第21話 クエストは薬草採取のはずだったのに


「人だ!五人。さらに後ろに四足歩行の物体が――、多い」


「人?魔獣に追われてるってところかしら。シャミアは水巨人の後ろに隠れて!絶対動いちゃダメよ。ルノ!シャミアを守って」


 シャミアは水巨人の足元に隠れた。大丈夫、迫ってくる人も魔獣も位置を捉えている。ヤツラが光速のビームでも吐かない限りシャミアには届かない。



「ハァハァ、ひ、人ぉだ!――とぉ、うぇぇ水巨人だぁぁぁ!逃げてくれハンターダグウルフだ!追われている!い、いや、助けてくれぇ!はぁはぁ、仲間が怪我してんだー!」


 血を流しながら二人の男がこちらに向かって走っている。


「ハンターダグウルフは集団で狩りをする習性があるわ。弱ったものを集中して狙うから気をつけなさい!」


 ナルテュが駆けだした、森の中だというのに草原を疾走するかのような速度で逃げてきた人をすれ違い追い抜く。速度を維持したままその後方のハンターダグウルフを木の葉を払うかのような動きで二体斬りふせた。


 スゴイ!歩術も剣の型も習ったもののはずなのにまるで別物に見える。これが僕とシャミアが目指している姿か。まだまだ頭で考えながら剣を振っているような僕らじゃダメなんだろうな、早くあの技術を身につけたいものだ。


 まずは逃げてきた二人が僕らの元へ到着し水巨人の後ろに回り込む。さらに二人がこちらに走っているが、うち一人が人を担いでいる。これが怪我人か。風探知でカウントされなかった人だ。


 逃げてきた二人と担がれた怪我人一人、その脚に追いついたハンターダグウルフが嚙みついた。止まらず駆けつけたナルテュが首を斬り捨てるとそのまま流れるようにさらに後ろのもう二体に剣を振り下ろしていた。


 あっという間に五体、これがAランク冒険者の戦い!魔力炉を四基稼働の全身強化をしているのにとても静かで澄んだ色をした動きだ。


 四基目の覚醒をしてからずいぶんと経ったのだろう、熟練さを見て取れる。


 最後尾にもう一人、全員を逃がそうとハンターダグウルフのヘイトを買っている人がいる。



「五人とも着たわ、あとはあなたよ!早くこちらに!」


「助かる!うぉぉおおおおぉぉぉ!!」


 最後尾の男に三体のハンターダグウルフが喰らいついていた。苦悶の表情ながらも雄叫びと共に男の魔力が高まる。


「オレの肉は旨いか?そのまま味わってなっ!うぉおおおお!!全力の闘気オーラだ!」


 あれは魔力炉二基のフルパワーといったところか?持っていたバトルアックスを落とすと自分に噛みついている二体のハンターダグウルフの首を掴んでいた。


 そのまま力を込めて同時に二体の喉を握りつぶした。噛みついているもう一体はナルテュが駆けつけて斬り捨てた。


「エルフのねーちゃん!助かる」


「早く走って!」


 ナルテュも含め全員水巨人の後ろに回り込んだがまだまだ後方からハンターダグウルフの群れが駆けてきて取り囲もうと包囲を完成しつつある。


「いったいどれだけいるのよ!ハンターダグウルフって普通五、六体で群れるものでしょ。まだ十体以上いるわ。


 囲まれると厄介ね。私一人じゃこの人数守りきれないわよ!」


 続々と高速で動く物体が円の形に包囲を固めてきた。ここから先に仕掛けてくるのが陽動で本命は弱っているところに襲いかかるだろう。


 全方位の守りとなると僕も魔力の消耗がデカくなる。さっさと片付けたいから一度に終わらせた方がいい。


「ナルテュ、僕が狩ってもいいですか?」


 僕もまだ四基の魔力炉までしか覚醒してないから長期戦は雲行きが怪しくなる。任せてもらえるとありがたいのだが。


「あなたはその巨体で守りに集中してほしいんだけど何か案があるの?」


「はい」


 イメージと集中。別のことに集中するために水巨人の形が崩れる。


 大量の水が発現し、僕の位置を起点に全方位に水が地を這う。周囲一帯を水浸しにし、たちまち走り回るハンターダグウルフのいる位置まで到達した。水の跳ねる音が森中に響く。


