第8話\半信半疑の謎…。

―【陰陽寮の裏庭】



「早良親王様は、まだ怒ってらっしゃるのかな――」

「真夏に祇園祭をやるから、死んで行く人が増えるだけだょ――」

「あ――。 喉渇いた――」

「ひのゑは、解る? 夏にお祭りする訳――」

「真夏に祭るのは、台風などの「風除け」や「虫送り」の意味合いがあるんじゃない?」

「? 虫を送るとは?」

「も――、いいわ」

「姉様からの報告では、先の衣川で朝廷軍の損害は死者二十五人」

「負傷者二百四十五人、溺死者千三十六人だってさ――」

「まだ見つからないのかな――。 アテルイ?」

「宛が無いから、アテルイって名前かもよ――」

「しょーもな――。 それじゃ――、アテナイでしょ…」

「何でも、名前の前に大墓公って付くらしいよ――」

「おおはかのきみって、絶対、恐い奴らじゃん――。 周りの奴も――」

「他にも――、体毛が多くて、海老見たいな髭をしていて、入れ墨があるらしいわよ」

「恐いって――。 ひのゑ――、もう止めてくれよ。 その話――」

「あっ」

「陰陽師たちだ――、隠れろッ」


「祇園祭を開催しても、一向に疫病や災害がおさまりませんの――」

――ヒソヒソ、ヒソヒソ――


「卜部日良呂が遂に、あの子を乗せるそうじゃ――」

「あ――、あの半神半人をですかの――」

「何でも、特殊な能力の持ち主だそうだわ――」

「陰陽寮から、あんな子が生まれてきたら、そら――、そうなるわな――」

「桑原々々――」「怖えな…、あの時の様に撃ち殺したいわ」


「!?」

「ハンシンハンジン――?」

「しっ!」

「ひのゑ――。 このままで、聞いて欲しいんだけど、例の弓の矢は――」

「栗の木で出来ていたんだ――。 そして、特殊な加工もその弓にされていた――」

「これから……」

「うん」

「つちのゑ、つちのトも連れて、ある八幡宮に行こうと思う――」


『~五行の思想が融合した陰陽五行とは、木・火・土・金・水の五行にそれぞれ陰陽を二つずつ配し、甲(きのえ)・乙(きのと)・丙(ひのえ)・丁(ひのと)・戊(つちのえ)・己(つちのと)・庚(かのえ)・辛(かのと)・壬(みずのえ)・癸(みずのと)と呼ばれるものに成ったと言う。叉、陰陽は、陽であれば「え」。陰であれば「と」と語尾につけられたモノである~』



