epilogue tomorrow never dies
「おぉー……すっげぇ盛り上がってるじゃーん……! こりゃあ気合い入れてブチ上げていかないとねぇ!」
舞台袖から客席の方を覗いてみたら、ぎゅぎゅっと人が集まって密集していた。満席だし、その周りにも人だかりがいくつも出来ていた。一応何かあった時用の通路はあけてもらっているが、それでもすごい人だ。
みんな、同様に希望と期待に目を光らせている。これからステージに出て行くメグルたちを待っているのだ。
久々の野外。特製のステージを、街の真ん中の広場に作ってもらっていた。それも今は夜なので、星が煌めく中、ライトに照らされて音楽を掻き鳴らせる。こっちも一つの星になったような気分だった。
こうやってまたライブが出来て、それを待ってくれている人たちがこんなにいる。その喜びはいつもいつでも無尽蔵だ。もうどこでだって、思う存分ライブができるのだ。
ハイバルト国の地下にあったあの大きな結界の魔石の効果は、メグルたちの音の力で世界中まで余すことなく届いたようだ。魔物たちは完全に消滅した。そのおかげで分断されていた村や町同士が繋がり、人々の交流も増えているようだ。もう今の暮らしを失う心配はしなくていい。この世界は更に発展していくだろう。
あの結界の魔石の力がいつまで続くかは想像もつかないけれど、カプリラの時間を操る能力にメグルたちの力を増幅させる効果も乗っかっている。永遠とはいかないにしても、それに近いくらいは存分に役割を果たしてくれるのではないだろうか。仮に何かあったとしても、自分たちがまた何とかしてみせる。メグルは細かいことは気にせずどんと構えることにしていた。
「はぁー……もうやっばい緊張してきたわ……。こういう時落ち着けるおまじないとか誰か知らないの?」
「手のひらに指で三回渦を巻いて飲み込むとリラックスするらしいぞ。というか、今更緊張か。エナらしくないな。ここよりデカいところでやっただろ」
「私は緊張しいなのっ。いっつも生きた心地がしないんだったら。えーと、渦を三回巻いて……ありがと、コーヴェ」
隣にいるエナとコーヴェは、もう準備万端なようだ。仲良く話している二人を見ていると、メグルはいつも胸にじわっと熱いものが込み上げて行くのを感じる。こんな突拍子もない奴を信じてついてきてくれた、かけがえのない大切な仲間。今楽しそうにしてくれていて本当によかった。
「エナ、コーヴェ。……ありがとね。バカなあたしにここまで付いてきてくれて。感謝しても仕切れないよ。マジ感謝オブ感謝」
「な、何よいきなり……気持ち悪っ」
「おい、いきなりひっつくな。そういうキャラだったか、メグルお前」
「えー……思ったより塩対応……?」
ぎゅっと両腕でそれぞれ二人を抱きしめたら、微妙な反応を返された。しょげているメグルの背中を、二人が優しく叩いてくれる。
「……私だって感謝してるわ。色々燻っていた頃から、こんなところに立てるようになったんだから。今が一番楽しいわ。コーヴェだってそうでしょ?」
「ああ、隠れて過ごしていた時からは考えられないよ。改めて礼を言うよ、メグル。私も今が一番楽しい」
「おぉー……何か二人っぽくない素直さ……」
「ちょっと何その反応。あんたこそ塩対応じゃない」
エナにぎゅっとほっぺたを軽くつねられて、メグルはにやにやと笑ってしまう。向こうには気味悪がられたが、こんなじゃれあいも楽しいひとときだ。
「これからきっと、もっと忙しくなるからさ。感謝はいつでも伝えとかないと。……ベースとドラムも、そろそろ作るアテを見つけないといけないしね」
「ベースとドラムを? でも私たちはもう持ってるだろ?」
「いやほら、これ自体も未来のあたしたちからの贈り物だから……みたいな?」
「何わけわかんないこと言ってんのよ」
エナたちには怪訝そうな顔をされてしまったが、ベースとドラムはおそらく未来の自分達がくれたものだろうとメグルは思っていた。あの時、青い世界に迷い込んで手に入れたもの。あの時も確かカプリラは歌っていたから、時間軸が入り混じったのだ。
そしてそのことを知っていた未来の自分達が楽器を用意し、贈ってくれたのだろう。だからいずれそれを作る術を見つけ出さなければならないのだけれど、まあいい。何とかなるだろう。メグルは一から今の相棒であるギターを作り出した経験がある。未来はあるし、何とでもなる。それをこの世界と、仲間たちが教えてくれた。
「さ、話は後にして。そろそろ行くわよ。みんな待ってくれてるんだから。期待には応えないとね?」
「あ、ちょっと待って。……カプリラ、ちょっといい?」
「え? うん、いいけど……」
隣で深呼吸をしてコンディションを整えていたカプリラに声をかける。メグルは彼女の手を取り、別の場所に連れ出す。
「おーい、すぐ戻ってこいよ。お前たちが来たら、そのまま始めるからな!」
「了解! しゅばっと参上するから待ってて!」
「あ、メグル……? どこ行くの……?」
