第4話\ある靈の謎…。

坎人の夢の中で…【とある渓谷】―



―ポツン――。 ピチャッ――

―ポツン――

―ピチャッ



「田畑を耕すには、多くの力が必要になる――」

「それは、農耕の相棒だったり、村の誇りをかけて戦ったりもする――」

「何時だって僕らは、多くの命をそれに助けられてきた――」

「僕らの民族には、それは…、それは特別な命だった――」


どの村でも誇りを掛けて闘う牛は、人と会う事は一切無い。何故なら、闘う牛が目に見えない『靈』を宿す可能性があるからだ。その村には闘う牛の面倒は、高貴な僧侶が面倒を見ると言う――。


とても牛に詳しく、そして、闘いに詳しくその人は、僕らの村にいた。闘う牛は、いつも穏やかな目をしていた。故に、強い力を持つ者は、特有の誇り高い風格を持っていつも誰かを迎えてくれる。闘牛試合の前日は、人は、絶対に牛の住む鐘楼には入ってはいけない。ある命を宿すであろう人は全て、闘う牛には会わせていけないのはこの村の掟だ。 決闘の日、牛王とまで呼ばれていた闘牛の「アテルイ」は、村の誇りを掛けた闘いで戦わずして逃げ回ってしまった。そして、闘え無かった「アテルイ」は、その村の伝統に従い生贄として大きな赤い楓の木の股に捧げらた。それから何年か経っただろうか――。闘う牛を世話する高貴な僧侶に一人の男の子がやってきた。その子供は、高貴な僧侶に……。


「僕は、アテルイ――」


『ん――っ?』


「……」


『君が本当にアテルイなら、何故あの闘いで逃げ回ったんだい――』

「僕はあの試合の前日に、ある女性が私の所に来ました――」

「その女性は、自分の子供を私の頭に乗せ、何かを祈って降りました――」


「奈爾世武爾、奈爾世武爾――」


「……」

『ほう――』

「だから、私は、この命を守る為に闘牛から逃げたのです――」


そして、女性のお腹の中に一つの不思議な命が宿ってしまったのだ――。


それ以降、闘牛の前日は牛王が住む鐘楼に命を宿した人や、その近くにいる人を入れなくなってしまった。何故なら、牛王は、闘牛以外では見掛けないし、どの村にとって闘う牛は、とても特別な存在であると信仰されてきたからだ。


「僧侶様――。僕がこの村を変えて魅せます」

「僕がこの土地を守り、自然を守り、同胞を守ります――」

「いつか、僕の身体が引き裂かれても、僕の靈は、誰かに繋いでくれます――」

「きっと誰かに――」


夢から覚める坎人…【朝顔が咲く早朝】―


「奈爾世武爾……?」

「ナ・ニ・セ・ム・二」

「何だ…、夢か――」


ある不思議な夢から覚めた僕は、カーテンを開けた。全身、象みないな皮膚の女の形をした杏南は、元の男の形をしたアナト(坎人)として光を浴びて再び歩き出す事にした――。



あれから僕は、毎日何かを取り戻す様にバイトをしている。そのバイトとは、中京区寺町通にある京都発祥の占いの館。あの有名な「陰陽寺」グループで、一年間みっちり「亀卜(きぼく)」と呼ばれる古い占いと歴史を叩き込まれた。又、全国には六十六店舗もあり、老舗中の老舗だ。僕は、卜部家の血筋もあり良く当たるとネットで噂になる程で顔出しパネルは、お断り中――。


実は、僕も占いとは縁を切れないでいた。何故なら、時給がすこぶる良いのと、あの小栗栖天満宮で、あの寺の喚鐘を撞木を使って鳴らした僕は、謎目く「六根の力」と云う得体のしれない力を得てしまったのだ。あー又、人には言えない秘密が出来てしまった――。


人間には煩悩の乗数(かけ算)で六根と呼ばれる(眼・耳・鼻・舌・身・意)感覚があると云う。その六根は、感じる物では無く煩悩においては人間に迷いや欲を与えると言う。その他にも「明知藪」にある御神木に触れれば過去を見たり・聴いたり・嗅いだり・味わったり・未来に触ったりする事も不可能では無いと蓮歌のメモに書いてあった。でも、本当にそんな事が本当に出来るのだろうか――? 僕にもまた、煩悩が付きまとう。その煩悩の中の、別の乗数である『過去・現世・未來』の三つにも行くことが出来るみたいだが、能力が使える範囲には限りがあると蓮歌のメモにも書いてあった。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」卜部家の家訓も毎日僕の頭を横切っていく。

