若旦那様は頭がおかしい

@narumihotaru

若旦那様は頭がおかしい


 私はとある貴族様のお屋敷にてメイドとして御奉公させていただいて、主な担当は御当主のご子息様である若旦那様の身の回りのことをお世話させていただいてます。

 ただ、その若旦那様はちょっと……いや、相当に変わっていらっしゃる。もう、本当に。


 今日もその若旦那様に「ちょっと屋敷の外に一緒に出掛けない?」と誘われたのだが


 「なぁ、アリス。僕がプレゼントしたアレはきちんと身に着けて来たかい?」


 そんな若旦那様の言葉に私の頬は少し熱を帯びる。つい先日、若旦那様は私に贈り物をしてくれた。包装された箱を受け取るときは心がときめいたものでした。そして包装された箱の中身を見たときの絶望感、もうあの時のときめきを返せと怒りが込み上げてきました。


 その時の怒りを再燃させながら黙っていれば、若旦那様が困ったようにまた尋ねてきます。


 「なぁ、アリス。お願いした通りに僕が贈った白いレースのパンツは穿いてきてくれたかい?あれをきちんと身に着けてきてくれないと困っちゃうんだけどな……」


 そんなことをいう若旦那様を私はキッと睨み付けながら


 「そんなに私がその下着を身に着けているか気になるならご自身の目でご確認されれば良いじゃないですか!勿論、後ほど御当主様に報告はさせていただきますけど!」


 私が不機嫌そうに返答すると若旦那様は申し訳なさそうに


 「ごめんごめん!大丈夫、アリスを信じるよ!いやらしい気持ちであれを贈ったわけじゃないんだ!ちょっと実験に付き合ってほしくて。後で別に報酬も渡すからさ」


 そんなことを仰る。報酬という言葉にも惹かれたが、私は目の前のさらさらとした黒髪に整った顔立ちで人の良さそうな若旦那様の笑顔に弱いのだ。


 「はぁ、わかりました。それで私は何をすれば良いのですか?こんな屋敷の外の野原に連れてきて」


 私に下着を贈り、身に着けさせて、屋敷の外に連れ出す。もしかしていやらしいことをされちゃうのかもと少し覚悟をしてきたら


 「うん。それじゃ、この棍棒を持ってね、そしてモンスターと戦ってほしいんだ」


 護身用に持ってきたと思われる棍棒を私に差し出しながら若旦那様は笑顔でそんなことを仰っしゃられた。


 「私のような細腕のか弱いメイドにこんなものを持たせて凶悪なモンスターと戦わせようなんて……若旦那様は何を考えていらっしゃるんですか?万が一にも何かあったらどう責任をとっていただけるんですか?」


 私が困惑しながらも棍棒を受け取り、考え直していただこうと申し上げたのですが


 「大丈夫、大丈夫。僕の思ったとおりなら危ないことは何もないから」


 「もう、わかりました。やってみますから」


 私は諦めてため息を吐いた。そうして二人でトボトボと歩いていたらぴょこんと草陰からスライムがあらわれた!


 「若旦那様、スライムがあらわれました!」


 「よし!アリス、いけ!」


 「もう!知りませんからね!」


 私がやけになって棍棒をスライムに上から振りかぶったら


 ゴオォォォォォォォン!!


 という凄い音と、棍棒が当たったと同時にパチンと弾けるスライムの音が鳴り大地にはスライムの影も形も無くなっていた。え、ナニコレ?


 「え、え?スライムってこんなに弱いんですか?」


 冒険者の人達が依頼を受けて討伐するという話は聞いていたのですが

こんなに簡単なの?と、私が戸惑っていたら若旦那様は嬉しそうに笑っている。


 「うん、確かにスライムは最弱なんだけどね。よし、実験は成功だ!アリス、この調子でいってみよう」


 「は、はい」


 私は調子にのってスライムを簡単にプチンプチンと潰していく、もしかして私はメイドより冒険者の方が天職なのでは?と思いながら若旦那様と歩いていたら、若旦那様は私をジッと見つめたあとに


 「そろそろ良いかな?アリス、最後にちょっと……」


 そう言って若旦那様に連れて行かれたのは


 「無理です!」


 「大丈夫だから!今のアリスはレベル3だから!後ろから近づいて一発殴れば一撃さ!」


 岩陰から私達が覗いているのはゴブリンだった。ゴブリンって!うら若き女のコがあんなことやこんなことをされてしまうという噂のモンスターでは!?まさか若旦那様は私がゴブリンにあんなことやこんなことをされているところを見たいだけでは!?


