私のウッドペッカー

 2月の美術室は、放課後になると日が傾いて紅い夕陽の光が射し込んで来る。本当はカーテンを閉めて光を入れてはいけないのだけれども、この部屋の唯一の主は、それに構わず紅く染まった部屋の中でキャンパスに向かっている。逆光でシルエットしか見えない彼は、今日も変わらず鳥を描いているのだろう。

「相変わらず陰気な雰囲気全開ですね。先輩もイジメられますよ。」

 と、私が声を掛けても一瞥するだけで、またキャンパスに向かう。

「先輩ではない。同じ学年だろ?」

 と、先輩は筆を動かしながら喋った。同じ学年どころか同じクラスなんだけど、クラスには顔を見せない先輩はそれを知らない。

 私は先輩に近づいて描いているモノを見る。やっぱり今日も鳥葬の絵だ。死体を啄む鳥達を事細かに描かれたデッサンの上に絵の具をのせている。

 私はそれに手を伸ばす。手首に付いた数本の赤い筋が先輩の目の前に晒される。

「先輩はいつも鳥の絵を書いていますね。他のモチーフは描かないんですか?」

「僕は鳥に成りたいんだ。だから、他のモチーフには興味ないかな。」

 淡々と筆を動かす先輩。傷だらけのその手からは考えられない程の繊細な手付きで、私はいつも見惚れてしまう。

 手持ち無沙汰な私はカバンから教科書を取り出して、勉強するフリをする。

「もうすぐ期末テストなんですけど、先輩は勉強してますか?」

「勉強しているように見えるのか?」

「全然。」

「まぁ、そういう事だ。」

「嫌ですよ、私は。先輩が後輩になるなんて。」

「そこは心配されてもな。まぁ大丈夫だよ。2度目だからな。赤点取るようなほど悪くはない。」

 羨ましいな。私は一刻も早く卒業したいから、勉強は真面目にやっている。

 日が少しづつ傾いて、部屋の光が紅から黒へと変わっていく。逆光が無くなり、シルエットから徐々に先輩の顔が浮かび上がる。頬に切り傷の付いたその顔が。

 私はそれに見惚れる。自然と身体が先輩へと近づいていく。

「触るなよ。」

 と言った先輩の手は止まっていて、私は先輩の頬の傷に触れた。赤子を撫でるようにその傷をなぞる。

「お前も刺されたいのか?」

 と、先輩は言った。私は構わず傷を撫で続けながら


「先輩になら刺されて良いよ。」

 

 そして、美術室は無言に満たされた。私は構わず先輩に触れていて、先輩はムスッとした表情でそれをやり過ごしている。

 先輩が私に振り返る。

「お前を刺したいとは思っていないよ。」

 と、泣きそうな笑顔で私に言った。それでも先輩の親指が私の腹を刺していて、それがとても痛くて、今にも皮膚を引き裂いて内臓を突き刺そうとしているようで、とても愛おしく感じました。

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ビターバイオレンス・モラトリアム あきかん @Gomibako

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