第2話 \HKー81の謎…。

―【七夕】―


そんな杏南たちは、ある日突然、灰色のワゴン車に乗せられてしまう――。


隣町を離れ、国道1号線を抜けて西に走り、その車は東山トンネルを目指していた。すぐ脇には、花山洞と呼ばれる自転車と歩行者専用にもなっている薄暗いトンネルが見えてきた。そこは、言わずと知れた心霊スポットである。しかも、そのトンネルの南側には昔、京都市中央斎場(旧花山火葬場)があり、旧粟田口刑場も近くにあった場所だ。

当時そこは、約15000人が処刑された事でも有名であり、あの明智光秀が山崎の合戦で坂本城へ逃げ延びようと通った道でもあったのだ。そのトンネルに実際入ると、目の前には、たくさんの色葉が濡れ散っていた。それを見た杏南は、額やら脇から冷や汗なるものが突然涌き出てきてしまう。


「蓮歌――っ」

「おい! 杏南たちの火遊びがバレたよ」

「見つかったら江戸時代の放火は、火あぶりにされるって――」

「この『ト術―』に書いてあるよ」

すると、目の前のドリンクホルダーの棚がバタッと音をたてた。


「わぁっ――」


しかも、後ろを振り返ると蓮歌と志季も見えない。すぐに杏南は、前を見た。そして、じぃ――っとその運転手の襟足の首辺りを見てみた。普通、それは毛根と地肌がくっつく部分。その電車と電車が連結していない。即ち、毛並みに生命力も全く無いのである。ほんとに子供を侮っているとしか思えないほど、浮遊した毛根は杏南に何かを訴えて来た。


「恐いよ――」


そのおっちゃんは、杏南たちに何か騙そうとして振り向かずに前を向いて運転していた。だから、杏南の汗は、下を向いたままでじっとり汗に変わる。杏南の動揺も知らずにそれでも車は、まだ走っていく。その行き着く先は、旧小栗栖街道を南に走り、右手にラーメン「百合の花」小栗栖店ってのが見えて来た。

「ここは…、どこだ」

『うつむいて――。 何をしやんの―、百合の花ぁ』


「わぁぁぁ――っ」


おっちゃんが何かを呟く。そして、小栗栖八幡宮を抜けて左を曲がると目の前に沢山の鰯雲が見え、後ろを振り返って覗き見る。すると、姉弟二人は、眠ったまま寝転げ落ちていたのでホッとした。ほっとしたのもつかの間、何だか地元に戻って来ている様だった――。杏南たちは、地元を離れてしばらく経っていたので、近くには色々な建物が立ち初めていた。

その先に見えてきたのは、ほんとに大きなUF0みたいなパチンコ屋さんや巨大迷路とパット・パットゴルフ場などスケートリンクやボーリング場、マクドも出来ていた。あの当日のマクドナルと言えば、百円バーガーなるものを販売しており、これが家の冷蔵庫にたくさん眠っていた。テリヤキソースで味付けしたハンバーガーもあり、日本生まれのハンバーガーの一種である。意外と知られていないが一九七三年に元祖であるモスバーガー で初めて誕生した。

「ようやく到着したみたいだが…。ここは――」


――カチャッ――


この日ばかりは、元祖モスのテリヤキバーガーが山のように積んで待っていた母親は、人差し指で挟んだ『ト術~』を大事そうに持っていた志季をすぐに抱きしめギュッとした。その様子は、消したテレビ画面越しの反射で見て取れたので、蓮歌と杏南は、直接は見て取れないでいた。それはまるで志季が、親のいない雀みたいに、ずっと母親の帰りを待ち望んでチュンチュン鳴き続けている様だった。だから、志季はクレヨンで『ト術~』を絵本代わりにして希望を描いては、塗り潰していた。いつ会えるかわからない明日をくるくる回して、表か裏かでその本で占っていた。ようやく、杏南たちの「小栗栖城の変」は、終わりを迎えてくれた。その後、元祖モスのテリヤキバーガーを食べた時は、龍に跨いでその立て髪をギュッと掴んで空を翔んだ気分だった。その後、杏南は嬉しくなってベランダに出てみると、一羽のツバメが電線に止まっていた。


――ジ――っ、ピチュ・ピチュ――


「変な鳴き声――」


そのツバメにあのバーガーをちぎって分け与えたら、嬉しそうに何回もサイドステップして杏南たちを見て何処かへ飛んで行った。そして、杏南たちの母子家庭生活が始まってから、何故かちょくちょく灰色のバンと例の運転手のおっちゃんと一緒に出掛ける日が多くなってくる。てか、おっちゃんが市営団地に住むようになる。何の断りも無く。

そして、何の紹介も無く「すぅ――」と転がりこんで来た。見た目はもちろん、鶏頭の坊主で仕事は内装業。

そら、家に自ずと仕事依頼の電話が鳴る。

「リリリリッ リリリリリッ」

「はい――」

「正岡さんのお宅ですか? お父さんいらっしゃいますか――」


――ミンミンミンミンミーン――


「はい。居ます――。(お父さんでは、ありませんが)」


と、奇妙な生活が始まる。母親は、離婚してから名字を変えなかったし、余り皆は、杏南たちが離婚していたとは知らない。杏南たちの複雑な家庭環境を友達にも言えない泣き言は、ムッとした三階の壁に、しみ入る蝉みたいに清々しくも鳴いても、毎年よくある蝉の鳴き声にしか皆には聞こえていなかった。勿論、別れた父親からも何度もリン・リンと電話が鳴るので、母親以外の近くにいる子供が電話を取るハウスルールが出来上がる。「葉子いるか――」って言われるが常であったので、母親は、見られてもいないのにベランダに逃げ込み、