 数は……合計で十九体か、こいつらは簡単だ。高速で走り回るから【風探知】で捉えやすい。


 下準備は済んだ、捕らえるのは一瞬!【深水のつぼみ】地を這う水が巨大なトラバサミのようにハンターダグウルフを挟み、押し上げ、形を変え包みこんでしまう。


 瞬時に水のつぼみが十九個芽生えた。


 つぼみの中には水中でもがき暴れ狂うハンターダグウルフの姿がある。かなりの力だ!内部から破ろうと魔力をかき乱してくる。しかし水中で踏ん張りがきかずに空回りしている。


「おまえたちはどのくらい深く潜れる?」


 問いかけながら十九個のつぼみに水深1000メートル相当の水圧を一斉に加えた。


 ハンターダグウルフのもがく動きが段々と鈍くなっていく。



 短期決戦!魔力炉四基フル稼働、水深2000メートル!


 蒼蕾あおいつぼみの色がさらに深くなる。



 どうやら光の届かない深さまで潜ったことはないようだ。十九体のハンターダグウルフの口から残りの気泡と血を吐き出し、とうとう動かなくなった。



「ふう、終わりました」


「終わったって捕まえたってこと?」


「ええ、もう生きてないってことです」


 カッコつけて言ったものの【風探知】と【深水のつぼみ】に集中するために【水巨人】はふやけたまんじゅうみたいになってしまっている。


「え、もう溺れ死んだのね。なんかずいぶんあっさりだったわね。ハンターダグウルフにしてはどれも大きな体格した個体だから水くらい破りそうだと思うんだけど……何したの?」


(この目で見ていたはずなのに理解できなかったわ……)


「水でギュット……水の手で握り潰した、って説明したらわかりやすいかな?」


「水で?潰したの?えっと数は――」


「十九ですね」


「そんなにいたの、じゃあホントウに終わったの?」


「ええ、逃げてきた人たちは大丈夫ですか?」


(そんな簡単な魔獣じゃないわよ!それもあんなに走り回っていたのを十九体同時に捕らえて同時に倒したってこと!?どんな魔力制御能力なのよ!


 ずっと感じていた違和感の正体がわかったわ。ルノは戦い慣れてる!フォレストトロルのときは勇気と無謀を履き違えていると思っていたけど今回は違う、戦力としてずば抜けているわ!もう王族が囲い込むレベルの才能よ!シャミアの目の治療もあるし……もしかしてそれでルノは貴族から逃げてきたってこと!?)


 魔獣の名に『ハンター』と付くものは非常に狡猾で潜在魔力も高く、十分な戦力がない状態で遭遇した場合「狩られる」側に回ってしまう危険な存在だ。


 それをパッと捕まえてパッと脅威を片付けてしまうとは……ここまでだとは思わなかった。


 ルノに守りを任せて私一人で戦うつもりだった。


 少しでも水巨人からハンターダグウルフを引き離して孤立した私を狙わせてどうにか戦うつもりでいたのに……。


「開花」


 水の蕾が花開き、中の魔獣を吐き出した。ふやけまんじゅうになっていた体を人型に戻さずドーム状の水テントに変えた。蛇除けだ。


「すげえな、本当に片付けちまったのか!ありがたい!オレだよ覚えてるよな?うちのパーティーを助けてくれてありがとうな」


 この人は冒険者ギルド登録のテストで水巨人の対戦相手に名乗りでたボイロってスキンヘッドのおじさんだ。ガッチリ装備を着込んでいるので頭を見てわからなかったよ。それよりも。


「早く傷の手当てを」


 六人の冒険者の内、怪我人は担がれていた人だけではなく他にもそれぞれ大小の傷を負っている。特に一番重症なのは仲間を逃がすために最後尾で戦っていたボイロが何ヵ所も噛まれ血まみれになっている。


