ぬぐおとこ ~足掻く者達 外伝?~
とぶくろ
出所
やっと出所の日が来た。
誤解なのだと、いくら訴えても信じてもらえず、無実の罪で投獄された。
仕方なく大人しく服役し、やっと釈放されたのだ。
「んっ……んぁ~……やっぱり外はいいなぁ」
取り敢えず家に帰るか。
以前購入した分譲マンションの一室。
友人たちが交代で、部屋とネコの世話をしてくれていた。
随分と久しぶりの帰宅だが、以前暮らしていた頃と変わりないようだ。
まぁ、その頃の記憶はないので、実際は分からないが。
そう、俺は最近5年程の記憶がない。
今回捕まったのは、記憶を失くした後の事だ。
名前も思い出せなかったので、警察での取り調べも大変だった。
なんとか記憶がない事を信じてくれたようだったが。
マンションの名義や家にあった身分証明証などから、名前が判明したが、それを見てもピンとこない。まったく思い出せない名前であった。
土屋 恵一
一応、それが俺の名前らしい。
まぁ、そんな名前なんてどうでもいい事だ。
友人たちは、俺をテリーと呼ぶ。
何故なのかは思い出せない。
別にハーフだったりはしないようだ。
出所の挨拶がてら、夜の街へ繰り出そう。
服を着替えて、馴染みの皆に顔を見せに行く。
「おっ、出て来たのかテリー」
「おかえりテリー。後で店にも来てよね」
「よぉ、久しぶりだな。飲んでけよ」
「It’s been too long 」
「Good to see you!」
「いやぁん。テリー、久しぶりぃ」
ここ5年の記憶がないので、最近知り合った若い連中は思い出せない。
それでも、名前も思い出せない連中も、気軽に声を掛けてくれる。
男も女も、そうでないのも、日本人でないのも。
やっぱりこの町はいい町だ。
因みに、町の中の道が街で、街路と街路を繋ぐ道を街道というらしい。
日本語は難しいな。
「こんな店あったか?」
最近できたようなクラブに気付いた。
せっかく見つけたんだし、寄っていってみようか。
別に、特別目的地がある訳でもないからな。
「やぁテリー」
「出来たばっかだけど、良い店だよテリー」
ここでも皆が声を掛けてくれる。
そんな彼らと挨拶を交わしながら店の奥へ。
結構にぎわっているし、なかなか良い店のようだ。
曲も悪くないな。
そんな事よりも、店の隅で小さくなっている女性が二人。
何かに怯えているように見えて、彼女たちが気になってしまう。
彼女らの分も飲み物を持って、なるべく怖がらせないように近付く。
何処に居ても目立つ大きな体で、若い頃からボディビルが趣味だった。
無駄にムキムキなので、出来る限り優しそうな顔で声を掛ける。
「ひっ……」
「あっ……ご、ごめんなさい」
むぅ……怖がらせてしまったようだ。
それでも夜の街を長い事、彷徨ってきた俺だ。
アルコールのちからも借りながら、なんとか二人と打ち解ける。
「田舎から出て来て、騙されていかがわしい店で働かせていたのか」
「はい。何も知らな過ぎたんです。簡単に騙されました」
「やっと逃げ出して、なんとかここまで……」
追手に見つかる事を恐れていたのか。
「そんな奴らが、この町にいるのか?」
知る限り、この町はそこまで腐ってはいない筈だが。
「いえ、ここではなく海の方から逃げてきました」
「あ~……あっちかぁ。まぁ安心しなさい。この町に居れば大丈夫だから」
「この店のオーナーなら、助けてくれると聞いて来たんです」
「同じ様なお店の子に聞いて、必死で逃げてきました」
ここのオーナーって何者なんだ?
