15. メカ

 荷台に設置された、立方体の装置からの唸るような音が止まった。

 その瞬間、室長の支えていたバス―カーの先端に集まる閃光が、辺りを白く染め上げる。

 大地を揺るがすような音、振動、突風。

 巨大な黒い化物の中心を、太い光の柱が貫く。


 その威力にトラックは横転し、立方体の装置、射出を終えたバズーカ、室長が荷台から投げ出される。


 次第に辺りの光が収まっていく。

 目の前を覆う黒い巨体の真ん中に開いた大きな穴。そこを通して向こう側に広がる青空が覗いている。

 巨体の動きは完全に止まりゆっくりと、その形を維持できなくなったのか、真っすぐゼリーのように崩れ落ちていく。

 大地に重く大きな物質がぶつかる音。その地響きが巨大な化物の最期を告げた。


 それを見守っていた、スプーン対策特別室メンバーの咆哮のような喜び。


 その喜びも束の間、相変わらず間合いを詰めてくる「ビルイーター」から逃れるため、トラックや機械と共に地面に力尽き横たわる室長へ駆け寄る。

 その胸には大丈夫であって欲しいという、消えそうな微かな希望。


 うつ伏せに倒れた室長は、服が焼け落ち破け、その皮膚は服と同じ有様だった。

 しかしその裂けた皮膚からは、肉や血は全く出ていない。代わりに露出する、鈍い光沢を放つ金属の表面。

 ヒビトとミサキは、その光景に絶句する。


 その身体が跳ねると同時に、

「いてて……」

 と口にしながら起き上がる室長。

 その顔も右半分の皮膚が削られ、金属の表面と、機械的な口と、近未来的な目が露出している。


 そんな姿を気にせず、モロがその内側に入り込むように室長を背負い上げる。

「逃げるよ!」

 モロの一言で気を取り直し、二人は後に続いて走り出す。


「室長! あんた、メカだったんですか!?」

「そうですよ! 全然気付かなかった! いつからですか!」


「まあ、後でいいじゃないか」

 皮膚の破けたあちこちから金属のボディが露出する室長が、なだめるように言う。その姿は満身創痍だ。

「僕とアルファでやったんだ。やっぱり重いね」

 背負いながら走るモロが、いつも通りの調子で言った。


「ビルイーター」を遠くに撒きつつ、和気あいあいと走るスプ室のメンバーたち。

 その心は、終わったという解放感、安心感、予想よりも呆気なかったという安堵感、で満たされていた。


 しかし、そんな瞬間は長く続かなかった。



 穏やかだった青空に浮かぶ雲が、突如「何か」に押しつぶされるように霧散する。巨大な「何か」の一部が、大気を圧縮するように、ゆっくりと降りて来る。

 逃げ場を失った大気が渦を起こし、耳をつんざく、雷鳴のような、地鳴りのような大きな低音が、空を発信源として辺りに響き渡る。思わず耳を塞ぐほどに。


 それは、恐らく巨大な宇宙船の一部だった。

 滑らかな表面は透明感のある真珠のような光沢を持ち、雲から覗くその一部分は緩やかなカーブを描いている。

 目を凝らすと、その表面に無数の穴が等間隔に並んでいる。まるでシャワーノズルのように。そして心なしか、そのすべての穴一個一個の直径が徐々に広がっているように見えた。