「いいとこ! 大丈夫! 損はさせないから!」
舞台袖から出て、人のいるところから離れた暗がり。メグルはカプリラと二人きりで向かい合う。少し緊張した面持ちで、彼女はもじもじとしている。
「それで、ど、どうしたの……?」
「あ、ごめんちょっと待って。雰囲気作り」
メグルはジャージのポケットから、小さな雷の魔石を取り出す。それを上に放り投げると、生音でギターを小さく鳴らした。
「わあ……」
弾けて散らばった雷の魔力が、瞬く星のように辺りを照らしてくれる。カプリラが惚けた顔で見上げてくれたので、こちらも嬉しくなった。
「急に連れ出してびっくりさせちゃったかな。この前の話の続き、したくて。……あたしの返事、待ってくれてたんだよね?」
「あ……う、うん……」
あの日、ハイバルトの城で処刑されそうになったメグルを、カプリラたちが助け出してくれた時。彼女に告白されたのだ。その返事を、今する。
「あの……ライブが終わった後でもいいんだよ? 私、まだ待てるから」
「ううん、あたしが待てないの。固まった気持ちは、今伝えないと」
そう言うとメグルはぎゅっとカプリラを抱き寄せ、屈む。そして優しくその唇に触れた。苦節三十年。これまでしたキスの中で一番不器用で、下手くそで、緊張したキスになった。
「メグル……?」
「えと……三十路の、職なし家なしギタリストでよければ。その……貰ってくれる?」
「うん……! 喜んで……!」
カプリラの顔がぱっと輝き、メグルを抱きしめ返してくれる。メグルも胸に込み上げる愛おしさを噛み締めながら、彼女の髪を撫でる。ちょっとツノがちくちく腕に刺さってきて痛かったが気にしない。その温もりを、もう絶対離したりしない。
「……でもいいの? メグルはこことは別の世界から来たんだよね。……戻ったり、しない?」
カプリラが心配そうな眼差しで見上げてきた。メグルはとびっきりの笑みを浮かべて、また彼女の髪を愛でた。
「大丈夫。ここにいるよ。だってまだまだみんなと、カプリラと。やりたい音楽いっぱいあるしね! ……ずっと一緒だよ、カプリラ」
メグルは言い切った。ずっと前から決めていたことだ。
この世界に来て、カプリラと、エナとコーヴェに出会えて。本当に良かったと思う。だから仲間たちと、恋人と。この世界で音楽で、人々を楽しませたいのだ。
「……さ、行こっか。今はみんな待ってるから」
「そうだね。……続きは、今夜。またね?」
「おぉ……カプリラ、結構大胆……?」
「そ、そうなの……?」
二人で今までにない距離感にぎこちなくなってしまった。ふと、真剣な眼差しになったカプリラがメグルの頬に手を添えてきた。
「……屈んで、メグル」
優しい声。これは、とメグルは察しがついて、その通り彼女に目線を合わせた。目を閉じる。唇に柔らかな彼女のそれが降り立つのを、ドギマギと待った。
「ちょっと! お時間ですわよ、おせーですわよ二人とも。お客様方がみんなテンションぶち上がりで待ってますのに何をちんたらしてるんですの!」
「わっ! メイベル……!」
ひょこっと突然現れたのは筋肉を開放していないちんまりとしたメイベルだった。そういえば彼女にはこのツアー中、ボディガードとして付き添ってもらっていた。世界を平和にした記念のツアーで、メグルたちは今まで行けなかった各地を巡っているのだ。
「おらおら、いちゃつくのは後にしてお行きなさいなお二人とも」
「うん、ありがとうメイベルさん。……メグル、また夜に」
メイベルに背中を押される最中、ふとカプリラがそう耳打ちしてきた。メグルの胸はまたエンジンが掛かったようにドギマギし始める。
「あ、戻った。早く行くわよ! みんな待ってるわ!」
「行くぞ。みんな準備はいいな?」
「うん、行こう! 今夜を最高の夜にしようね」
「よっしゃあっ! 行くぞ! ペッパー! キャンディー! ドローップス‼︎」
「マッスルイズパワー、ですわ!」
メグルの掛け声はいつものことながら外れて、メイベルに見送られ四人でステージに飛び出して行く。
地面を揺らすような歓声と、拍手が出迎えてくれる。この熱気を身に浴び、もう気持ちも絶好調だ。
メグルは盛り上がり続ける客席に向かい、笑いかける。そしてギターを見せつけるように振り上げると、更に大熱狂の渦が巻き起こった。
みんなで向かい合い、視線を合わせる。準備オーケーの眼差し。コーヴェがドラムの打音をいきなり叩き込むと、エナとメグルのベースとギターが一気にそれに乗っかって行く。
「Pepper Candy Dropsです! 一曲目、いきます!『Starlight』!」
そこにカプリラの歌が、一気に聴衆たちを惹きつける。最高のライブが、今夜も幕を開けた。
THE END
異世界バンド紀行〜30歳から始める異世界貧乏バンドツアー〜 青白 @aoshiro_yuri
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