第7話\幻の都の謎…。

―【平安時代初期、陰陽寮にて】


――シュ――、ピュ――


~秋風の風が通り過ぎる―。


「きのゑ姉様は、いつか寮を出たらどうされるのですか――」

『そうね――。 私の六根の力が続く限り、日本に存在する怨霊や天災を沈めたいわね』

「さすがっ、姉様――」

「取り敢えず、私は、藤原種継暗殺事件をきのトと調べてくるわ」

「行ってらっしゃい――。 姉様もキノと様も――」




―【長岡京造宮地】




「だいぶ、都らしく成ってきましたね――」

「……」「落ちていた、矢を見たいのですが――」

「こちらになります」

「随分、矢の長さが短いな――」

『どう思う? きのトは――』

「至近距離で仕留める為に、短くしたのでは?」

『この矢から香るのは、東北……、もっと北の方……』

「と言えば、表鬼門に位置するな――。 きのゑ様――」

「東国の仕業ですか?」

『東国か、東国に見せかけた犯行かも――』

「桓武天皇様が大和国に出掛けた日と重なるな――」

『闇は、もっと深い底にあるような気がするわ――』

「あ――っ。 恐いっ、お姉様――」

『怨み霊が出ないといいが――』

大和の都、そこから北へ四十キロメートル離れた消えた「幻の都」。その都の敷地は、東西に約四キロ、南北約五キロの平安京と変わらぬ都市がそこに存在していたのがみて取れた。近くには、京都盆地が広がり桂川や琵琶湖に繋がる宇治川、奈良にも繋がる木津川が合流して、淀川から大阪湾へと流れ出る。当時の桓武天皇は、各地からの物資を運びやすいようにと「山崎港」を建設し、円滑に運び込む事も可能にした。だが、十年でほぼ完成したかに思えた都市が、あるグループによって「幻の都」は、消える事になる。

その都の中心は朱雀大路が通り南北に四本、東西方向に九条と碁盤目状に道路が作られていた程だ。それぞれの区画には官衙、市、貴族の邸宅などに割り振られ、各家に井戸があったこともわかっている。水運による物資輸送、そして豊富な水資源に恵まれ、平安京に無かった上下水道完備の都市、その名も『長岡京』謂わば「水の都」が存在した。



―【陰陽寮敷地内】




「みな――。 集まってくれ――」

「藤原種継氏が暗殺されたことによって、長岡京は、遷都される事に成るだろう――」

「……」

「そして、弟の早良親王様も淡路国に流配される事となった――」

「えっ!?」

「……。 怨み霊が出るかも知れない……」

「ヤバいな――」※ザワザワ

「以上――!」

では、なぜ「水の都」が幻になったかであるが、兄の桓武天皇の側近で長岡京遷都の責任者だった藤原一族、藤原種継氏の暗殺が関係していると思われていたがどうやら闇は、もっと深い所にあった――。



―【中務省内局の中庭】



「全員揃っているか――」

「これから私たちは、秘密裏に迷宮入り藤原氏暗殺事件と遷都の造宮計画の二てに分かれる」

「○殺担当は、きのゑ――。 造宮担当は、きのト――」

「ハイ!」

―タッタッタッタッ―― ―タッタッタッタッ――

―タッタッタッタッ―― ―タッタッタッタッ――

―タッタッタッタッ―― ―タッタッタッタッ――

―タッタッタッタッ―― ―タッタッタッタッ――

「ねっ姉様は、どちらへ――」

「表鬼門の延暦寺を通って四人で東国に潜り込む――」

「きのトは?」

「裏鬼門の石清水八幡宮を通ってから、京の都へ行ってきます――」

「暫く会えないかもね――。 可愛い弟よ。 どうかご無事で……」

―ナデナデ――

―ナデナデ――

「おっ、お姉様――っ――」

「じゃ――。 俺ら四人も行くか――」

勿論、平城京が終わった事により、寺院勢力と距離を置けたのは、意図した事で私設に寺院を建てる事も公に禁じた。では、兄の桓武天皇から藤原氏への後押しが追い風となると思えたが、風向きは変わる事になる。何故なら当時は、寺院勢力意外にも貴族勢力が台頭して朝廷を脅かす存在となり、それも避ける為に兄の桓武天皇は、都を「長岡京」に移す事が出来たが、南西に位置する「裏鬼門」に「水の都」が存在したことで奇妙な事が起こり続ける事になる。その矢先、工事現場を監督していた藤原種継は何者かに短い矢で射られ、現場にある矢も落ちていた。暗殺犯として捕らえられたのは、十数名。さらに、暗殺事件には寺院勢力である東大寺の役人が関わっていたことから、出家して東大寺に住んでいた弟の早良親王ら六人の関与も疑われた。

そして、無実の罪で弟の早良親王は乙訓寺に幽閉された後、淡路国に島流しとなり無実を訴えるために絶食して途中に憤死した――。



―【陰陽寮内の占星台前】




「朝廷は、この度――。 神泉苑で『御霊会(ごりょうえ)』成るものを執り行った――」

「そして、原因の全てを牛頭天王様に託して祀る事になった――」

「では…」

「卜部 日良呂様――。 お言葉を――」

―ニコニコ――


「簡単に言うといてね――、私共が遣隋使に行ってから――」

「コレラを持ち帰ってしまったのもあるけど――。 違う良いのが浮かびました――」

「!?」…浮かぶ?


