だから大好き!

シンカー・ワン

ミリオタガールと七四ボーイ

 昼休み、机をくっつけ向かい合わせになって一緒に飯を食う。

 俺の前には、頬にかかった長い黒髪を片手で無造作にかき上げながら、菓子パンをかじる美少女がいる。

 細面にすっと通った鼻梁、少し太い眉、そして切れ長の黒い瞳。

 女にしては高い方の背丈に、出るとこは出て引っ込むところは引っ込んだ身体。

 さっきの髪を払うしぐさにしても優雅なもんで、一見は文句なく完璧な美少女である。

 そいつがふと視線を俺に向けて、これまた紅色も映えるきれいな形の唇を動かし、

「どうしたの、箸が進んでいないようだけど。……美味しくなかった?」

「あ、いや、お前に見惚みとれてただけだ」

 俺がなんのためらいもなく恥ずかしい言葉を告げてやると、

「――あ、そう? でも見慣れたものでしょ、私の顔なんて」

 一瞬だけ頬を赤らめて、何気ない振りをして紙パック牛乳のストローから一口啜る。

 ……平静を保とうとしている姿勢に意を汲んで話をそらしてやろう。

「ところで、な。なんで俺が弁当でお前がパンなんだ?」

 色形焼き加減申し分のない卵焼きを口に運びつつ、俺が言うと、

「仕方ないでしょ、今朝は寝坊しちゃって一人分しか用意出来なかったのだから」

 申し訳なさそうな顔をして返してくる。

「いや、だったらお前の弁当にすりゃいいじゃねーか?」

「あなたを差し置いて私がお弁当だなんて、出来るわけないでしょ?」

 なに言ってんの? みたいな顔して言い放ってくる。

 ……いや、俺からすりゃその言い草、そのままそっくりお返しするんだが。

 なんで自分で作った弁当、自分の分にしないんだよ、ってな。


 しっかし、なんともまぁ、まったく良く出来た幼馴染さんですよ。

 出来過ぎた容姿の上に頭も良くて運動だってバッチ来い、だ。

 どこの漫画から飛び出した完璧超人だよ。

 そんなんだから、コイツはもてる。声かけてくる野郎は後を絶たない。

 だが、コイツはその全てをお断りしてる。

 理由は単純で、好きな相手がいるからだ。

 で、その好きな相手ってーのが俺。昔からのお隣さんで幼馴染。

 はぐくみ、積み重ねていった時間がそういう気持ちを作っていったのは確かなんだが別の理由もあって、それ故にコイツは俺から離れようとはしない。

 その理由ってのが……。


「そういや、夕べのニュースでお前好みのが流れてたな」

「陸自の新型AFV、 "機動戦闘車" のこと?」

 これだ。

 目を輝かせて食いついてくる。

「装輪装甲車で一〇五ミリライフル砲装備、スペック上では七四ナナヨン式上回るなんて……なんか悔しい」

 てなことを、拗ねた風にちょいと頬を膨らませながら、スラスラと口にする。

 コイツはいわゆるミリヲタで、特に戦闘車両が大好物なのだ。

 その特殊な趣味のおかげで、と言うか大概の野郎は会話そのものについてゆくことが出来ず、自ら進んで撤退していくといった寸法な訳。

 たま~に、似た様なミリタリー趣味者が粉かけてくるが、俺にはよくわからない微妙な考え方の違いなんかで、ご破算になってる。

 同じミリヲタだろ? なんて俺がダメになった理由訊いても、

「だからこそ相容れない、譲れないところがあるのよ」

 などと、握りこぶし作って力説しやがる。

 まぁ、そんなんで上手く行かないからこそ、コイツが俺の傍から離れずに居てくれるのは、それはそれで嬉しいというかありがたい話なんだけど。

「七四式を越されるのは嫌か?」

 まだ語り足りなさそうなんで、促すように話を振ってやると、

「それはそうよ。私のフェイバリット戦車だもの」

 キラキラした目でこう答えてくる。

「ふーん……。あ~初めて好きになったのって、なんだったっけな?」

 ホント戦車のこと語るときはやたらといい顔するよな~なんて思いながら、昔話につなげれば、

「スウェーデンの国産戦車Sタンク、Strv.一〇三。あのスタイルに未来を感じてたの!」

 まるで憧れのアイドルのことを話すみたいに生き生きとおっしゃいますよ。

「大戦時の突撃砲と大して変わんないと思うがな。どっちかつーと逆行してないか?」

 少しからかい気味に俺が言えば、

「いいじゃない。よく知らなかった子供の頃はあのスタイルがとてもカッコよく見えたんだから!」

 お約束のように頬を膨らませながらこう返してくる。

「へーへー。じゃ七四式はなんで好きなんだ?」

 やれやれ困ったもんだよなって顔をして言ってやると、

「……うーん、大戦時のティーガーみたいに切り立った分厚い装甲で受け止めるスタイルもそれはそれで男らしくていいと思うのだけどね、七四式みたいになだらかな砲塔で受け流す感じが好きなのよ、ほら何かその道の達人ぽさがあるじゃない? ――それに」

 ちょっと思案した振りをしてから、立て板に水で自論を述べて、タメを作って言葉を切る。

「それに?」

 ここは流れに乗ってやるべきだよな。……ホント自分でも付き合いがいいと思う。

「今のとこ一番長いこと本土防衛の要だったってところ。私的に評価が高いの」

 と、とても誇らしげに七四式を語るコイツである。

 ガキんちょのころから、こいつのこの手の話に付き合ってきたものだから、俺もそれなりに知識がついてしまっている。

 だから、コイツともこんな風にやりとりする事ができるのだが、知識量や理解力なんかで言えば到底コイツには及ばない。

 だのに、コイツは俺とこの手の話をするのを好む。

 打てば響くように言葉を交わせる心地よいリズム感、そういうのが俺にはあるらしい。

 気持ちよく話ができるのはとても大事だからと、嬉しげに告げられたこともある。

 コイツが俺の傍を離れようとしないのは、そういうのも関係しているんだろう。

「あとね――」

 上目遣いで俺を見つめてから、思わせぶりに言葉を紡ぐ。

「なんだ?」

 俺がそれにのっかってやると、

「七四式ってね、佇まいがあなたにどことなく似ているの。だから、大好き」

 頬を紅く染めてそう言いきりやがった。

 ……ああ、そうかい、そうかい。

 俺も、お前のそういう偏ったとこ丸ごとひっくるめて大好きだよ。

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