14. その日

 ミサキの運転は荒々しかった。


「おい! もう少し丁寧に運転しろよ!」

 トラックの揺れる荷台からヒビトは、ハンドルを握るミサキに向けて叫ぶ。

「話し掛けないで! 気が散る!」


 崩落する建物、目の前の瓦礫、それを生み出す緩慢な複数の「ビルイーター」を避けるように、身体を大きく左右させながらハンドルをさばいていくミサキ。

 その姿に見ている余裕もなくヒビトは、身体のバランスを保ちながら、脇に抱えた機械を周囲の「ビルイーター」へ次々と向ける。その銃に似た形状の機械は、金属とパーツを寄せ集めで出来ているようで、

その向けた先からは、モーターのような低い唸りと共に、紫の蛍光色をした細いレーザーが射出されている。

 幅の広いサングラスを掛け、胴体と腕には白くてパンと張った防具。そんな格好で一心不乱にレーザーを打ちまくる姿を正直、人に見られたくないとヒビトは思うが、そんなことに構っていられない。


 モロは、アルファと相談しながら、荷台に乗せられた立方体の装置についたスイッチの微調整を繰り返している。


 スプ室のメンバーを載せたトラックは、前方、ビルの乱立する向こう側に時折見える、巨大な球体状に収縮した生命体に向けて走っていた。巨大生物はその黒いゼリー状に見える凹凸がある表面を時折、脈打つように揺らしている。

 どうやらランドマークタワーがある街外れの公園に、陣取っているらしい。


「ミサキ! もっとスピード出ないのかよ!」

「うるさい! 降りて走ってください!」


「ちょっとキミたち、上司が電話中なんですけど」

 そう注意すると室長は再び、顔と肩に挟んだ小型電話で誰かと話しながら、前にねかせて置いた機械をいじっている。近未来的なデザインをした、バズーカのような機械だ。


 ◆


「三日後、ね……」

 二人からスプーン教の屋敷での報告を聞き終えた室長は、顎をさすりながら少し考え込んだあと、席を立つ。同時に目線で同席していたモロに合図を送り、奥の金属製の扉の向こうに、引き連れ入って行った。


 室長に続き、扉から出てきたモロの押す鉄製の台車の上には、バズーカのような機械が載せられている。筒状の金属とは違い、金属の枠組みの中にガラスのような透明なパーツや、そのパーツを通して、中に散りばめられたチップ、それを繋ぐ複雑な回路が歪んで見えている。


「何ですか、その機械?」

 恐る恐るといったミサキの質問。それを待ってましたとばかりに、胸を張り腰に手を当てた室長が答える。

「聞いて驚け。これが、対巨大怪物用レーザー射出装置だ。人類の希望の光だ」

 「すごーい」と目を輝かせるミサキ。それと対照的なヒビトは、

(いい歳したオッサンが何言ってんだ)

 と若干冷ややかな目を向ける。


「作るのに苦労したよ。まず目当ての材料がなかなか無くてさ」

 モロが腕を組み、その苦労を回想するように深く頷く。


「これ、見るからに金掛かってそうですけど、どこから出したんですか」

 そんな冷めて現実的な指摘に、

「ヒミツ」

 と室長ははぐらかす。そんな口笛を吹くような態度に、ヒビトは食い下がる。

「室長! 前から気付いてたんですけど、スプ室の予算、レバレッジかけて短期投資にブチ込んでるでしょ!」

 えっという表情で固まるミサキ、変わらずにこやかなモロ。動じない室長。

 

「……実績は?」

「えっ?」

「投資の運用実績は?」

 真面目な顔がヒビトに向けられる。


「えっ、いや。勝ってるんじゃないですか? この装置作れるくらいだから……」

 急な切り返しにヒビトは戸惑っている。

 それに対し大袈裟な溜め息を吐く室長。

「甘いな、ヒビトくん。上司の悪事をリークするときは、もっと念入りに調べて、ちゃんとその首根っこを掴まないと。でないと、掴んだ尻尾を切られて、逆にその罪の濡れ衣を着せられるぞ……今回みたいにな」