 「やっぱり若旦那様は、変態なんですねっ」


 「なんでさ!?本当に大丈夫だから、俺を信じて」


 若旦那様はそう言って、私の目を見詰めながら、私の両手をご自分の両手で覆い被せるようにギュッと握る。もう、こ、こんなところで……


 「わ、わかりました。だから、はなしてください……」


 「あぁ、ごめん」


 そう言って若旦那様は手を簡単にはなす。もう、若旦那様は女心がまったくわかってないです!


 「はぁ、それじゃ、いきますよ」


 観念した私はこちらを見ていないゴブリンに向かってスカートを靡かせながら走り出して、手にした棍棒を振りかぶる。


 ゴォォォォォォォォォッ!!カキィーン!!!


 「おっ!渾身の一撃が出た!」


 私が振り抜いた棍棒はゴブリンを吹き飛ばして数回バウンドした後にグッタリと横たわった。た、倒したのかな?


 「や、やりました。若旦那様!」


 「ははっ、お疲れ、アリス」


 そう言いながら若旦那様が近づいて来たときに、私のスカートの中から何かがヒラリと舞い落ちた。


 若旦那様はそれをさっと拾い上げ、広げながらジッと見つめる。


 「あー、丁度、耐久度がゼロになっちゃったか、仕方ない。でも実験は大成功だ!ありがとう!アリス。代わりのパンツもあるから安心してね!」


 ものすごい良い笑顔で私がさっきまで穿いていた破れた白いパンツを両手で広げる若旦那様。私は無表情で片手は中がスースーするスカートを押さえながら、そんな若旦那様に棍棒を振りかざしたのだ。


 ★★★★★★★★★★★★★★


 

 「あぁ、酷い目にあった」


 怒ったアリスに棍棒でぶん殴られて、もうお嫁に行けないと泣かれ、若旦那様に必ず責任をとってもらいますと凄まれ、俺は土下座して許しを請うた。


 「責任かぁ、俺はアリスに慰謝料とか請求されるのだろうか?ガクブル」


 俺はそんなことを考えつつも実験に成功したことに浮かれていた。やっぱりここは『ホッジオッジ オブ イディオッズ』の世界なんだと確信できたのだ。


 「まさか、子どもの頃に遊んだあの変態バカゲーの世界に転生するとはね……」


 そう、俺こと『ヨウスケ』は何故かゲームの世界に転生した、よりによって頭悪い人達が酔っ払いながら悪ふざけで作ったんじゃないかという噂がある伝説のバカゲー『ホッジオッジ オブ イディオッズ』に。このゲームがいかに馬鹿なゲームかと言えば、自由度が高いといえば聞こえが良いが


