第20話 Fランク冒険者の初クエスト受注
――今日も冒険者ギルドの練習場でナルテュ師匠のエルフ式剣術の型を体に覚えさせている。
型の覚えの良さは僕よりもシャミアの方が上だったりする。彼女は白紙の状態からさまざまなものをグングン吸収するので剣術だけではなく魔法の覚えもよい。
たいして僕は余計な癖があるため何度も注意を受けて矯正している状態だ。だいぶ遠回りしているのを感じる。
そして成り行きで今、後ろに六名の弟子が増えていた。
毎日練習場を借りているとギルド職員に「ついででいいので教えてあげてほしい」という冒険者を連れてきたのだ。
基本、伝手がなければ剣術を習うことはなかなかない。そうした、ただそこそこの武器を買って魔獣に斬りかかっているような冒険者はすぐに壁にぶつかる。
そんな伸び悩んだ若い冒険者六名が練習場で指南しているAランク冒険者のエルフの噂を聞き弟子入りを志願してきた。そうして今、僕と同じように型の練習をしている。
この六名も僕と同じように変な癖がもう身についてしまっているので矯正が大変そうだ。それに純粋にエルフ剣術が合わない者もいるかもしれない。
僕たちがいつまでこの街にいるか、それか六名がその前に投げ出してこなくなってしまうか、どうなるかわからないそんな付き合いになる仮弟子たちだ。
中にはパーティーが解散になってしまい今はフリーの若者もいる。剣術が上達すればきっとどこかのパーティーに入れるだろう、頑張ってほしい。
けっしてこの冒険者六名(全員男性)がナルテュとシャミア目当てではないことを祈る。
「ナルテュネーラさんはAランクなんですよね!?前はどこの国で活動されていたんですか?」
「シャミアちゃん、俺のとこのパーティー入らない?うち弓や魔法使う後衛が多くてさ、剣が使えるいい人いないか捜しているんだよね」
……目当てではないことを祈る。揉めないでくれよ。
それにしてもAランク冒険者のナルテュを誘うような若者はいないがシャミアを誘う人が結構多い。目を治療するまで走ることすらほとんどしたことがなかったくらいの彼女が事情を知らない他人からは戦力として見られるほど、剣を扱えているように見えるということだ。すごい成長だろう。
うんうん、お兄さんは嬉しいよ。
「ルノセルトさんは水巨人使わないんですか?」
ちなみに相変わらず僕に関しては「水巨人の人」って認識みたいだ。これしか聞かれない。
午後の魔法の練習はシャミアだけが生徒だ。いつもそうだが朝方は野次馬がいたりするがそれは冒険者ギルドに寄るついでという意味合いが強く、それ以降から日が落ちるまではみな働きにでているか飲んだくれているかしていて、ふらついている者は少ない。
「シャミア、気持ちが前に出過ぎてるよ!イメージと魔力の制御が噛み合ってない」
「は、はい。もう一度やってみます」
水の操作に失敗して桶の水をこぼしてしまい汲み直しに走っていった。
身体強化の魔法は無意識でできてしまったくらい要領がいいのに発現や操作系はまだまだスタートラインだ。
しかし同年代の子に比べればかなりセンスがいい、成長が早いから半年もすれば生活に魔法を取り入れることは出来るようになるだろう。
もちろん戦闘向きの魔法も望むのなら教えてゆくつもりだ。両親と再会したときに視力が良くなっていて剣も魔法も扱えるようになっていたらさぞ驚くだろうな。
――翌日、今日は初のクエスト受注だ。Fランク冒険者の受けられる薬草の採取を選んだ。植物の選別はシャミアが得意らしいので塩漬けされてる不人気クエストの『ミソボエ草』という見分けが難しい薬草採取をすることにした。
クエストの準備だ!以前、冒険者ギルドに登録後、帰りに購入したままになっていた装備を使う時がきた。
まずシャミアは革の防具を身に付けている、鉄製ほど頑丈ではないがそれに近い強度を誇る魔獣の革だ。しかしリスのしっぽは丸出しなので注意してほしい。
武器はナルテュのスペアを借りている。細身の剣だが軽く、革の防具と合わせて機動性を重視した組み合わせだ。