 そして浮かぶ不敵なを笑み。


「罪をコッチのせいにするつもりですか!」

「えっ、無実の罪を被ってくれるんじゃないの? その大切な上司の身を守るために」

「そんなわけないでしょ!」

 ヒビトのツッコミに、張り詰めていた空気が緩む。


「というワケだ。コイツで巨大な化物を仕留める」

 そんな力強い室長の締めの言葉に、困り顔のモロが冷たい釘を刺す。

「でも、レーザー射出の際の熱や光に、生身の人間じゃ、耐えられないんだよね」

 再びスプ室内に暗雲の立ち込める気配がした。


「大丈夫だ。モロ」

 そんな根拠のないはずの室長の言葉。しかしそれは、確信に満ちていた。


 ◆


 立ち並ぶビルを抜け公園に近付くに連れて、どこに隠れていたのか「ビルイーター」の数は徐々に増えてきていた。

 引き続き、バッテリーを交換しつつ一心不乱にレーザーを打ちまくるヒビト。


「よし。街中は大丈夫だ。特捜部の連中がなんとかしてくれる、はずだ。恐らく」

 電話を切った室長が伝える。語尾が気になるが、指摘している暇はない。



 三日後の巨大怪獣襲来の未来予知を聞いた後の室長は、各部署に秘密裏に根回しを始めた様子だった。

 しかし、その顔は浮かない様子だった。

 何気ない調子でヒビトが進捗を尋ねると、

「ちょっと今回は厳しいな。予測の根拠が曖昧で、しかも起こる出来事も現実離れし過ぎてる。

 そりゃ逆の立場だったらと考えると、信じないどころか良い病院を紹介したいくらいだもんな」

 と、頭を悩ませている様子だった。

 だが、

「掴んでる弱味を総動員して、片っ端から脅すか」

 という小さく不穏な呟きからは、まだベストを尽くす意思が感じられた。



「しまった!」

 焦ったヒビトは引き金を何度も引いたが、その先端からレーザーは射出されなかった。

 ちょうどバッテリーが切れたのだ。

 正面に飛び出し向かってくる「ビルイーター」を避けることはできない。そのグロテスクな蠢く触手が近付く。


「ハッ!」

 という掛け声ととも繰り出された横からの一撃に、目前に迫る大きな図体が、中身を撒き散らしながら吹っ飛んでいく。

 通り過ぎる黒い残骸の脇には、等身大のパフェスプーンを携えた白い拳法着姿が立っている。ヤシロだ。


 遠くなる荷台のスプ室メンバーを見届けるように眼鏡を正すと、ヤシロは再び周囲に群がる「ビルイーター」へと向かっていった。

 縦横無尽に高速で繰り出されるパフェスプーンが鋭く光っている。


 ◆


 見上げた黒い化物は、全身を激しく震るわせるように、弛緩と膨張を繰り返し、その形態を球体から縦長に変化させていた。その丸みを帯びた円柱状の上部は溶けたように窪み、その底からマグマのような漆黒の粘液が溢れている。地上に垂れた粘液は、弾けるような音と立ち上る蒸気を伴いながら、触れたものを溶かしている。


 その巨体を前にしながら、荷台から降りたヒビトは、トラックを囲みその距離をジリジリと詰める「ビルイーター」に向け、レーザーを射出し続ける。

 肉体を切り裂かれ、核を仕留められ動きを止める黒い図体。その亡骸を押しのけるように、また別の「ビルイーター」が近付いてくる。


(キリがない)

 そう感じるヒビトの頭から首筋へ汗が止めどなく伝っていく。


「まだですか?」

 護衛する背後の荷台へ叫ぶ。そこでは室長とモロが、立方体の装置とケーブルで繋がるバズーカの最終調節を行っている。

「ヒビト君、もう少し!」

 モロが大声で返答する。


 銃のレーザー射出が止まる。交換バッテリーも、もう尽きた。

 ヒビトは、レーザー銃と着けていたサングラスを投げ捨て、腰から拳銃を抜く。

「発砲します!」


 ヒビトと逆のトラック側では、ミサキが両手で握ったパフェスプーンで、下から突き上げるように、近付く「ビルイーター」の図体を吹き飛ばしている。



 トラックを停めたミサキは、運転席から飛び降り拳銃で応戦した。

 しかしその弾が尽きると、舌打ちするように銃を目の前の図体に投げつける。

 一瞬の躊躇。意を決したように懐から取り出したハンカチ。それをを荒々しく剥き取ると鈍く光るパフェスプーンが姿を現した。

 深く呼吸を整え、それを手に取る。

 そしてスプーンを手にした腕を天に突き上げるように、ミサキは声を張り上げた。


「マジカルスプーンパワー!!」


 一瞬、メンバーの手が止まる。

 そのミサキの声に呼応するように、パフェスプーンは見る見る等身大の姿へ戻っていく。

 拡大の止まったスプーンを両手で強く握り直すと、目の前の「ビルイーター」へと振りかぶった。


「ミサキ! さっきの何なんだよ!」

「知りませんよ! 神様にそう言われたんですから! 私の趣味じゃないです!」

「決して!」の力強い言葉と同時に会心の一撃を繰り出す。



「よし! 終わったよ!」

 準備完了を知らせるモロの声。


「みんな、トラックから離れて!」

 そう言いながら荷台から飛び降りる。そして荷台の周りにいた二人と「ビルイーター」の少ない方向を見極め、走った。


「待って! 室長が!」

 呼び止めるミサキ。

 トラックの荷台には、膝をつき抱えるようにして、頭上の迫りくる巨大な怪物にバズーカの狙い定める室長。

 その姿は完全無防備だ。


「室長!!」

 ヒビトの声が届いたかはわからない。


 室長のその顔は、笑っているようだった。

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