「そうなのか。この辺に来るのは久しぶりでな、この店は知らなかったが大丈夫だ。周りにいる奴らは大抵知り合いだから。オーナーを知ってる奴もいるだろうさ」
彼女らとうちとけるために、少々飲み過ぎたかもしれん。
死の危険もなく酒を飲めるなんて、久しぶりだったからな。
そう、俺は死と隣り合わせの日常を、生き抜いてきたのだ。
そこは、こことは違う世界で、人を襲う化物がいる世界だった。
その世界に送り込まれ、帰るために戦って生き抜いた。
化け物があふれる地下迷宮を、毎日のように潜っていたもんだ。
そんなバカげた話を、話してしまった。
普通の女の子に。酒の勢いで。ぺらぺらと喋ってしまった。
不味いぞ。
これでは頭のおかしい不審者だと思われてしまう。
「あ、いや……うっ」
遅かったか、かなりひいている。
やっと馴れてきたのに、冷たい目になっているぞ。
なんとかしなければ。
そこへ天の助けがあらわれる。
「見っけたぞコラぁ!」
「手間ぁかけさせやがって」
二人のチンピラが店にやってきた。
二人の怯える女の子を見つけると、無駄に吠えながら奥までやってくる。
この辺りでは殆ど見かけない人種だが、何故か皆、気にしていないようだ。
「なんだ? 最近はああいうのも、良く来るのか?」
誰ともなしに声に出してしまったが、近くにいた若いのが答えてくれた。
「あぁ、そういやテリーは出てきたばっかだったな。この店は大丈夫なんだよ」
「大丈夫ってなんだ?」
「チンピラが何人きたところで、すぐにオーナーが片付けてくれるんだ」
「飲み屋のオーナーがか?」
そういえば、彼女らもオーナーを頼って来たと言っていたな。
何者なのだろうか。
「すぐに来るよ。テリーも見れば分かるさ」
「来たぁ! オーナーだぁ!」
どこかで客の若い男だろうか、楽しそうに叫ぶ声がする。
「オーナーだぁ!」
「この町はケンタさんの町だぜぇ!」
「逃げた方がいいんじゃないかぁ? ちんぴらぁ」
やたらと人気なオーナーのようだな。
しかし健太って言ったか?
ケンタって、チキン屋が飲み屋も始めたわけじゃないだろうな。
異世界の戦友にも健太ってのがいたが、まぁあっちは偽名というかなんというか。
俺と同じで、名前を失くしていた奴だから関係ないだろう。
「ふはははっ、出所したのかよアンタ」
その話題のオーナーが、俺を見かけて笑い出した。
「けんたって……健太か! なんで……この店、お前のかぁ」
「あぁ? っんだこらぁ! オジキを呼び捨てかぁ?」
オーナーは異世界で出会った健太だった。
どっからどう見ても本職っぽかったが、そのままの道を極める人だったようだな。
オジキとやらを呼び捨てにされ、ツレの若いのがイキってる。
昔なら、ビビるかキレるかだったろうが、化物との殺し合いに比べたらなぁ。
「やめとけ……そいつはいいんだ」
健太が静かに止める。
「うスっ」
若いのは大人しくさがっていった。
「おぉ、貫禄だなぁ。無事に帰ってたのかぁ。いやぁそうかぁ」
「ふふっ、アンタは帰還早々捕まってたな。ニュースで見たぜ」
そう。異世界での激戦の結果、俺達は元の世界に帰ってこられたのだ。
「なんで健太を名乗っているんだ? こっちの名前があるだろうに」
「アンタと一緒さ。ギフトの代わりに名前は持っていかれたろう。記憶は戻ったが、名前は失くしたままのようだ。こっちの奴らも、俺の事は覚えていたが、名前だけは誰も思い出せなかった。免許なんかも綺麗に名前が消えてたよ」
「はぁ? そうなのか? 皆、そうなのか? 書類の名前は残ってたぞ」
おかしな事に、俺だけ他の皆と違うようだ。
何か手違いがあったのか、記憶も服も失くしたまま帰還したのは俺だけのようだ。
服も記憶もないまま放り出されたと伝えたら、健太は腹を抱えて笑い転げた。
「はっはっはっ! それで捕まってたのかよ! はっはっはっ……くそ、腹いてぇ」
「記憶も服も失くしたのは俺だけなのかっ!」
なんだこの仕打ちは。
記憶が戻らない所為で、どんな仕事をしていたかも思い出せないのに。
「でもよ、傷はなくなってそうじゃないか」
そうだ。死にそうな程に傷だらけだったのだが、綺麗になくなっていた。
「あぁ、体中の傷だけは治してくれたみたいだな」
「記憶がその治療費だと思えば、安いもんじゃねぇか? 死にかけだったもんな」
「うむぅ……」
それはそうなのだが、何か釈然としない。
俺だけ嫌がらせだとは思えないが、納得できはしない。
「おいっ! てめぇらぁ何、くっちゃべってんだらぁ」
「おう! その女どもぁ、うちのもんなんだよ。返してもらうぜ」
チンピラども、まだ居たのか。忘れてたぞ。
「ここは俺の店で、この町はもうオヤジのシマだ」
健太が静かに、チンピラの前に出る。
何をしたわけでもないのに、チンピラどもは気圧され、竦んでしまっていた。
「い、いや……うちで……その……働いて……」
「てめぇらが勝手できる場所じゃねぇんだ。彼女らは俺が預かる」