本当に占いの様に信じていいか僕は、迷っていた。もし、出来る事なら小学三年生から行方不明になった姉の蓮歌の行方を探したい。もう一度、幸せでいてくれるなら守護霊で居てくれた蓮歌を助けてあげたい。でも、普通に考えれば助けても未来に存在してくれるか分からないし、過去に戻れても僕が未来に帰れる保証は、一切ない。でも、煩わしい煩悩を捨ててでも後悔のない人生を僕は、送りたいと坎人に成ってから思えていた。


確かあれは、杏南としてちょうど小学二年生の夏休みの事だった筈だ。夏休みに蓮歌は、一人ぽっちで「明知藪」に甲虫を取りに行った後、行方不明になったんだ――。




―【七月七日 七夕】―




蓮歌の命日にしているのは、京都では覚えやすい宵々々山の日であり、灰色のバンであの市営団地におおちゃんに送って貰った一週間後の筈だ。京都人でも余り知らない事だが祇園祭の開催は、実は七月一日から三十一日まで行事や儀式が続く。祇園祭の祭神は、病気を癒す仏さま薬師如来の化身でもあった牛頭(ごず)天皇と習合(合体)した素戔嗚尊(スサノオノミコト)。

当時の京都は、「森の都」で真夏には食べ物や水は、飲料水と下水道が混合していた。だから、その菌に汚染された水は、伝染病(コレラ)になって蔓延していく事となる。それはまさに、「平安」とは程遠いもので、コレラの歴史とも言える。では、昔の人は、ウィルスや細菌の存在を知らないからどうしたかと言うと「御霊会(ごりょうえ)」と云われた祭礼を朝廷は行い。祟りや怨霊のせいにして、なだめ鎮めようと考えた。平安時代の国の数は、諸国六十六もあり祇園祭を「矛(ほこ)」に見立てて全ての悪霊を六十六台に乗り移らせた人物がいる。

その名は、占部日良麿(うらべのひろまろ)貴族の出身、僕の先祖でもあった。

日良麿は、幼い頃から亀の甲羅を焼くことで現れる亀裂の形により吉凶を占うことを習得した事によりその時代、能力を発揮したという。そして、人間に付きまとう百八つの煩悩を操る不思議な能力で「卜術」にも優れていた。そして、僕の目指す場所は、ただ一つ。「明知藪」から旧道を北に向かった所にあり、ガイドブックなんてモノには一切載っていない。そこに見えるのは、ある小山の手前に立派な鳥居があり、そこだと直ぐに分かった。ふと、その鳥居の左下をみると大正九年と彫られてあったので、古い物だと気付いた。

そして、鳥居の上を見上げると「天神宮」と書かれた京都では、珍しい社であったのだ。とりあえずは、蓮花のメモに書かれていた通りに、手頃な石コロをみつけた。そして、鳥居に石を投げ二段目に乗るように何回も投げ入れる。ようやく乗った後、辺りの結界が解ける。


―キュイン― キュイン― キュイン――


そして、古い手すりと急勾配の階段を登ると、平らな林が見えてきた。奥へと進むと直ぐに境内が見える。一段高くなった所に二柱鎮座していたのは、国生みと神生みの男神イザナギノミコトと、その妻イザナミノミコトの祭神であった。創社を読むと天智天皇の時代から建てられた三千年前の物で異名もあった。僕は、その「天神宮」の南西にある喚鐘を探して僕の橦木で鳴らし、能力を使う準備をした。そして、本殿の左右には摂社が二つ。奥に見えたのは、大きな赤い楓の股がある木が一本。中央で枝が三つに分かれて大きく二本だけが伸びている。でも、三本目は、何かを引っ掻ける為か先が折れて小さくなった枝も付く。そして、周りには、注連縄(しめなわ)で四角に囲われ中に入れないようになっていた。


「これが、その御神木だな――」


僕は、直ぐに分かった。注連縄とは、神の域とそれ以外を区分するための「標(しめ)」す物だからしめ縄と呼ぶ。別名、七五三縄と呼び縄の下に藁を三本・五本・七本垂らす。僕は少し、その御神木に近付いて手で触れて聞いてみた。


