12. 宇宙人

「……いつから、ですか?」

 固まっていたミサキが恐る恐る、モロへ先陣を切る。


「今から二年半前くらいかな。だからミサキちゃんと初めて会う半年前だよ。僕が、意識だけの宇宙人、アルファと一緒に暮らすようになったのは。と言っても頭の中だけの話なんだけどね」

「アルファ? 本人がそう言ったんですか?」

「いや、名前が無いっていうから、僕が付けたんだ」

「改めまして、アルファです」

 モロの口から二種類の声が発せられる。腹話術と一味違った芸だと、何も知らない人なら感心するだろう。

 室長が補足する。

「アルファと共存する前のモロは、今とは全く正反対の、根暗な奴だったんだ。当時は、そりゃ萎えたよ。こんな暗い奴と旧庁舎の地下で二人きりか、って」

「もう室長!」

 怒った仕草を見せるモロと笑い合う。


「でも、室長は別として、以前のモロさんを知っていた人は、急に変わった性格に怪しいと思いません?」

 俺の念のための質問。するとやはり室長は抜かりない様子で、

「モロの通い始めた人格改造セミナー、良いらしいよ。興味あるなら本人に聞けば、って答えた。それで大抵の人はもうその話題に触れなくなるね」

「はあ」

(なんかもう、メチャクチャだ)

 そんな理解を諦めた俺にモロさんは語りかける。


「昔の僕は、いつも正体のわからない苦痛に取り憑かれていたんだよ。だからいつも、それを我慢するように、暗くて、辛くて。けど、アルファと共存するようになってから、驚くほどラクになったんだ。頭の中もスッキリとして、気持ちも晴れやか。これも良い相棒ができたおかげかな」

 そう満面の笑みで「ヒビト君もどう?」と聞くモロさんに、「無理でしょ」とキッパリ言い返す。


「でもまあ、納得してくれ。でないと話が前に進まない。本題はここからだ」

 室長が場を仕切り直した。


 まだ続くのかと俺はゲンナリした。ミサキも何かをかなり消耗し、肩で息をしているようだ。


「アルファの故郷の星は、いま我々が直面している問題「ビルイーター」の首謀者によって滅ぼされたらしい」

 驚いてモロの方に顔を向けると、悲しげな表情を浮かべていた。それがどちらの気持ちによるものなのかは、判別できなかった。


 被害者当人である、アルファが語る。

「機械化が進んだ私の故郷の星は、突如現れたすべてを呑み込む巨大な怪物に喰い荒らされた。その浸食に星の環境が耐えられず、滅亡するまで。

 私はその星の統合された意識のひとつ。装置によって宇宙空間に放出され、生き延びることができた」

 

 アルファの話に固唾を呑む。


「その星について、僕にもイメージが少し伝わってくるんだけど、高度過ぎて僕自身は何も理解できない、っていうのが本音。でもアルファは、現在に合わせた技術を教えてくれているよ」

 モロさんのアルファへが寄り添うようなフォロー。


「そして、どうやらその化物の次の標的にされたのが、哀れな我らが地球というわけだ。ほんと嫌になる」

 室長の顔が明らかに曇る。

 話を聞くミサキの良くなかった顔色も、もはや具合が悪い色に変わっている。


「人を遺伝子操作して作り出した、今回のビルイーターっていうのは――」

「おそらく様子見。本人たちにとって、準備運動にもなってないだろうね」

 室長の冷静な反応に、俺まで具合が悪くなりそうだ。


 冷え切った沈黙が部屋を満たす。大丈夫なのか。


「でも、知っていて何もしてこなかった訳じゃないよ」

 そんな空気に終止符を打つモロの一言。

 その視線は、奥の金属製の扉、そのさらに奥に向けられている気がした。

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