―【ある天満宮】


その境内は少し小高い所にあり、鳥居をくぐれば石段の階段が見えた――。


「周りが森に囲まれて、外からは何にもみえないね――」

「人気も全くない所だ…」

「きのト――、ここに何があるって言うの?」

「ちょっと黙っていてよ――」

「境内もそんなに広くもない。 でも、この巨大な樹木で全く明かりがささないな――」

「恐いょ。 きのト――、帰ろ――」

「つちのゑ――、ちょっとさ――。 つちのトを黙らせてよ」

「ふ――っ」

「もうちょっと、石段を登ってみるか――」

――トコトコ、トコトコ――


「おいっ、本殿が見えて来たぞ――」

――ジロジロ、ジロジロ――


「小栗栖八幡宮――?」

「祭神はと……っ。 見えにくいな――」

「おうじん? 応神天皇――」

「応神天皇と言えば、神巧皇后の御子で実在した神じゃないか――」

「えっ」

「知っているのか? つちのト――」

「知っているいも何も――、その隣に書いてあるのは、仲哀天皇。これは、神話上の人物」

「最後は……」

「!!」

「神…巧こう――、神巧皇后」

「?」「誰?」

「卑弥呼じゃないかって言われている人」

「えっ――」

「ヤバっ」「ヤバい――、も――」

「帰ろっ、帰ろ」

「つちのト――、他にも解ることあんの?」

「関係無いかも知れないが、小栗栖って地名や人物は極めて少ない」

「古代の山城国に小栗郷と言う地名があって」

「そこから呼久留須(おぐるす)って引き継がれてるんじゃないかな――」

「卑弥呼の『呼』も入ってんじゃん――。 つちのト――」

「それは、僕にはわからない」

「なんじゃい――、そりゃ」

「あと――。 小栗栖ってのは、どこの国を探しても京都しかホボホボいない――」

「それは、え――わ」





―【小栗栖八幡宮 本殿正面】


「ひのゑ――。 何で社頭が東に向いてんのかな?」

「何かを伝える為かもよ――」

「それにしても薄暗いし、栗の木ばっかだな――」

「ここで間違いないと思うんだが、栗の木で出来た弓の矢。誰が何の為に作らせたか?」

「東の国の仕業か、隠したい都の仕業か――」

「ひのゑもそう思う?」

「東国の事は、姉様が調べてくれると信じよう――」

「ぼくらっ」


――ニョキ、ニョキ

――ニョキ、ニョキ―

――ニョキ、ニョキ――



「おい、おい! おい!!」

「わぁ――」「あぁ――」「きゃ――」

「赤牛が石段を登ってきた――」

「わっ――、わっ――」

「ちょっと、止めてよ! おっちゃん――」「飼い主――?」

「この子は、農耕用の牛じゃょ――。 只今。散歩中――」

――ニャムニャム――


「わ――っ、びっくりした――」

――ペロペロ、ペロペロ――


「何舐めてんだょ――」「大事な弓の矢を――」

「きのトもナメられてる――」「ワハッハッ――」

「おっ、その矢に見覚えがあるな――」

「えっ?」

「ワシが都に納めた物と似とるな――。 もうちょい長いがの――」

―ニャム――

「……」「――」「…」「―」

「有り難う御座いました――」

「では――」

「きのト…、あの赤牛、農耕用にしては身体が一回り大き過ぎない?」

「確かに……」

「首回りがあんなに大きいのは、闘う牛よ!」「闘牛か――。 でも何で……」

――ペコっ、ペコっ――

「どう見ても、アレは立派な僧侶にしか見えないわ――」

「よ――し、解った! 寮に一旦帰ろう――」「整理するぞ――」




―【奥州国胆沢(現在の岩手県奥州市)の西岸】



「この戦いに身を投じるかを自問自答して欲しい――」

「戦うか、戦わないかを――」

「奴らは、オレたちの土地を奪い、山や木を崩して黒石を奪っている――」

「それは、鉛の玉や武器となり燃料となりうる――」

「私は、土地を守り――。 同胞を守る――」

「その覚悟は、私はある!」


――うぉぉぉ――うぉぉぉ―― ――うぉぉぉ――うぉぉぉ―― ――うぉぉぉ――うぉぉぉ―― ――うぉぉぉ――うぉぉぉ――

――うぉぉぉ――うぉぉぉ―― ――うぉぉぉ――うぉぉぉ――

「きのゑと申したが、お前は、どっちにつくのだ?」

「敵か、味方か――。 教えて欲しい――」

「私にも朝廷と戦う理由がある――」「可愛い子供を朝廷に奪われた――」

「私は、これからあなたの軍師になります」

「では、名を母禮(モレ)と呼ぼうぞ――」




―【祇園祭宵山】




―ゴロゴロゴロ、ゴロゴロゴロ――


――コンコンチキチ――ン――

―コンコンチキチ――ン――

「卜部日良呂様――! あの半神半人の子、六根の力が異様ですな――」

「そうじゃろ――。 後、二年もすれば都は財政難で潰れよる――」

「奈良の大仏の時に金を使い過ぎよった――」

「左様ですな――」

「だから、桓武天皇は、寺院仏閣等と距離をとりおった――」

「都を長岡京に移して再起を図ろうとしたのに――」

「残念じゃったな――、長岡京は位置が悪い、位置が――」



祇園祭で先頭に立つ長刀鉾とは、天を突くようにかざす三条小鍛冶宗近作の長刀を特徴としており、御所と八坂神社には刃を向けないように南を向いている。毎年巡行の先頭を行く“くじとらず”の鉾で、選ばれた稚児が禿(かむろ)と共に搭乗する。かつては船鉾を除いた全ての鉾に稚児が載っていたが、今では生稚児(いきちご)が搭乗するのは長刀鉾だけである。生稚児は十才の男子が選ばれ、祭りの際は長刀鉾町と養子縁組をし、行われる行事のすべてに稚児のお供を禿(かむろ)二人が登場する。

稚児に選ばれた家では、結納の儀に合わせ、八坂神社の祭神・牛頭天王をお祀りする祭壇が設けられる。神の使いとしての稚児は地上を歩かず、屈強な強力(ごうりき)が稚児を肩にのし鉾の上まで昇り、鉾内は女人禁制を貫いている。八坂神社では位を返す「お位返しの儀」が行われ、稚児と禿の二人は再び普通の少年に戻ると言う。では何故、先祖代々の卜部家の第一子は十年と生きていないのか。それには、深い理由があった――。


「壬(みずのゑ)と癸(みずのト)には祭の後、散ってもらおうぞ――」

「祭が終われば、使い物にならん――」

「でも、みずのゑに関しては、女の子では?」

「そうじゃ――。 女の子ぞ」

「へ――」

「見てみ! 長刀鉾のお稚児を――」

「!」

「分からんやろ――」「男か? 女の子か?」

「良日呂様…、祭は、女人禁制では?」

「そうじゃ――。 ワシが言わん限り、誰も分からん――」

「後、お前もな!」

「へぇい!」

「後……。 おっと――、いかんいかん――」

「?」

「今は、東国じゃ――、東国」

「誰もまだ、気付いては、おらぬ――」

「母禮と言う東の山に、金脈が見つかった――」「金じゃ」

「本当ですか――」

「う――ん」

「あの、ひのゑに感謝じゃ――。 朝廷を裏切りおって……」

「天罰じゃ、天罰――」「子供は、着せ替えで、か・り・ま・し・た・よ」




―【陰陽寮内の占星台前にて】



「鍵になる言葉は、『栗の木』『神がかり』『東国』など、これらが挙げられる――」

「結論づけるのは、まだ早いが――。 誰かが東国の仕業に目を向け指した」

「桓武天皇様も東国討伐に、力を入れてる理由は何か――」

「どうしたの? きのト――」

「何でそんなに熱くなってるの――」

「そうだよ――。 変だわ」

「うるせぇ――」「姉様から、何も連絡も無い――」

「みずのゑちゃんも、そう、長くは、無いだろう――」

「何故、お稚児の年を過ぎても鉾に乗せ続けるんだっ――」

「そら、都の災害やコレラも、町の水も空も綺麗になったが――」

「自分の国だけが、綺麗になればいいのか――?」

「平安とは、何ぞ――」

「きのト……」

「うっ――、ううっ――。 う――」「ひっ…、ひっひっ――、うっ」

「ここだけ平らで安らぐ場所でえ――のか? 自分らだけ良かったらえ――のか?」

「落ち着いて――。 きのト――――」

「ボクにもっと力があれば――」「お姉様みたいな――、力が――」

「あれば……」

「あれば……」

「あっ――。 胸が苦しい……」





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