それだけでチンピラどもは下を向いて、もごもごぼそぼそ言うだけになった。
店の客から歓声が上がる。
「いや、格好つけすぎだろう」
「あ? 俺の店でくらいカッコつけさせろよ」
ニヤリと笑う健太だが、向こうの店を仕切る奴らと揉める事になるだろう。
「その
なんのしがらみもない素人の俺の方が、ここは騒ぎが大きくならないだろう。
「ははっ、いいだろう。その娘らは俺が預かるが、そいつらはアンタに任せよう」
チンピラと店の客のケンカ。
そういう建前でケリをつける。
「そういう事だ。健太も、この店も関係ない。俺がお前らを気に入らないんだよ」
健太が引いたのを見たチンピラが、血の気を取り戻す。
「あぁ? んっだごらぁ」
「ぶっこっぞ? ごらぁ! あっ?」
やばいぞ。
何言ってるのか、さっぱり分からん。
「いいんですか? オジキの知り合いなんですよね」
後ろで健太のとこの若いのが、お伺いをたてている。
「ふん。裸同然の身体一つを盾に、他人を護り抜いて生き残った奴だ。戦場すら知らないチンピラが何人集まろうと、はなしにならねぇよ」
「んだっこらぁ」
「ったんぞぉ、ぁあ?」
何言ってるか分からないチンピラの前に出ると、店がざわついた。
そんなに心配なのだろうか。
そういえば向こうへ行く前は、町中で喧嘩をしたりはしなかったな。
だがやはり、家で履き替えて来ていて良かった。
ズボンを脱いだ俺の股には、紫のピチピチパツパツラメ入りブーメランパンツが、店内の照明を受けてキラキラと輝いている。
「ふんぬわぁ!」
掛け声と共に、着ていたTシャツを引きちぎる。
「ひぃ~!」
「うわぁ!」
「きゃ~!」
店内に響く黄色い悲鳴……ん? 何故か男の悲鳴も混ざっているな。
「テリー! アンタまだ、その病気治ってなかったのかよ」
「ん? 何を言っているんだ」
名前は思い出せないが、古い馴染みの男が後ろから叫ぶ。
チンピラどもは怯えているのか、小刻みに震えているようだ。
「さぁ……飛び込んでくるがいい。お前達にも愛というものを教えてやろう」
両腕を大きく広げ、チンピラどもを優しく抱きしめ愛で包み込んでやる。
「「あっ……」」
その瞬間、周りの観客から声が漏れる。
どうやら少しばかり力み過ぎたようだ。
唯一残っていた大事なブーメランパンツが、ひらひらと店内を舞う。
「ははっ、まさか破れるとはなぁ。健太よ仕方ないよな?」
気を失ったチンピラ二人を抱えたまま、健太に振り返る。
彼なら、うまい事まとめてくれるだろう。
「いや……それは無理だろ。庇いきれねぇよ」
「犯人は同様の事件を起こして服役後、出所した直後だったそうです。何故またもや同じ町で、全裸になったのでしょうか。犯人は『違うんだ』などと供述して……」
大勢の野次馬に囲まれ、全裸の男が警察に捕まり護送されていく。
皆がスマホを向け、テレビなどのカメラも集まっている。
それを半笑いで見送る健太の脇には、二人の女性が困り顔で立っていた。
「あ、あの……異世界って……」
「何言ってんだ?」
「さっき貴方も……あの人が言っていたのは本当だったんですか」
突拍子もない異世界ファンタジーな妄想にも驚いたが、いきなり全裸になって捕まるなんて、何が起こっているのか理解が追いつかないようだ。
「はっはっはっ……そんなんだから、あんな奴らに騙されるんだぞ」
「えっ……でも、貴方の知り合いなんでしょ?」
「そうよ、異世界に行ってたって……あの人、言ってた」
健太は、彼女らに笑って答える。
「あんな変態が知り合いな訳ないだろう。今日が何日か知っているかい?」
流石に変態の知り合いにはなりたくない。
そんな結論に至ったのだろう健太は、全てを無理矢理ごまかす事にしたようだ。
「今日……って、四月……一日?」
「え? 全部エイプリルフールってこと?」
「簡単に騙されないようにしないとな。また、ひどいとこで働く事になるぞ」
「アニキー。なんかあったんスか? 警察が来てたみたいっスけど」
健太と共に異世界から帰還し、正式に舎弟となった
「あ? なんでもねぇよ。変態が捕まったってだけだ」
納得いかなそうな顔の二人の女性を連れ、健太は店に戻っていった。
「今の変態って恵……いや、まぁいいか」
何かを察したのか、あっさりと潤もあきらめた。
エイプリルフールのなんてことない日常のひとこま。
初めての方には申し訳ございません。
以前公開しました『足掻く者達』のスピンオフというか、後日談というか、そんな感じのものでございます。
こんなおっさんたちが、異世界の地下迷宮でわちゃわちゃするだけのものです。
現在続編も公開中ですので、四月一日に騙されたとでも思って、覗いてみてはいかがでしょうか。
騙されて気分が悪くなっても責任はとりませんので、自己責任でお願いします。
ぬぐおとこ ~足掻く者達 外伝?~ とぶくろ @koog
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