第1話(2)

…いやいや、ないでしょ!

さくぴーがこんなところにいる訳ない!

そもそも本人に会えるなんて、そんな夢のようなことが起きる訳がない。

それなのに、私は。



「さくぴー…?」



声が漏れてしまった。


「…あ、ご、ごめんなさい」


言葉が続かなかった。

私は、その人の声をさくぴーだと信じて疑わなかったのだ。


そして、私はいろいろな物が落ちている事に気がついた。

さっき買ったさくぴーのアクスタも、バッグから出てしまっている。

やばい、オタクだと思われる…気持ち悪いよね。ごめんなさい。

しかし私の予想とは反して、女の人はそれを見ると、一瞬動揺したような感じがした。


「あ、あの…ありがとうございました」


「う、ううん、全然!」


女の人は、私の落としたものを全て拾ってくれていた。

私は全力で自分を取り繕う。

どうしよう。さっきの絶対聞かれたよね…。

人違いなんて久しぶりでとても恥ずかしい。

私は今すぐここから逃げ出したくて、足早にその場を去ろうとした。

私が反対を向いて、歩き出そうとした時。




とっさに女の人が私の腕を掴んだ。




思わず振り返る。


「ど、どうしました…?」


女の人は気まずそうに、何かを言いたそうにしている。


「あ、あの…」


どうしよう。怒られるかな。もしかして何か私の行動が癪に触った?それともまだ落し物があった?

だが、予想外の言葉が返ってきた。




「…あなたもしかして、さくぴー…推してるの?」




…え?

一瞬、理解ができなかった。

でも怒られるわけじゃなかった事を感じ、少し安堵した。

もしかして、この人もさくぴー推しなのかな?

もしそうだったら、もっと話してみたいな。

そんな淡い希望を抱きながら。


「は、はい、そうですけど…」


女の人は恥ずかしそうに、何も答えない。

沈黙が気まずい。今すぐこの場から去りたい!

こんな時って、どうすればいいんだろう?話を振る?でもそしたらこの人の話が聞けないよね?どうしよう。どうすればいいの。

私は頭を回転させた。




「…ちょ、ちょっと来て!」




「えっ、あ…!」



私は女の人に腕を引っ張られた。

え、ちょっと待って!理解が追いつかない!私今から何されるの!?

女の人は、足を止めなかった。


あれ?でも…



なんかこの人、嬉しそう?



私の気のせいかな…。


考えているうちに、女の人の足が止まった。

気づけば、知らない薄暗い路地に着いていた。

2人とも肩を上下させて、息をしている。


え、ここどこ!?



「…あ、ごめんなさい!急に引っ張ったりしちゃって…」



女の人は、とても申し訳なさそうに謝ってきた。

…確かによく考えたら、いきなり引っ張るって失礼すぎないか…?


「ぜ、全然大丈夫ですよ…!」


そんな気持ちは隠して、私は全然大丈夫な素振りを見せる。



「…あの、それで…あなたに話したいことがあって」



女の人は、口を開く。

何を言われるのか、わからない。でも…

なんだか自信ありげに見えたのは、気のせいなのだろうか。


すると女の人は、にかっと笑って。




「今日もみんなに愛をお届け!晴流さくらこです!」




その声に、疑いはなかった。



え、本当に、本物…?


「あは、びっくりしちゃった?」


女の人は、とても嬉しげに笑っている。


「いやー、あんなに私のアクスタ見えちゃったらさ、さすがに嬉しすぎて」


女の人…いや。

この人は本当に、さくぴーなんだ。

さくぴーは、興奮して早口でどんどん喋り始める。


「ね、ね!いつから私の事推してるの!?てか、なんで私の事好きになったの!?ねえ!」


「えあ、あの、えっと…」


ダメだ私、陰キャすぎる…!何も話せない…!!

目の前にずっと憧れてた推しがいるはずなのに、私は口をパクパクさせるだけで何も声が出せない。

それに、すっこいグイグイ来る!

せっかく話しかけてもらってるんだし…。少しくらい喋らないと、まずいよね…。


「ぐ、偶然ようつべのおすすめに流れてきて…。アーカイブは全部見てるし、最近はスパチャも送ったりは…」

「えーほんと!?うれしいー!!ちなみにアカウント名、なに?」


他人にアカウントの中身知られるの、嫌なんだけど…!!

でもさくぴーなら、いいよね…?


「あ、『rii』…です」


「えっ」


は?「えっ」って何!?

怖い。私もしかしてスパチャしすきて、厄介オタクだと思われてた?たしかに全部のポストにリプしてるし、質問箱だって大量に送ってるし…。

そりゃ、ネトストだと思われたって仕方ないよね…。

私は、さくぴーの顔を見ることができない。


「…やっぱり、そうなんだ…」


やっぱり、って…。絶対悪い方向で認知されてるじゃん、これ。

覚悟して次の言葉を待っていた、その時。



「やっぱりあの神絵師、riiさんなの!?!?」



そのとても弾けるような声に、とっさにさくぴーの顔に目がいった。

さくぴーは顔をとてもキラキラさせて、私を見ている。

え、ちょっと待って。神絵師、って、今…?


「えーうそ!!まさかこんな所で会えるなんて…!ヤバい嬉しすぎる、涙出そう…!!」


まってもしかして、この人も私が、推し…?


「ねえ、それってさ」


さくぴーは、私の鞄を指差していた。

その先には、私が自分で作ったさくぴーのアクキー。


「riiさんが自分で描いて、作ってたやつだよね?」


そう、私は絵を描くのが好き。たまにSNSにもイラストをアップしたりしているが、そのほとんどはさくぴーのイラスト。

うそ、フォロワー少ないから身バレとかないと思ってたのに…!でも…

これってさくぴーに認知されてた、ってことでいいんたよね…?


「いっつもイラスト見てるの!ほら、あの無名の捨て垢みたいなやつで」


うそ。あのただのスパムだと思ってたアカウントに?

超小規模だし絵も伸びないから、そうだと思っていた。

え?じゃあ…

…この人もネトスト気質、ってこと?

だとしたら正直ちょっと、引く。


「…あ、ごめんごめん。ストーカーみたいで気持ち悪いよね」


どうやら私の思考は顔に出てたみたい。

でも…


「あの、うれしいです」


「…え」


正直な思いが、出てしまった。


「今まで誰にも、絵で認めてもらえたって思えることなくて…。SNSもうまく伸びないし、辞めようかなって思ってたんです。本当に、嬉しいです」


何も続かなかった私に、心から楽しいと思えた、絵を描くこと。

よかった、私のファンが1人でもいたんだ。

なんだか、あったかい気持ちになった気がした。


「…そっか」


さくぴーは、優しく笑ってくれた。


「じゃあ、やっぱりriiさんには…」


え?今さくぴー、何か言った?


「よし!じゃあ今から、カラオケ行こ!アンタに頼みたいことができちゃった!」


え?い、今から?初対面なのに!?

そしてさくぴーは、また、私の腕を引っ張る。


「ちょ、ちょっと待っ…!」


さくぴーはどんどん前に進んでいく。

でも心なしかその手は、さっきよりも優しく感じた。

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創作小説 詩井 @si_tey_a

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