「それでは、雅楽お願いっ――」

――ふぁーふぁ――♪

「止め! 止め!」「もっと、黄鐘調の音色!!」

――:*o♪:*o♩――:*o♪:*o♬――


「そうそう――。 私が建てる、鉾のしめ縄に全ての怨み霊を移します――」

「その後、その鉾を職人たちで綺麗に飾って下さい――」

「で、『動く美術館』みたいに碁盤の目をバ――んと引っ張って練り歩く――」

「……」

「何基にしょ――かなぁ――。 全国各地で天災が起こっているから――」

「じゃ――、国の数って」「……今、何国?」

「しょっ、諸国六十六で、あります――」

「う――ん。 語呂も良いね――」

「効かない時は、ある者を乗せて着せ替えしちゃいます――」

「はいっ!」


長岡京遷都工事中に起きた藤原種継殺事件で、犯人は、無実を訴えながらも亡くなった弟の早良親王ら六人の仕業と決められてしまった。その決定は、陰陽師たちによる権威あるト占によるものだったのだ。その後、都は京都の中心地に移され平安京と名付けられた。だが、元々内陸の湿地であった平安京は、高温多湿の地域であり、建都による人口の集中、上下水道の不備(汚水と飲料水の混合)などにより、マラリヤ、天然痘、インフルエンザ、赤痢、などが大流行して行く事になる事は、今は誰も知らない。そう、いつの時代も平らに安らかでは無いのだ。




―【陸奥国胆沢、現在の岩手県奥州市】



「あなたがアテルイ? 探したわよ――」

「オレの事か――?」

「私は、都からの遣いの者――」

「何しにきた! 笑わせんな――」「こっちへ来い――」

「止めなさい! あなた――っ」

「可愛い顔をしよって――、の――」

「きのゑ様に何をする!」

「おいっ! 止めないかっ――」


―ボコボコッ――、ガンッ――

「ヒッ、ヒノと――」

…グタッ…


「良く聞きなさいっ――! この矢は、あなたの国の物?」

「何だそれは……。 オレは、 田舎の勇者――。 アテルイ――」

「自分の事を田舎とは、大層――、控え目に言いよるな――」

「千人もの朝廷軍を殺しよって――、大袈裟にも程があるぞ!」

「――」

―パカッパカッ―

―パカッパカッ――


「おい! どこへ行くっ――」

「まぁ――良い。 少し皆で考えよう――」


消えた都市が築かれた場所は、桂川と宇治川と木曽川が合流する巨椋池のほとり。南側にはもともと都があった奈良盆地で、安全が確保された地帯である。また、北から東にかけては丹波山地と比良山地があり、消えた「長岡京」は、もともと守りが堅い地形だった。しかし、北東の方角に一箇所だけ東国と筒抜けになっている場所があり、そこは逢坂峠(おうさかとうげ)と呼ばれていた。また、逢坂峠を監視するために、逢坂峠の隣にそびえる比叡山に延暦寺を建て、僧侶たちに監視させる。ある敵を監視するため、武力と道場を備えた延暦寺は、強力な武力も持つようになり始める。兄の桓武天皇がもっとも恐れた存在とは、天皇に「祀(まつ)ろわぬ者たち」。まだ、近畿の東側は、まだ朝廷の支配が完全に及んでいなかった。では、その天皇に従わない人たちを朝廷の人々は、彼らを夷(えびす)と呼ぶ。

そんな野蛮が攻め込んでくるか分からない恐怖に怯えていたのだ。彼らは、「身を文けて」入れ墨をしており、男は、蝦色の髭をたくわえる。それは弓人(ユミシ)と呼ばれる程、弓術に優れていた。その中でも夷(えびす)には、もっととてつもない「ある者」の存在。辺境で戦った勇敢な戦士その名は、「アテルイ」と呼ばれていた――。

兄の桓武天皇は、夷(えびす)の侵入口になるであろう逢坂峠を「表鬼門」と呼び、消えた都市「長岡京」からは、ちょうど北東に位置していた。


―【一羽の雀が上空を彷徨う】―

―ピ――っ――ピチュ・ピチュ――

―ジ――


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