第9話\四×九×八×九の謎…。

―【陰陽寮の裏庭】


「は――っ…、は――っ」

「どうしたの? きのト……」

「いゃ――。 僕の煩悩が、いっぱい口から出ていく様に――」

「お願いいたします…、一――っ……。 二――っ……」

「もう……。 何も戻って来ない――」

「きのゑ姉様や――。」

「壬(みずのゑ)や、癸(みずのト)も……」

「は――っ……」

「元気出して――。 きのト――」

「うん……」

「そろそろ、始まるよ――」

「うっ、うん――」


――ゴ――ン…… ゴ――ン……―

――ゴ――ン…… ゴ――ン……―

――「ゴ――ン…… ゴ――ン……―

――ゴ――ン…… ゴ――ン……―



「一――っ……。 また、一――っ……」

「何回なんの?」「ひのゑ――」

「私たちが持っている力の六根で⑥…。 で、六根で生じた感覚が③……。 悪・平・好――。」

「感覚の②……。 浄(きれい)・染(きたない)――」

「あと――。 三世の③……。 前世・今世・来世――」

「ほい――」

「を……乗算するの――」

「えっ!」「乗算――?」

「無理――」「……」

「数えた方が早くね――」

――ポリポリ、ポリポリ――


「あ――っ、頭いて――。 あ――っ苦しい――」

「その『様』もよ……。 ヒントは、その様――」

「あ――」

「四苦八苦した――。 俺の事言っている?」

「うん。 四苦は、かけると?」

「三十六」

「じゃ――、八苦は?」

「七十四……」

「二ね」「足したら?」

「解かんねぇ――」

「百っ八よ――」

「除夜の鐘の数と一緒やん!」

「そうよ。 だから、同じ数だけ煩悩があるのよ――」

「スゲ…、 ひのゑ」「きのトも除夜の鐘で、徐日(じょじつ)して貰いなさい」

「何? ジョジツって」

「古いモノから、新しいモノに変わる事よ」

「へぇ――」「俺も毎日、鐘を鳴らして煩悩を取って貰いたいな――」

「あの鐘の事を梵鐘って言うのね。 梵鐘(ぼんしょう)――」

「煩悩を取るから、煩鐘やろ――」

「字が違うけど、合って無くもないわね――」

「俺、天才かも―。 あ――、あの鐘を鳴らして――」「鐘を鳴らすには、小づちが必要だな!」

「橦木ね。 橦木(しゅもく)」

「あ――ぁ。 そうそう――」「あの赤牛のおっちゃんにお願いして見よっかな?」

「きのト? 花園に日本で一番古い、梵鐘があるって聞いたことあるわよ――」

「どこだょ。 どこ――」「鳴らしに行く――」

「確か……、妙ぅ…妙心寺 、そう! 妙心寺!!」

「行く、行って―、栗の木の橦木で――、梵鐘を鳴らせば、皆の煩悩が消えるはず――」

「そんな、単純な事じゃないと思うんだけど……」

「世の中、単純! 単純!!」

「もう!」





―【岩手県胆沢城の造営中にて】


――パカっパカっパカっ――

――パカっパカっパカっ――

「頼もう――」「頼もう――」

「我らは、降伏する事にした――」

「我らには、もっと守るべきモノがある――」「これ以上の戦いは、無益だ」

「その女は?」

「……」

「ご無沙汰しております。 坂上田村麻呂様――」

「陰陽寮○殺担当のきのゑか?」

「はい」

「何故この様な事に――」

「……」「申し上げるつもりは、一切ありません――」

「答え様には、その者と一緒に助かる術は、あるが――」

「京へと帰る事も出来る。 そして、息子だけにも会う事が出来るぞ――」

「全てを話せ――」

「……」

「母禮(モレ)の東山にある秘密のありかを――」


夷(えびす)との戦いは、都が平城京(奈良)にあった七七四年頃から長岡京(京都)に移った後も、八一一年まで三八年間にも及ぶ事になる。「何の為に戦うのか」「何の為に生きているのか」、朝廷側との差は、歴然であった。夷(えびす)側には、土地を守り家族を守る。この決定的な差が戦いを長引かせた。後は、軍師による者だと言われている。決して真正面からは、戦わず朝廷軍を細長くさせ前後左右で挟み撃つ。何度も言うが、その土地を守る、同胞を守る、この差が戦いを大きく左右したと云われている――。




―【京都鋸山】




「これより――。 指導者アテルイ――、軍師モレを賊徒とする――」

「よって…」「今かぁら…」

「チョイチョイ――」

「甘い! 甘い!」

「はい! 日良呂様!!」

「首から下を鎚に埋めるのじゃよ――」「そうしたら、まだしゃべれるやろ――」

「……」

「聞きたいことが、いっぱいあるじゃろ――」

「ノコノコと帰って来よって――」

「最後に言いたいことは、無いのか?」「ん?」

「……」

「――」

「ひら―め―いた――。 ノコギリにしよ――。 しょ――、処する」

「フフフっ」

「――」

「――」

――始めっっっっ――

『アテルイ…、 すまなかったね』

「いいゃ……」

『モレ? あの矢は、栗の木で出来ていたね――』

『何かの意味があるんだろうか?』

「……」

「それには…、ね……。意味があるの…、アテルイ――」

『何?』

「あの世で話すわ――」

『ふっふっ……、分かったよ――』

「また、いつか…、又、私たちが、再び結び付きますように――」


桓武天皇から征夷大将軍を任命された坂上田村麻呂は、異民族と見なされた『東国』を見事に討伐させた。その時に使われた刀剣は、黒石に似て黒漆剣と呼ばれた。そして、八百一年、東国を討伐させたのは軍事力でも無く、交渉によるものだった。田村麻呂は、指導者のアテルとモレに対して、「五百余人を説得して降服せよ、そうすれば二人の命を助ける」というものだった。そして二人は、京に連行され、田村麻呂は、助命を懇願し二人を故郷に返すのが得策だと主張するが、京の貴族たちは大反対し、二人を処刑してしまうのである。

その後、アテルイの土地胆沢周辺での弔い合戦、報復などが発生した形跡は一切なかったと云う――。



―【清水寺の南苑】


――ピ――、ピチュピチュピチュ――

――ジィ――、ジィ――


清水寺の拝観路に程近い所にある石碑――。観光客や参拝を終えた客は、気付く事なく普通にこの前を通り過ぎている。何気無いその石碑は、まるで東北の形をしていた。図らずしも、二人の名前が並んで深く彫り込まれている何て、誰も知らない。また、この清水寺も大将軍坂上田村麻呂が創建に深く関わっていたのだ。では、二人の靈と意思はどこへ……?

ある撞木は、どこにある? それもまた、次の世代へ霊験として語られるのは、いつだろうか――。




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