『花弁は散りて孤独』

小田舵木

『花弁は散りて孤独』

 俺達は4人チームだったはずなのだが。

 いつの間にか離れ離れだ。

 仕方がないのかも知れない。

 大学で知り合った4人の集まり。なんとはなしに友人になった俺達。

 時の流れというものは残酷で。

 俺は転勤しちまった。後は大阪に居るらしいが―各々おのおの忙しいらしく。


 社会人になると、友人云々うんぬんというのは出来にくい。

 出会う人間、出会う人間、何らかの立場や所属先があるからだ。

 ガキの頃は話せば友人、なんて呑気のんきな事を言ってられたが。

 ここのところは難しい。

 初対面の人間と話を始めれば仕事の話になり。

 そこには打算なんかも働いて。

 個人として個人に知り合う機会はなくなった。

 そこに俺は一抹いちまつの寂しさを感じながら、今日も佐賀なんぞで働いて。

 

                  ◆

 

 佐賀という街は―言っちゃなんだが典型的な日本の地方都市で。

 電車の駅と大型ショッピングセンターだけが人を寄せ集める誘蛾灯ゆうがとうのようなモノで。

 

 この街で半年過ごしてみろ。

 それだけでこの街が嫌いになれる。

 生まれ育てば感覚は違うのだろうが、俺にとっては知らない街も同然で。

 

 仕事をしちゃあ家に帰る毎日。

 そこには確かな孤独がある。

 …友人を作れって?さっき言った話に戻る訳だ。

 胸襟きょうきん開いて話せる相手など居やしない。

 

 場所を言い訳にしてるのかも知れないな。

 だがしかし。言い訳したくもならないか?

 他人の都合で飛ばされてきた佐賀だ。

 俺がこのんで、ここを選んだ訳じゃないのだ。

 

常木つねき…お前、独身だろう?佐賀、頼めないか?」上司は言い。

「断れる話じゃないでしょう?」この場合、蹴った俺は出世コースから外れる。

「…よく考えろ」

「行きますよ」


 かくして。

 九州北西部。日本を代表するかも知れないクソ田舎に俺は転勤を喰らい。

 今日も今日とて、片田舎を車で飛ばしながら働いているわけだが。

 いい加減。

 特にやりがいのある仕事をしている訳でもなく。

 人員不足気味ぎみの事業所。正直たたんでくれた方がスッキリする事業所で俺はやらなくてもいい仕事にまで手を出して。

 ストレスをめている訳だ。

 寿命を切り売りするサラリーマンって感じが最高にするぜ?

 

                 ◆


 たまには―大阪に帰ったりもする。

 いや、偶に、ではない。

 休暇が出来た瞬間、俺は九州新幹線に乗り。

 一路いちろ、新大阪に飛び立つ。

 

 新大阪のホームの人の雑踏に身を置く度に、心がガサつくのを感じる。妙に孤独が際立つのだ。

 

                 ◆


「おかえり」なんて言われて。

「帰ったぜ」俺はジョッキ片手にそう言って。

「集まんねえか」俺は信岡のぶおかくんにそう言う。

「言うて君の仕事、不定休ぎんねん」

「…しゃあねえべ、飲食相手の仕事だもんよ」俺は調味料ちょうみりょう会社づとめで。相手が客商売している関係で休みは不定なのだ。

「僕はこういう仕事やから…捕まるけどなあ」彼はフリーランスの便利屋である。

「ありがたいこっちゃ」

「せや。感謝せい」


正木まさき橋本はしもとくんは?」

「あいつらリーマンやで?木曜に捕まるかいな」

「ですよねえ」

「君はええ加減かげん人の都合つごう考えな」

「…それ言われると痛いわ。心が」

「済まん済まん。で?佐賀はどないなん?」

「言うほどトピックないすわ」

「あったらびっくりするほど田舎やもんな?」

「それでも客商売の需要はある不思議」

む位しか娯楽ないからちゃう?」

「それは言えてる」


「…あのさあ。常木つねきくん」

「はいよお」何か嫌な予感はし。

「俺さ、結婚すんねん」

「おめでとさん」これは予測のついていた話であり。

「ありがとさん。んでな。これからは捕まる事もなくなるかもやで?」

「…ですよねえ。彼女さん…っていうか奥さん大事にしてやって下さいよ」

「せやな。ええ加減。

「かもねえ」

「分かってへん返事すな」

「だってよお。社会人になってから友達なんか出来ねえって」なんて俺は甘えた事を言い。

「そんなもんやが―ま、上手くやんなさいよ」

「善処はするが―上手くやる自信はない」

 

                  ◆


 明日は早朝から現場、という信岡のぶおかくんと解散。

 22:00。まだ夜と休暇は始まったばかり。

 この梅田うめだ

 独りになると急にわびしさが増すのは何故だろうか?


