思いがけないことがあるから、生きるって面白い

 みんなの興奮が少し落ち着いて、また本部撤収の作業に戻っていく。


 俺らは、未来の月宮に託されたものを、今の月宮に渡すために彼女の部屋に行った。

 最後にここに来たのいつだっけ? 最終ダンジョンにもぐる前か? 実質数日くらいなのに、すごく懐かしいな。


「未来のあんたから、これを預かってきた」


 渡された古い本、魔導書を月宮に差し出す。


「ご苦労様」


 短く応えた月宮が、魔導書の中をあらためる。

 パラパラとページをめくる彼女が、はっとした。

 何か、思いもよらないことが書かれていたのかな。


「そう……、一年……」


 つぶやく月宮が、すごく寂しそうに見えた。

 この人がこんな顔をするのって、美坂さん関係かな。


「そういえば美坂さんはあれから大丈夫なんですか?」


 異世界からのゲートを「壊した」美坂さんは気を失ってた。あれからどうなったんだろう。


「美坂は、意識は戻ったけれど左目を失明した。まだ体力も戻っていないから今は病院にいるわ」


 失明……。それほど大きな負荷がかかったんだな。


「あの子は大病を患っているんだという話はしたわね」


 うなずく。


「そんな体にあれは負担が大きすぎた。あの子の命は、あと一年ほどだと知らされたわ」

「それは、その魔導書に書かれてたんですか?」

「魔導書にメモが挟まっていた。……考えようによっては、一年も持つのね。あの子の残りの人生、少しでも充実させてあげないと」


 寂しそうだけど、月宮は笑みを浮かべた。


 強いな。

 俺は、自分が不老になれるのに大切な人があと一年しか生きられないって知ったら、そんなふうに笑えないと思う。自分の命の一部でも分けられたら、って思うだろうな。


 月宮も、思ってるかもしれないな。それでも、この人は不老になる道を選ぶんだろう。

 その強さは、見習いたい。


 彼女の部屋を辞して、俺は本部の隅っこへと向かった。

 亜里沙が、ついてくる。


「ミリーさん達の魂を、解放するんだね」

「あぁ。今度こそ、幸せになってほしい」


 魂の入った球体を取り出す。

 中の光は、元気に動き回っている。

 なんだか可愛く思えてくるな。


「ミリー、ウィリス、他の人達も、どうか元気で」


 俺は透明な球体を空に掲げ、軽く押し出した。

 球は空にふわりと浮かび上がり、上昇する。

 数十メートルくらいかのところで、球が弾けるように消えて、光が飛び去って行く。


 もしも生まれ変わった彼女達に関われるなら、俺にできるだけのことをしたい。

 その時にもし亜里沙がそばにいるなら、一緒に。


 彼女の手を握る。

 温かい手が、優しく握り返してくれた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 人類の危機を退けてから五年が経った。

 異能の元となった異世界とのつながりがなくなっても、異能者の力は残り続けた。あれほど大きな規模でないにしてもダンジョンはまだ残っていて、イクスペラーという職もまた残り続けている。


 今は大きな危機はないけれど、また魔物が攻め込んでくることもあるかもしれない。

 そういった事実はゆっくりと世間に公表され、今では地震や台風のような自然災害のように、いつ起こるか判らない危機として認識されている。


 俺はあの事件の後すぐに父の会社に就職した。もちろん諜報員としての活動のためだ。

 亜里沙は高校を卒業して、内閣調査室ダンジョン課に就職した。時々仕事で一緒になったりする。


 彼女との男女としての付き合いも順調だ。時々けんかもするけれど、別れる気配は今のところない。

 俺としてはそろそろ結婚も視野に入れたいところなんだけど、きっと彼女はまだそんなふうには考えてないだろうなぁ。


 リンメイも高校を卒業して、実家の神社の巫女として頑張っているみたいだ。


 ヘンリーは教会で神父の仕事をそつなくこなしているっぽいな。

 リンメイに惚れ薬を飲まされたたみばあさん、いや、シスターたみが、時々リンメイの家に遊びに行っているとか、いないとか。


 ラファエルは大学に戻って勉強を続け、卒業しても日本に残って魔法の研究を続けている。

 静乃との仲は、今だ幼馴染っぽいけど、もうあれ付き合ってるよなって言われるレベルだ。


 今日はレッシュとリカルドさんが日本こっちにくるから出迎えだ。


 リカルドさんは変わらず薬品を扱う貿易会社の社長で、レッシュは彼の秘書だけれど、この一年くらいでリカルドさんは薬品に関する論文を数件発表していて、もうそっちの方面にシフトするんじゃないかって言われてる。