「現世を隔てる結界の役割をしているのですか――」

『耳根の力』で御神木に聞いてみた。


「……」


そら、僕の力が弱いのか何も答えてくれない。でも、その御神木の辺りに手をやると、樹木の割れ目が一つ見えた。丁度、僕の眼の高さの位置。右目で中を覗くと、小さな光が見えたので、吸い込まれる様にもっと覗いて見た。すると、その小さな薄明かりは、僕の右眼を指してきた。僕は、怖くなって林の中で「くわばら くわばら くわばら」と樹木の割れ目を

覗きながら、蓮歌に書いてあった呪文を唱えた。


―ピチュ・ピチュピチュー―


「何の鳴き声だ?」


何故か僕は、ツバメの眼に成って空を飛び何処かの上空を円を書くように眺めているようだった。本来なら異世界に人として降り立つ筈なのに僕は、何とかツバメの眼に成れた。その景色は、優雅で上から見る景色は、どこか懐かしく思えた。でも、意識と身体はちゃんと僕は、外の林にいる。目を一回でも離そうと思ったが、ツバメになった僕は向かいの棟の電線に先ず止まる事にした。そこで見えたのは、実家のベランダ側で室内にいる母親は、弟のシキをギュッと抱き締めいていた。そこで見える景色は、あの頃の少女として生活していた僕だったので、何だか笑顔が込み上げる。



「フフフっ…」

「僕だ――、僕がいる」



ツバメの僕は、もっと近くで見たくなったので、ベランダの手すりまで飛んでいった。

「あの懐かしい元祖のテリヤキハンバーガーが置いてある――」


――ジィ――、ジィ――

―ピチュ・ピチュピチュー―


幼なかった僕は、自分に一口ちぎり投げてくれた。一口食べると僕は、自然とあのダンスを踊る。窓越しに見る皆は、これから起こる事態を想像しないで無邪気に過ごしていた。




―【宵々々山当日】―




木目から覗ける僕は、今は無敵だ。町の猫やカラスに狙われているので、本殿左右の摂社でツバメのままイザナギノミコトとイザナミノミコトに安心して見守って貰っていた。

取り敢えず、ツバメの僕は、「明知藪」周辺で待機。そうしたら、「明知藪」に向かう一人の少女が見えたので飛んで近付いてみた。でも……。


「おーい――っ。 何っ!」


髪を伸ばして後ろくくりのツインテールをしたその少女は、蓮歌じゃなくて幼い頃の『僕』だった。いったい何が起きているのか理解出来なかった。僕の過去では、少女の杏南は七月十四日に蓮歌が弟の志季に貸した『ト術~』を勝手に読んで、それを僕が見つけたから杏南と蓮歌は、喧嘩になった。そして、泣いた僕は、蓮歌を投げ飛ばして左肘を骨折させる。だから、宵々々山の日に半日退院をして左肘を石膏で固めて三角巾をした蓮歌は、「明知藪」に甲虫を一人で取り行く。そして、それっきりな筈――。

「何故――」何故は、僕に付きまとう。

「おーい! 杏南ってば! どこに行くんだ――」


杏南は、振り返りもせずにツバメ姿の僕をみて、驚いて走ってもっと逃げる。焦る僕は、杏南の半袖のパーカーフード部分に飛び潜り、状況を整理する。そして、杏南の心を動かし呟いてみる。そうしたら「蓮歌の為に、甲虫を取ってあげるんだ――」と強い決意が返ってきた。それは、煩悩の乗数には、加減(感情)があり悪・平・好の三段階。僕の今の感情コントロールは「平」でパワーが弱い。そもそも何故、アンナが「明知藪」に向かっているかだ。

過去に戻った途端、蓮歌と杏南が入れ代わっているなんて、このまま少女の杏南を助けなければ僕が死ぬ事になる。蓮歌は、このまま行けば死ななくて済むが、それだけでは、駄目だ。

「僕だ 僕を助けなければ――」

何でそうなったかは、後から考えればいい。

そうこうする内に、杏南は「明知藪」に入り、栗の大木によじ登って、クワガタや甲虫を虫籠に入れている。駄目だ駄目だ。この後、その大木を降れば何かが待ち構えている筈だ。僕は、ツバメ姿のまま辺りにマムシとかが居ないか探して見たが何一つ感じない。そうしたら、奥の湿地を横切る様に大きな白い物体が通り過ぎた。


「えっ――」


飛び上がった僕は、目を疑った。その大きな白蛇は、僕を見て低いしげみに隠れ混む――。

「レンカは、マムシとかに噛まれたんじゃなくて、大きな白蛇とかに飲み込まれたのか」


―ビチュ・ビチュピチュー―


「本当にもう駄目だ――」

「は――っ」



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