「お終いです。直にあの穴の一つ一つから、先程の怪物が投下されます」

 モロの口を通じて、唐突にアルファが告げる。

 それは、いとも簡単に心を絶望の底へ突き落すような、死の宣告だった。


「嘘だろ……」

 ヒビトは、その場に崩れ落ちそうになる脱力感に必死に抗っていた。


 ◆


「ミサキさん」

 玄関の方へ向かおうとした私を、カミイが呼び止めた。


「ミサキさんにもう一つ、お伝えしなければいけないことがありました」


「先行ってるぞ」

 カミイの視線に何かを感じたのか、そう言い残すとヒビトはそのまま歩いて行った。


「それで、どんな内容ですか?」

「もしも仮に、打つ手が完全になくなった、絶体絶命に陥ったときの話です。

 その場合、パフェスプーンを危機に陥れている対象に突き刺して下さい。そして、こう唱えてください――」

「は?」

「本当の最終手段です。私も与えた神器を乱暴に使うような手段を、できれば勧めたくありません。ただ今回は、前例のない危機が迫っていますので、仕方なく」

「刺した後は、どうなるんですか?」

「とてつもない爆発を起こします。それはもうすごい威力の」

「……刺した私は、どうなるのでしょう?」

「恐らく爆発に巻き込まれて、命を落とすでしょうね。恐らくというか、ほぼ間違いなく、ですね」

 サラッと流すように話すカミイ。


 そのとき私は、神様にとって一人の人間なんて、取るに足らない本当にちっぽけな存在なんだな、としみじみ実感した。


「だから、最終手段なんです」

 そう楽し気に念押しするカミイを、人間の世界から遠くに感じる。


(誰がそんな最終手段を取るもんか)

 そのときは、そう思っていた。


 ◆


 ミサキの意識が回想から目の前の現実へ戻る。

 離れた街から立ち上る煙。周囲は、爆発音、銃声、叫び声で覆われている。

 

「方法はあります」

 意を決したようにミサキは口にする。

 そして一転、大声で叫ぶ。

「かみさまーー!!」


 反応を伺う。そして、もう一度叫ぶ。向けられる視線など気にする余裕はない。

「かーみーさーまーーーー!!!!」

 

 変わらない状況に、もう一度ミサキが深く息を吸い込む背後から呼びかけられる。

「後ろにいますよ」


 振り返ると、上品で落ち着いたグレーのスーツ、サラっと横分けした髪、ミサキと同年代くらいの男が立っていた。

「心からのお呼び出し、ありがとうございます」


 その落ち着いた姿に、もうミサキが驚いたり疑問を持つことはなかった。

「お願いがあるの」

「呼んだからには、そうでしょうね」


 その心に決めていた願いを伝える。

「私を巨大化して欲しいの」

 そんなミサキの願いに、男は少し考える。

「手に持ったパフェスプーンと一緒に……というわけですか」

 ミサキの覚悟の程を推し量るような視線。それを他の皆も黙って見守っている。


「いいでしょう。次元の歪みを引き起こす、ギリギリのところまで巨大化して差し上げます」

「ありがとうございます」

 そんな神に、ミサキは深々と頭を下げる。


 その結論が出たような空気。しかし、そこにヒビトは納得していなかった。

「ちょっと待て!」

「人の決意に泥を塗るとは、あなた無粋ですよ」


「そのミサキがやろうとしていること、俺がやる」

 何を言われても意見は曲げない。言葉からその意志が伝わってくる。


「これは私の問題です」

「違う。俺たちの、だろ」

「いいえ。これは私にしかできないことなんです……私の決意を邪魔しないでください」

「でも、見過ごすことはできない。命を懸けようとしている仲間を、そのまま行かせるわけには、いかない」

「それは、ヒビトさんのエゴです」


 そんな膠着状態に痺れを切らした神が急かす。

「早く決めてください。悠長にしている時間はありませんよ」


 頭上の宇宙船の表面に開いた穴は、刻一刻と広がってきている。


「はあ」

 芝居がかった大きな溜息。続いて二人に命令を下す。

「俺が行く」

 モロの背から降り立った室長が神の前に進み出た。


「ミサキ、スプーン貸せ」

 そして、異論を挟もうとするミサキを制するように続ける。

「神か何か知らんが、このスプーンは俺にも使えるのか?」

「はい。爆発という最終手段だけなら。呪文を唱えていただければ結構です」

 その呆気ない事実を耳にしたミサキは、嘘でしょと目を点にしている。


「それは好都合。これで一つ問題は解決したな」

 と言った室長は、今度はヒビトに、

「巨大化したところで、あの空高く浮かぶ宇宙船までどうやって行くつもりだ? ジャンプでもするつもりか?」

 と指摘する。

 痛いところを突かれたヒビトは、負け惜しみに言い返す。

「そういう室長自身は行けるんですか!」


 室長の残った左の表情がニヤリとする。

「行けるさ。だってメカだぜ」

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