例の顔でしゃがんでセブンスターを一本「ふっー」と吹かし、ため息を付く。ちらっと横顔を観たことがあるが、苦虫を噛んだ様な顔をしていたが、その頃の苦虫と言えば、よく灼熱のアスファルトで裏向いて転がっていた。居るけどいないって言う「居留守」って事だが、

この時、杏南はその意味を自然と占えた。杏南たちは、電話の鳴る音が嫌で嫌でしょうがなく、着信音に過敏に反応していた。それが原因で引っ越して早々に蓮歌と喧嘩になったのだ。志季に貸していた、あの『ト術―』を勝手に読んでいたのを発見した時は、つかみ合いになり、そのまま「払い越し」の状態で蓮歌の左肘を骨折させてしまう。今思えば本当に申し訳無く思うが、あれから蓮歌は、泣いた状態の杏南とは、喧嘩しなくて済む様になる。だから、杏南たちの唯一気が休まる時間は、電話を出なくて良い「風呂・トイレ・寝る」この三種の仁義。お気に入りの場所でもあり、誰にも邪魔されない安全地帯だ。でも、四畳半の子供部屋の席順は、何故か電話に近い「払い殺しの杏南」になり、ほぼほぼ杏南の担当になるのも当時は、むず痒ゆかった。


―リリリリリリンッ――

―ッン――


直ぐに電話が切れる――。杏南たちの住む所は、市営団地の五階建て。五階に住んでる方は、毎回五階まで階段を昇るしか道は、無い。杏南たちはと言うと、三階目だから上からを降りたり、一階から上がって来る人もいたりする訳だから、挟まれないように通称「パックマン」だけは、避けなければならない。その呼び鈴が切れた後は、あの合図だ。こちら側は、鍵を空けスタンバイ。おっちゃんは、正面からは、決して入らない。彼は、向かいの棟のベランダ側から、杏南たちから見える向こう正面。自棟の自転車置き場との間、一メートルから燕の様に低く入り込み、若草を掴む思いで杏南たちの待つ三階を目指す。

勿論、HKー81を被りながら、襟足は自然と燕の尾みたいに羽ばたく。そして、ドアノブを「スチャ」と開ける。そこらへんの「ガチャ」とは、全く別物で帰宅後は、何故かいつも夕立が降る。

『ト術~』曰く、観測天気(天気のことわざ)の一つで、天気が悪くなる前には必ず湿度が高くなる。これは、燕の餌である昆虫の羽根が水分で重くなって低く飛ぶようになり、それを餌とする燕も低空を飛ぶと言う。それを称え、おっちゃんは、通称「おおちゃん」と呼ぶ事となったか否か、もっと大事な別の意味もある。そうでもしないと、近くの我こそはおっちゃん達が一斉に杏南たちに振り向く訳だ。だから、おっちゃんの「お」にもう一つ、「お」を付け足して「おおちゃん」って呼ぶ事となり成り始める。あの時はそれが普通の事であり、あの時代では画期的ではあったのだ。あの頃、どんな母子家庭に比べれば、おおちゃんの存在は革命であり燕的に潜り込んでは、活動を習慣的に行っていた。同じでは無いが、有名な革命家では「チェ・ゲバラ」がいる。「チェ」は、主にアルゼンチンやウルグアイ、パラグアイで使われている方言である。

「やぁ――」「おい」「ダチ――(親しみを込めた)」呼び掛けの言葉がこれに当たるかもしれない。


―【春雨降る朝】―


何事もなかった様な毎日は、シトシトと過ぎて行く――。


それは、ある雨降る集団登校から始まった。上級生を先頭に、傘をさして下級生と最後尾は、また上級生と一緒に列を組む。その日は、楽しみにしていたスポーツ教室が始まる日だが生憎の雨である。するとそれは、隣の五棟を過ぎる頃に始まった。一つ下のえーたんが急に「あっ! ランドセル忘れた――」と言って、いつもの集団登校から外れる。えーたんには『ト術~』をしつこい位、貸してほしいと言われ、貸したが次の日すぐに返された苦い記憶がある。そんなえーたんのTシャツの首回りは、いつも噛んで歩く癖があるので、伸びてビショビショでダルダルだ。いつも雨蛙の様な風貌で雨が降っている今日は、もっとダルダルダルだ。 すると、杏南と同じ年で隣の五棟に住んでいる、ゆで卵の肌をした中村さんが後ろにいた。中村さんは、杏南が貸した『ト術~』をまだ返しては、くれていない。そんな登校してくる中村さんを横目にえーたんは、首回りのTシャツを噛みながら、一人登校の中村さんをじーっと見ている。


―カチッ――

―カチッ――


と鳴らしながら見違える様に美しく歩く少女は、まるで傘をさしながらランウェイを歩くモデルだ。杏南が知っているいつものダサイ中村さんとは、何かが違う。そして、えーたんが中村さんを見てもう一度振り返り、一旦立ち止まる。いつもと違う中村さんが、いつもと違う新品のサッカースパイクを履いて登校していたのだ。

アンナたちは、集団登校の為に一列えーたんを待っている。そして、中村さんは、杏南たちの列を追い越して行く。それも固定スパイクではなく、ポイントと呼ばれる先っぽがアルミ素材の入ったスパイクで――。それは、野球部みたいにカチャカチャ言わせて、ニ学期に向けてキャットウォークをしているみたいだった。ちなみに中村さんは「スポ教(スポーツ教室)」女子サッカーの公式試合には、一度も出たこともなく、顧問が終了間際に気を使って時間稼ぎの交代要員で呼ばれたが、中村さんは断っていた。これもすごく大人に見えた。でも、将来ひと皮むけば、いつか輝くだろうとその時は、思っただけだったのに――。何であんな事になるなんて、誰も想像していなかった。

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