 今回はイクスペラーの仕事関連で来るらしい。俺は表向き友人として会うけど本命は諜報員としてこっそり要人警護だ。

 リカルドさんは社会的には異能を持ってないことになってるからな。


「おぅ、章彦、出迎えご苦労だな」


 空港でレッシュ達を出迎えるが……。

 彼の肩の上に、ちびっこがいるんだけれど? 金髪で蒼い眼、賢そうな女の子だ。


「遠路はるばるお疲れさん。結婚したって聞いてないけど、まさか隠し子?」


 肩車されている女の子を見て問う。


「おれの子じゃないぞ」

「それじゃリカルドさんの?」


 彼も今だ独身だと思ってたけど。


「ほーら、わたしの勝ちよレッシュ。この人、薄情だもん」

「ちぇー、章彦なら察すると思ったんだけどなぁ」


 二人の会話にリカルドさんが笑っている。

 俺は一人だけ取り残されている。


「久しぶりね、アキ」


 ……えっ?

 女の子の笑顔が、もう消えかけている遥か昔の記憶と重なった。


「まさか、……ミリー?」

「あたりー」


 あ……。

 胸がいっぱいになって、涙があふれてきた。


「やだ、ちょっと、泣かないでよ。薄情だって言ったのは訂正するわ」


 レッシュの肩の上でミリーがあわあわしている。

 よかった、……よかった。


「おかえり、ミリー」

「ただいま、アキ」


 ミリーが手を伸ばして来る。

 抱きとめた。


「他の子は?」

「まだウィリスしか見つけてない。でも何年かかっても、見つけるわ」

「今はリカルドさん達と暮らしてるのか?」

「暮らしてるのは両親と」


 ミリーは、起こった出来事をすべて記憶するっていう「世界記憶の保持者」ではなくなったけれど産まれた時から前世の記憶を持っていた。

 一年ほど前、両親に頼んでリカルドさんを訪れて、後見人になってほしいと申し出たそうだ。


 彼女の両親は彼女の才能をとても喜んで、大切にしてくれているみたいだ。前世の記憶があることも、かつての仲間を探したいのも、薬物の研究をしたいことも、全部受け入れてくれているらしい。

 望むものを手に入れられたんだな。


「ミリーさんは私よりもよほど優れていますよ。この一年で私の名で出した論文は、実は彼女の力添えが大きいのです」


 リカルドさんが笑って肩をすくめる。


「すごいな」

「ふふっ、まだまだこれからよ。――レッシュ」


 ミリーがレッシュに手を伸ばしたから、レッシュに預ける。


「章彦」


 レッシュに抱っこされて、ミリーが目をあわせてくる。


「ありがとう。あの時、最後までわたしを気遣ってくれて。あきらめないって言って、行動してくれて」

「俺は……、少しでも罪滅ぼしができたかな」

「えぇ。おつりが出るくらいに」


 そんな言葉が聞けるなんて。こっちこそありがとう、だ。


「さぁ、そろそろ参りましょうか」

「亜里沙とはまだ付き合ってるんでしょ。あわせてよ。彼女にもお礼を言わないと」

「ん、リカルドさん達の用事が済んだらな」

「気をつけとけよミリー。こいつらのお砂糖っぷりは前より威力が上がってるからな」

「それは楽しみね」

「あはは。そんなにか?」


 空港の入国ロビーを抜けて、俺らは笑いながら目的地へと向かった。



(両儀の封印 了)


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両儀の封印 御剣ひかる @miturugihikaru

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