを送った。


「家に帰ったらまた連絡してもいい?」


「はい。大丈夫です」


「あとさ。もし良かったら……明日から一緒に登校しない?」


「はい……わたしも、栗生さんと一緒に登校したいです……」


 会話をしているうちに、義政が降りるバス停に到着した。


「それじゃあ。また明日」


 そう言って軽く手を振ると、「はい。また明日」と彼女も手を振り返した。



 ある日のこと――

 

「ねぇ」


 義政と愛衣は一緒に廊下を歩いていると、背後から声をかけられる。振り返ると愛衣に噓告を命じた女子たちが腕を組んでいた。


 リーダー格の女子は愛衣にギロっと鋭い視線を向けると、愛衣はビクッと身体を震わせる。 

 

 栗生にはいつものように甘えるような視線を向けてくる。


「栗生くん。その子と随分仲いいね。今日も一緒に登校してきたみたいだし。もしかして付き合ってるの?」


「あぁ。それが何か?」


「ねぇ。わたしと付き合わない?そんな子と一緒にいたって楽しくないわよ。根暗でいっつも教室で一人で本なんか読んで、そんな子と付き合ったっていいことないよ。わたしはクラスの人気者で友達も多いし……それに、わたしなら栗生くんの身体も心も満足させてあげられるよ」


 自身の身体をアピールするように彼女は言った。スタイルはかなりいい方だ。出るところは出てて、引っ込むところは引っ込んでいる。おまけに顔も美人ときたものだ。

 何も知らない男子なら、その誘惑に耐えられずホイホイついていくだろう。


「いや無理」


 義政の一言に、女子生徒の顔が引き攣る。


「な、なんで?わたしのどこに不満があるの?」


「性格。弱いものいじめしかできないその性格が受け付けない」


 義政は息を吸って、口を開く。


「知ってるか。氷浦さんは誰よりも早く来て、教室の掃除をしたり花の水を変えてること。誰も持って行きたがらないクラス全員分の提出物を氷浦さんが運んでいること。人付き合いが苦手なはずなのに困っている人がいたら、誰かれ構わず助けにいくこと。俺は彼女のそんな性格に惚れたんだ。あんたのその性格じゃ、絶対できないことだろう」


 知ったのは偶然だった。

 たまたま早く学校に着いて、誰もいないと思った教室を開けると、愛衣が一人で掃除をしていたのだ。そこから愛衣のことを目で追うようになった。


 誰もが嫌がる仕事を自分から引き受けることは簡単なことじゃない。愛衣は優しい女の子なのだ。


「俺は氷浦さんのことが好きだ。あんたとなんて死んでも付き合いたくない」


 グッと奥歯を噛み締める女子生徒。これで諦めればと思っていたのだが、


「し、知ってる?あれ実は嘘告だったんだよ!栗生くんのこと好きでもないのに告白したんだよ!」


「そんなの知ってるよ。氷浦さんが俺のこと好きではないことも、あんたらが嘘告しろって氷浦さんに詰め寄っていたところも。全部知ってんだよ」


 血が引いたように彼女たちの顔が真っ青になり、愛衣も驚いたような顔を見せる。


「嘘告って分かってても、好きだって言ってもらえて嬉しかった。一緒に過ごすようになって、もっと好きになった。だからもし、氷浦さんがまだ俺のことを好きじゃなかったら、本気で俺のことを好きになってもらえるように頑張る。嘘の告白をして良かったっていつか笑い話にできるように。だからあんたとは付き合えないよ」


「そ、そんな……」


「もし今後、彼女に変なちょっかいかけたら許さない」


 冷えた声でそう発すると、彼女たちは逃げていった。


「く、栗生くん……」


 しばらく口を閉ざしていた愛衣が口を開く。


「俺は本気だ。本気で君のことが好きなんだ。今は俺のことを好きじゃなくてもいい。いつか好きだって貰えるように頑張るから」


 義政は愛衣と向かい合うようにして、


「あなたが好きです。付き合ってください」


 頭を下げて、右手を前に出す。

 ポタポタと廊下を鳴らす音がする。愛衣の涙が床に溢れているのだ。


「こんなわたしが……栗生さんの彼女になっても……いいんですか……?」


「当たり前だよ。むしろなってほしい。俺の隣には君がいてほしいんだ」


「嬉しい……」


 啜り泣きながら、愛衣は義政の手を取った。


「わたしも……栗生さんのことが好きです……こちらこそ、よろしくお願いします」


 義政はその手を引いて、愛衣を抱きしめた。


「これからも一緒に沢山の思い出を作っていこう、愛衣」


 愛衣は義政の胸元で小さく頷き、顔を上げる。


「うん。義政くん」


 そう言う愛衣の表情は、これまでに見たことなないほどに美しい、最上級の笑顔だった。

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