「いててっ、ポーションなら持っている。すまんな少しここで治療させてもらう」


 ボイロは防具をしっかり着込んでいるが紙きれのように砕け、傷ついた噛み後を見るとやはり半端な防具は意味がないなぁと思わされた。


 シャミアが買い揃えたばかりの防具も気休め程度の効果しかないだろう。


 上手く防げれば儲けもの、一度でも致命傷を避けられたら万々歳、ってところだ。


シャミアは怪我人の治療にバッグの中の薬草を選別している。聖女である母にいろいろと教わっていると言っていたな。手馴れた感じに薬草を千切り、ポーションと合わせて傷口に当てている。


 僕は水操作で散らばているハンターダグウルフを一ヵ所に集めドームの中に入れる。全部で三十二体だった。


「ほ、ほんとにこんな量が全部死んでる……」「こいつら、なんかデカいなと思っていたが二回りはデカかったのか」「こんなに長い牙だったのか~鋼が割れちまってる……小手も脛当ても買い直したほうが安いな」



 治療もしつつ話し合い、討伐した魔獣は僕が仕留めた十九体とナルテュが斬った六体分だけもらうことにした。「助けた恩だ」と全部もらうと今回の被害でボイロたちのパーティーが金欠で活動できなくなってしまう。


「ルノセルトの魔法はすごいな!この魔法があれば鉱山のメタルダガーの巣も一掃できちまうんじゃないか?


 それにナルテュネーラってエルフのねーちゃんの剣術もメタルダガーの硬い外殻を斬れそうだ。だから今度一緒に――」


「冒険者ギルドで見ましたが鉱山の魔獣退治はBランク以上じゃないと受けられませんよ」


「は~、そういえばそうかF?――そうかFランクだったな」


「ええ、今日がはじめての薬草採取クエスト受注です」


「あー、はじめてかー、あの魔法で?はじめてかー……マジかぁ」


「ルノはすごかったです。私はまた何もできませんでした」


 治療の手伝いを終えたシャミアは剣の柄に手を当てうなだれていた。


「今回も相手が悪いよ。僕も剣で戦いたかったのに結局魔法使っちゃったし。もっと僕たち向きのちょうどいい魔獣と戦いたいね」



 ――この件は変に武勇伝を広められたら困るからボイロたちには「僕らの手の内を喋らないでくれ」と戦いの内容のことは黙ってもらうことにした。


 帰り道に毒蛇の生息地を抜けたあと水巨人を解除した。


「へーそうなのか、ルノセルトだけ耐毒の魔道具持ってないからその魔法使ってたのか、それなら噛まれないもんな。……ん?毒蛇よけにずっとあの巨人の魔法使ってたのか……え?じゃあ助けてくれるときに、じゃなくて薬草探しながらずっと維持していたのか!?」


「噛まれてケガすることもないし、先頭で獣道を拓くのにも便利だからね」


 なんか全員とても驚いている。耐毒の魔道具は冒険者活動に必須なアイテムではあるけど駆け出しから持っている者の方が稀だろう?なんでそんなに驚くことがあるのか。


 安物でもいいから僕も欲しいな。



 ――日が暮れる前に街に戻ることができた。冒険者ギルドの解体所で狩ったハンターダグウルフを見てもらったがこんなに大きくこれだけの数が群れたことはほとんど例がないらしく騒ぎになっていた。


 森の浅いところは小銭稼ぎに徹底的に魔獣が狩られ森の魔素濃度が極めて薄くなり、森の奥は毒蛇生息地帯が境界線となり、あまり狩りが行なわれず魔素濃度が高い状態を維持したために近い範囲で極端に魔素濃度の差が生まれてしまった。


 そのせいでバランスが崩れ強力な魔獣が生まれたのではないか?という話らしい。土地の魔素濃度と魔獣の関係は諸説あるからなんとも言えない。僕的には対処できる範囲内の魔獣であれば問題無いんだけどね。


 ま~今は剣術の経験になる手頃な相手がほしい。



 ナルテュネーラは深く考え込んだ表情をしていた。


(いいえ違うわね。これも新魔王が関係しているのでしょう。数の増加と魔獣の凶暴化はこれからまだ増えていくはず、この街も鉱山を取り返すだけではなく次第にいろいろな場所で魔獣の被害が増えて困ることになりそう……ね)


 この国ではまだ大々的に新魔王誕生の話は発表されていないみたいだから下手なことは言えない。早く応援が来るといいわね。

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極彩の魔法使いと旅をしています 碧コア @remu0118

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