第3話\アトピアな世界の謎…。

―ピンポーン――

―ガチャッ―


「これ、借りていた奴」中村さんが、『ト術て』を返しに来た。


「えっ」「何これ」

「ほい!」


―ポンっ―


「じゃーね。私も変われたわ――」

「どういう事?」

「あんた、本当にト部一族――?」

「えっ? あのっ――」

「だから、あんたが、あの陰陽師の何とかだろ?」

「いゃ……だから、違うよ――」

「女々しい奴――。 じゃぁね。 私じゃ無かったみたい」


「?」


「あと――、本の題名――。 『ト術て』であってる?」

「もっと最初は――、『て』が『~』やった気が、するん・だ・け・ど……」

「ほっ……、ほんとだ――」


中村さんが、いきなり『ト術て』を返しに来た。何故、中村さんは、アンナの秘密を知っているのだ? 取り敢えずは、恐る恐るその本を手に取り、ページを捲ろうとする。でも、

怖くてやめた。それは、まるで今までの嘘の「誠」が、誠の「嘘」になると思うと、忘れていた痒みが一気に甦った。


事実僕は、慢性アトピー性皮膚炎を患っている――。小学校一年生から始まった僕の皮膚疾患は、十八歳から二十歳のをピークに僕たちの皮膚は、痛く割れて肘も膝も曲げれなくなっていた。アトピーとは「奇妙な」と言う意味のギリシャ語、アトピアに由来する。アトピアとは、家系に出現する『異常な過敏反応』を称して名付けられた。本当の杏南は、自宅出産で双子の内の一人だ。先に産まれた次女は杏南。長男は、アナト(坎人)と名付けられた。

その名前の由来は「くぼんだ土」、産まれて来て良かったのかと思うくらいの名前であった。そんなアトピアな僕たちの内、一片の杏南は、白い花びらの様に産まれて直ぐに、ハラリと散った。二片の内の一つであった坎人は、その後、占部家の後継ぎになるよう執拗に女の子として育てられ、戸籍も見た目も女の形にさせられた杏南となった。だから、坎人(アナト)のくぼみは、杏南の一枚牡丹の花びらで埋められ、土は平らと成る。そんなアトピアな僕たちにとって「奇妙な」が二つ、一生付きまとう。


―一つは、アトピアな身体。

―もう一つは、アトピアな女の形。


二十歳の頃、痒みがピークの一年間、家から出ずにいつか良くなるとカーテンを締め切って、引きこもり生活をしていた頃に父親が他界してしまう。享年四十六歳で残ったのは、借金と骨だけだった。暗闇の中で僕たちは、部屋の四隅に残った皮膚の埃を見て、手を「そーっと」伸ばす。その摘まみ上げたその埃は、僕たちの生きた「証」だけであって、人生をただ掻きむしったに過ぎない。それでも、カーテン越しに毎夜の月を眺めながら、日は西に月は東に必ず登っていく。そして、一年がただただ経過し、人生、底に落ちた気持ちになった僕たちは、包丁を持って浴室に向かっていった。

外では雀がチュンチュンと鳴き始め、薄暗い早朝に全身を鏡で見た僕たちは、まるで「象の形骸」だ。いっその事、消えて無くなろうとも考えたが、前から気になっていた中村さんから返された『トの術~』の本を最後に見てから散ろうと思った。


そして、恐る恐る『トの術て』を開く。すると、何故か中から木製で出来た小づちのような橦木(しゅもく)が出てきて、びっくりした。突然、背後から幼い頃に行方不明になっていた姉の蓮歌が前に出てくる。僕たちは、「わっ」と驚く。


「ヒャヒャヒャ」と蓮歌が笑う。すぐ様、姉の蓮歌が手書きのメモを僕たちに渡す。

「一緒に今から、雀になって小栗栖八幡宮に行こう」と書いてあった。

「どっ どうしたのだ。蓮歌? いきなり」

「どこに行っていたの?」


「……」※レンカ


蓮歌は、笑いながら口を大きく開けて僕たちに見せた。

「舌がごっそりない――」蓮歌は、しゃべれ無いでいたのだ。

「何か嘘をついたの?」

「……」


蓮歌は、すぐに僕たちの手を引っ張り、一緒に市営団地の玄関先から一緒に飛び立つ。すると、境内は小高い所にあり、鳥居を雀の様に低空でくぐっていく。そして、蓮歌が鳥居近くの説明文を指差す。その境内は、そんなに広くなく、巨大な栗の樹木で明かりが指さない場所だ。今度は、石段を羽ばたく様に上がると、すぐに本殿が見えた。


「そうだ――」


杏南がうなずく。そう、小栗栖八幡宮の祭神は、応神天皇。即ち、日本史上実在した神であった。だから、明智光秀も神話に引かれて、最期にこの地を選んだんだのか――。そして、最期に境内の南西の床脇にある喚鐘を木製で出来たその橦木を使って、蓮歌は、僕たちに身振り手振りで、鳴らして欲しいと口をパクパクとさせた。


――カンカンカンカンカ―ン――

――カンカンカンカンカーン――


僕たちは、夢中で叩いた。それは、日の出前の境内に鳴り響く――。


「あの明智光秀の謎が解けたね。蓮歌」

「あれっ?」

「明智光秀は、最後に神様を拝めたのかな――」

後ろを振り向くと蓮歌は、どこにも居なかった――。


僕たちは、その撞木を握りながら…。

「トは、音読みで(ボク)と読み、そして…、占いの意味を持つ――」

「僕たちは、何者なんだ」

耳の中でまだ、橦木で叩いた喚鐘の音が鳴っている――。


――キンキンキンキン――

――キンキンキンキン――


僕らは、何の為に生きてきたのか、何故この世に産まれてきたのか、何かに例えられるのも嫌になって団地へと戻った。すると、目の前にある洗面台に実った小さな栗の実が一つとメモ書きが、一枚二つに折にたたんで置いてあった。

『ある者たちへ――。 私は、舌切り雀…』

『へへへ――っ、栗の樹木の花言葉を知っているかい――?』

その時、頭上から雀の羽毛がハラリヒラリとメモ書きの上に落ちた。

「雀の羽毛?」しばらく考えてみた。

「……」

「栗の樹木の花言葉って何だ――」


そして、僕たちは、洗面台の鏡を同時で見上げた。そうしたら、鏡の向こうの坎人(アナト)の方から先に泪が溢れ、悲しげに目尻をつたい頬に流れる。杏南は鏡の坎人をじーっと見ていた。その泪は、ただ流れるだけの「貰い水」だ。皮膚をも潤わないなんて、カサカサの杏南の皮膚は涙の感触もなく、目の前の杏南は、笑えてきた。


「……ハハッ。女の形で生きているのも、もう疲れたね――」

「坎人――」


笑うと目尻が切れ、血が頬を又つたう。杏南は、僕の朱色に混じった泪を見上げ、いらない髪の毛を坎人の前でバッサリ切って見せた。そして、再び坎人となり思いっきりキリギリスみたいに泣いて、思いっきりウサギの様にうずくまって眠った。



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