 結果。

 俺は昔馴染なじみの立ち飲み屋でジョッキ片手に独り酒…

 大阪駅前の4つビルが並んだあの地下街の一店であり。

 そこには色々いろいろ思い出があった。俺達4人組の思い出が。

 信岡のぶおかくん、正木まさき橋本はしもとくん…俺。

 この4人は何かの講義で集まったたちで。

 なんとはなしにノートの融通をし合っているウチに仲良くなった。

 本来は4人が4人性格が違って。本来なら友達になってはいなかったはずの4人だ。

 

「…やっぱ居る」その声は。

正木まさき」俺は嬉しそうな声を出していたに違いない。

「今日は会社の飲み会でな…二次会ことわって来てやった」

「連絡しとけよお」メッセあるじゃん。

「行けるか分からんかったし…期待さすのもなんだかね」

「なんにせよ、会えて嬉しいぜ?」

「少しだけ付き合うよ」

「悪いな、明日仕事なのに」

「ま。話したいこともあるしね」

「…展開が読めた」

「お察しの通りかも」

「悪いね」

「良いんだよ」

「全然嬉しそうじゃないじゃん」正木は苦笑いしながら言って。

「これで二人目だからな」

のぶさんの結婚か」

「知ってたん?」

「なんとはなしに予想ついてたじゃん?」

「まあね」 


「…俺達も大人ってヤツになる頃合いじゃないか?」正木はジョッキを傾けながら言い。

「…二十も後半。いい加減ってのは言えてるが」

常木つねきは―俺達以外いがいに友達作んないよな?」

「…俺にとっちゃ最初で最後の友人かも分からん」というのは、俺は高校までは引きこもりだったからだ。大学でも2回生までぼっち上等で暮らしていた。

「もっと心を開くべきだ」正木は俺の目を覗き込みながら言って。

「…難しい」これは掛け値ナシにそう思っていることで。

「簡単…ではないが。常木が心を開けば。誰かは理解してくれるぜ?」

「正木ィ…お前らだけだってぇ」なんて甘ったれたところで。

「頑張んなよ。っと終電だ。先に帰るぜ?」

「んお。じゃ彼女とお幸せに」

「嫌味くさい」正木は苦笑いしていて。

 

                   ◆

 御堂筋みどうすじ線で千里中央せんりちゅうおう方向に一駅。

 新大阪の淀川よどがわ沿いに俺の定宿じょうやどがあり。

 そこに千鳥足ちどりあしでチェックインし、ベットだけで一杯になる部屋に入り。

 コンビニで買っちまったハイボール片手にテレビの深夜番組を観る。

 久しぶりに関西ローカルな番組を見ながら就寝する休暇1日目。

 孤独の始まりの1日目に思えるのは―まあ、2人が新しいライフステージを歩み始めたからか。


 …俺はどんどん独りになっていく。

 

                   ◆

 

 金曜日は始まった。

 二日酔いの頭痛と共に。

 チェックアウトがないから良いものの、俺は12時近くまで寝てたらしい。

 普段の疲れが休暇に出るタイプなのに、こういう遠出をするから余計にキツくなる。

 ユニットバスのバスタブに湯をはって。

 俺はそこに体を浸して。湯のぬくもりが俺を包み込みはすれど。

 ぬぐ

  

                   ◆

 

 金曜日の午後の梅田うめだは妙にウキウキした雰囲気に包まれている。

 それが今の孤独な俺に突き刺さる。

 お前は孤独で行き先はない、そう告げられているような気がして。

 

 逃げる俺が行く先は堂島どうじまの大型書店。

 そこには多くの孤独な頃の思い出があり。

 林立する書棚の間を迷えば、多くの孤独な作者がおり。

 

 …なんてしている内に夕方の17時を迎え。

 橋本はしもとくんとの待ち合わせの店に向かう。

 

                   ◆


 

「よ、孤独人こどくじん

「おうとも友よ」向かい合うは居酒屋。

「2人にって?」なんてからかう橋本くん。話が早いぜ?

