手探りであろう、新入社員の皆さまへ

CHOPI

手探りであろう、新入社員の皆さまへ

「新人各位」

 メールの頭にこう書いて、『何を偉そうに』と自分自身に対して突っ込んだ。こんなお硬い文章、ビジネスメール以外何の役に立つんだって話だよな。


「お疲れ様です。明日からの新人研修に先立ち――……」

 ビジネスメールの文章を打っていると、敬語や言葉遣いがあっているか、やたら心配になる。特に相手が新人だと、これ以降自分のメールを参考に文章を作成するかもしれない、そんなことを思って余計に文章に気が行ってしまう。……こういう時、本当、『社会人』って、『大人』って括りはなんてめんどくさいんだろう、と思わずにはいられない。


 ******


「毎年恒例だが、今年もキミたちにこのお願いをする時期が来た」

 ……なんて前置きをして、上司が話始める。めったに使われる事の無い、広い会議室に、比較的社内でも若手の社員が集められた。周りを見回すと同期はもちろん、1~2期上の先輩、後輩。十数人は集められているようだった。


「社会マナーや、大人になったら『当たり前』の事を、学生上がりの新入社員はみんな知らない、そう思って対応するように」

 でっぷりとタヌキ顔負け(……、タヌキに失礼だった。タヌキは悪くない、ごめんタヌキ。キミはもっとかわいい、ほんとごめん)の腹を携えた、俺の大っ嫌いな偉そうな上司が、俺らに向かって言った。この上司、言うことは大抵間違ってはいない。間違ってはいないけど、この上司の言い方も態度も本当に嫌いだ。入社して早数年経つけど、未だにいろんなヘマをやらかす俺は、それでもこいつへの反骨精神だけは一人前以上に育ってしまった。


 ……話を戻そう。その日、会議室に若手が集められた理由は、今度は言ってくる新人たちの研修を含め、今後の育成を任せたい、という話だった。それで、先ほどのマナー云々の話に繋がるわけだ。


 俺らの会社はPC作業を中心としたビジネスをしている割に、変なところがアナログだったりする。その例のひとつが、まさに新人研修の際に使用する『研修教本』だ。


 新人研修時に使用する、いにしえから代々受け継がれている『研修教本』。これを下へと引き継ぐとき、だいたい誰か一人の冊子をマザーとして複製するので、本当に内容が古いままなのだ。この令和の時代……、なんなら平成を31年挟んでいるのに、古すぎてそのさらに前の昭和臭が否めない。そんな『研修教本』を持っているか、その場にいたみんなに確認される。俺を含む全員が、一応は持っていた、が。


「あの。僕らもこれ、入社直後に頂いたぽっきりで。データとかは無いんでしょうか」

 俺の同期(話し方から察して欲しい、彼はすごくまじめでちょっとだけお堅いタイプの人種だ)が、上司に言う。周りのみんなその言葉に『確かに』『そうですね、データにはなっていないんですか』と上司に問う。

「ん~……。それはかなり古い資料だからなぁ……」

 上司が顎鬚あごひげを触りながら唸る(っていうか上司。アンタですら『研修教本』、古い資料だと認めるんかい)。そして少し考えた後、『思いついた!』とでも言いたげに腹をポンッ!と叩いた(アニメのタヌキですら、こんな動きしないだろうな)。


「よし!その内容を今の我が社の内容に打ち換えつつ、ワードデータにしよう!」


 ……若手みんなが口には出さないが、『え、まじかよ』という顔をした。ハッキリ言ってめんどくさい、その一言に尽きる。しかもこの研修教本、俺個人としてはあまり見返した記憶もない。2年目とかにたまたま目に入って読んで、全体の内容の把握ができた感じだ。つまるところ(あくまで俺個人の意見としては)、『これ、いる……?』と、疑問すら感じている、


 だけど目の前の上司(だけ)はノリノリだった。その空気感を見て、『めんどくせぇ、いっそお前がやればいいじゃん』くらいには思ってしまった。だけど悲しいかな、そういう時に限って、だいたい俺はついていない方で持っているタイプの人種なわけで。

「……よし! その作業、お前に頼んだからな!」

 上司がにこやかに俺に向けて言い放つ。まじかよ、とか、俺かよ、とか言いたいことが沢山浮かんで一斉に消える。

「……了解しました」

 こういう時、言い訳や逃げ道を作るのが苦手な、不器用な自分の性格にため息が出た。

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