 「例えばこれとか……」


 俺が自分の部屋のゴミ箱を漁ると


 【ほとばしる情熱(パッション)】を手に入れた!と頭の中に思い浮かぶ。


 そう、かつてのゲームでもゴミ箱を漁ると手に入ったアイテムだ。ゲーム内の説明欄には


 【ほとばしる情熱】

 錬金術の触媒になる。時間が経つと劣化する。


 としか書いてなかったが、何故かこれを持っていると女キャラの好感度が下がるという不思議アイテムだった。子どもの頃の俺は深く考えていなかったが、これは……


 「昨日、俺が自家発電した後のティッシュの塊だもんなぁ……」


 レーティングに引っ掛からないように直接の表現はしないが、今考えたら、もうギリギリのアイテムとかイベントがいっぱいあった気がする。


 そう、俺がなんで冒険の初期に仲間に加入する【メイドのアリス】にパンツを穿かせ、モンスターと戦わせたかといえば


 「武器や防具よりパンツの方が種類が5倍多いし、パンツの方が能力値の上昇が高く、更に上級なパンツなら特殊能力も付与されるなんて……やっぱりバカゲーだよなぁ」


 苦笑いする。このゲームでは真面目にレベル上げするよりも、強い武器や防具を身につけるよりも、結局のところパンツなのだ。何故、ここまでパンツが優遇されているか不思議だったが、ゲームの開発者の一人がリアルで下着泥棒をして捕まり、ニュースで例の警察官が体育館の床に証拠のパンツが等間隔に並べられている場面を見たときに納得させられた記憶がある。開発者の性癖だったんだから仕方なかったんだって。


 「アリスが身に着けていた破れたパンツは怒ったアリスに没収されちゃったけど」


 俺はアリスが身に着けていたパンツと同種類の新品の白いパンツを広げてジッと見つめて鑑定する。


 【戦乙女の純白レースパンティ】

 美しく勇敢な戦乙女が戦場に赴く際に身に着けていたという伝説の下着、たとえ戦に敗北し、「くっ、ころ」になって衣服を破かれ、下着姿にされた時もその清純をしめす純白は大切な何かを失う最後まで輝き続けるに違いない。

 

 攻撃力+55

 防御力+55

 素早さ+55

 耐久度100(未使用品)


 「うん、解説は相変わらず頭悪いな。でもこのステータス上昇は侮れないんだよなぁ。街で高い金出して買っただけの効果はあったな」


 だって、アリスが持ってた棍棒は攻撃力がたったの5しかプラスされない武器なのにパンツを身に着けるだけでレベル1だったアリスがモンスターに楽勝できるんだからな。


 俺は白いパンツをびょんびょんと伸ばしながら惜しいことをしたと考える。武器や防具には耐久度があって、もちろんパンツにもそれは存在する。しかし、パンツには隠された秘密があるのだ。


 「女物の下着は基本的には女キャラしか装備できない、でもこのゲームでは……」


 女キャラがパンツを装備してしばらくすると(未使用品)から(使用済)にアイテムが変化するのだ。そうすると何故か男キャラも装備できて、しかも未使用品の時よりパワーアップしているという頭おかしい設定があったのだ。


 「次にアリスが穿いたパンツはなんとかして譲ってもらえないかなぁ」


 運良くもらえたとしてもどう身に着けるのかわからない、俺じゃ穿けないだろうし……頭に被るしかないかな?


 「まだまだ実験は必要だなぁ」


 俺は今現在、十六歳だ。ゲームの通りなら十八歳に屋敷から追放される。ゲーム通りならそこから苦労することになるのだが、追放されるとわかっているのなら今から準備をしておけばそうとう楽ができるという寸法だ。


 「普通のゲームなら戦闘職を選ぶのがセオリーなんだろうな、でもこれは伝説のバカゲー。まっとうな職業じゃ先々、行き詰まるんだよね」


 そうはっきり言ってこのゲームでは生産職が後々は輝く。パンツは言うまでもなく、武器や防具も真っ当ではないどう考えても武器じゃないだろう?ってアイテムが強かったりするので


 「生産職を目指すしかないかなぁ、手始めにはやっぱりパンツだよなぁ。初期投資が少なく、メリットが大き過ぎる」


 俺はこれからパンツ職人になることを誓った。アリスやこれから仲間になるであろう女キャラの下着を自ら作り、この世界がゲームと同様なら必ず発生するイベント、『来たるべき災悪』を迎え撃つべく己の力を蓄えなくてはならないのだ。


 「それはさておき、ノーパンで恥ずかしそうにスカートを押さえながら帰宅するときのアリスは可愛かったな……」


 長い銀髪に赤い瞳を持つ整った顔立ち、細身の割に主張の激しい胸部、細く長い脚、ゲームの中でも人気ヒロインの一人だ。そんなアリスのことを思い浮かべながら……

 

 『ヨウスケは【ほとばしる情熱】を生産した!』


 そんなアナウンスが頭の中に流れた。


 

 

 

 

 

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