「付き合ってた訳でもねえし、俺のセクシャリティはノーマルだっつう」

でかい?」

「はっはっは」笑うしかねえ。

「お前も28だ。彼女の1人くらい作りなさいよ」

「…俺がもと引きこもりなの忘れてね?」

「言い訳すんなよ」

「言い訳もしたくならあ」

「そんな事したってお前のポンコツっぷりが際立つだけだって」

「そういうアンタはどうなのよ?」問いたくなるね。

「ノー彼女、でもお前みたいに孤独じゃない」

「…俺だけかい?寂しんぼうは?」もしかして?

「かもねえ」

「ひでえ。泣けてくるぜ?」

「…

「そう言わず」

鬱陶うっとうしいぜ?」

「…薄々かっちゃいたが」

「お前も自立する時なのよ、常木つねき

「お前は俺の親かよ」

「そうじゃないが。弟みたいなもん」歳は1つ離れてる。

「そう言ってくれるのは嬉しいが」

「…ライオンかよ、アンタは」

「その心ではあるね」

 

「なあ。ライオンよ」俺は橋本はしもとくんに問う。

「がおお」

「俺はどうしたら良いっすかね?」

 

「多分、みんな言った事だけど。

「散々だ」

「これくらいは言ってやるのが友と言うやつよ」

 

                     ◆


 かくして。

 俺の再会行脚さいかいあんぎゃは―事実を告げられる旅になりにけり。

 いやあ。28になって情けなくはある。

 

 時刻は22:00。まだよいの口であり。

 花金はなきんという死語な金曜日は浮かれたおしている。

 俺の心とは裏腹に。


 街の様相ようそう、それをどうとらえるか?

 これは案外に心に依存している…なんて思いながら。

 俺は街を彷徨さまよって。孤独を噛み締めて。

 自分の心の閉じ具合を再確認して。

 

 ああ。このまま帰ってしまおうか?

 そう思わないでもないが。

 か。

 。 

 そんなモノを見たくないから、大阪まで逃げて来たというのに。

 

 時は進むのだ。俺を取り残して。

 大学生の時で時間が止まっちまっているのは俺だけだ。

 正木まさき信岡のぶおかくんも橋本はしもとくんも…自分なりに世界に折り合いをつけて居るじゃないか。

 なのに俺は―

 

                ◆


 休暇の最終日に独り大学のキャンパスを訪れる俺。

 何でだろうか?社会人になってからは寄り付きもしなかったキャンパスなのにさ。

 

 …何かの区切りをつけたいのか?

 

 多分、そうなんだとは思うが。

 ここに来てしまったは良いものの、特にやるべき事はなく。

 垣間かいま見えるは過去の思い出ばかりで。

 

 …俺は過去に生きているのかも。そう思う。


 今の状況から目をらして。

 そういう生き方は生産的じゃないよなあ、と思いながら歩くキャンパスは昔よりも狭く感じられて。


 

                   ◆


 大学の近くの川原沿いに桜が咲いていて。

 昔はここでよく花見をしたもんだ。

 俺達は貧乏な割に酒を呑みたがる阿呆どもで。

 よく缶ビール片手にここに居たっけな。


 そんな事を思うと無性にビールがみたくなって。

 俺はコンビニで酒を買い。


 川原に等間隔に置かれたベンチに座って一人酒。

 昔はこのベンチにも仕切りのようなモノはついてなかったが。

 これも時の流れかね、そう思う。

 

 

 桜の樹に咲いた花は舞い散って。集まった花弁は数を減らしていく。

 その様にはメタファー暗喩があるが、数だけはあってなくて。桜の花びらは5枚。俺達は4人。

 こういう上手くいかなさも俺なのかね、と思わないでもなく。


 新しい季節が来ているのに。俺だけは進まない。

 そう思う花見は孤独に終わっていく。

 

                    ◆


 

 新幹線から降り立てば。

 博多の駅は―相変わらずの人混みで。

 少し新大阪を思わせど、やはり人の数は少ない。

 そこにも孤独はあり。


 俺は今回の旅で―いい加減に独り立ちせよ、と知らされて。

 ああ、やっぱりなあ、と思いはしたが、納得は出来なくて。

 

 それでもなお。遠くにありて友を思うしかないのか。

 そして、、と思い。

 桜が散り始めた九州で今日も独り生きている。


                    ◆

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『花弁は散りて孤独』 小田舵木 @odakajiki

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