次に僕、ルノセルトは防具は断った、着替えたのは動きやすい服だ。稽古着とあまり変わらないのが残念だが、ヘタにそこそこのモノを装備するより身軽な方がいい、僕の身を守ってくれるレベルの装備が手に入るなら考えよう。
武器はシャミアと同じくナルテュのスペアを借りている。成長した自分を確認するために手ごろな魔獣と戦ってみたいものだ。
「魔獣が現われたらどうしようかドキドキしていましたが静かですね」
「魔獣の気配がないわね~」
賭博と生活費のために冒険者が魔獣を狩りつくしているのだろう。安全なのはいいことだが初のクエストとしては物足りない。
森を奥へと進むがまだ魔獣の気配がない、代わりに三組目の冒険者に出会った。
「おう、新人か!これ以上奥はオレたちも行かね~から気~つけろよ」
「この奥は危険な魔獣でも出るんですか?」
「木の上に毒蛇が潜んでんだよ。いつもは木の上の鳥や卵を狙ってんだけど下を動物が通ると降ってくんだ。安物でもいいから耐毒のリングでも持ってなきゃ無理だ。死ぬぞ」
「だそうですよナルテュどうします?」
忠告してくれた冒険者を見送り三人で作戦会議だ。
「シャミア、探しているミソボエ草はなさそう?」
「見当たらないですね、あっちの背の高い木の辺りを探してみたいです」
シャミアが指さすのは森のもっと深い方角だ。毒蛇か……どうしたものか。
「このクエストを誰も受けないでホコリをかぶっていた理由がわかったわ、割に合わないんでしょうね。
私とシャミアは毒の心配ないわね、ルノあなた次第かしら」
「あれ?二人の心配をしたのですが二人とも大丈夫なの?」
「ええ、私はもちろん旅するうえで一通りの装備をしているわ。シャミアも親のディーンが残していった冒険者時代の装飾品をいろいろと身に付けているから問題ないわ。どれも一級品よ」
シャミアの父、黒豹族の戦士ディーンはひとり、他種族の国に残すことになる娘のために自分の最高装飾品(魔道具)を見繕って渡していた。
前にシャミアが身に付けているそれらをベッドに広げてナルテュに見てもらったことがある。たしか指のサイズが合わなくてネックレスにしているのが耐毒のリングか……。幅広い種類の猛毒を無効化するとか言ってたな。
「ディーンもおるすばんにこれだけ色々渡すなんて凄いわね~かなり過酷な場所にだって行けちゃうわよ。シャミアを戦場に送り出すくらいのつもりで渡したんでしょうね」
服の下なのでわからないがシャミアは父から受け取ったものを全て身につけているはずだ。では冒険の上で気をつけたいものは一通り対策されているような状態になっているのだろう。
二人ともAランク冒険者の装備なんだな……「稽古着で家を飛び出した文無し」の僕とはえらい違いだ。
まさかの心配されてるのが僕だった状況に戸惑ったが、だったら問題はない。
「じゃあ問題ないですね。奥へ行きましょう」
目の前に大きな水球を発現させ人型に変形させる。【水巨人】
「とう!」
水巨人に乗り込んだ。これで噛まれる心配はない。今回は空気球を頭にかぶってヘソの位置に呼吸用の管を通している。声もここから出る。
「これで行きましょう」
管を通して僕のくぐもった声が二人に届く。
「行きましょうって……それずっと維持するってこと?スゴイわね」
水巨人が先頭を歩く。けもの道の草むらを全て踏み潰して後続の二人が通りやすくなるように進む。
巨体が通れない木々の間も水の形を変形させて木を折ることなくすり抜けてゆく。
たまに降ってくる蛇を水の腕で払う。いくら噛まれても毒の心配はないといっても絶対は無いし、噛まれて痛いことにかわりはない。
現在、【水巨人】と同時に【風探知】も併用していてヘビを全部排除したいがほとんど見つけられていない。
***
僕の【風探知】は魔力領域内の全ての「形や動き」を捉えることができる。それと魔力の感知もできるが微弱なものは難しい。
しかし、本当に『すべて』の形や動きを感知しようとすれば脳がパンクしてしまうので領域内の特徴的なモノだけに絞って捉えているから潜んでいるモノは見つけにくい。
路地裏の曲がり角の向こうに隠れている人など、形に違和感があればわかるのだが森の中で違和感を見つけるのは大変だ。
***
「ルノ全部踏みつけて歩いているけどミソボエ草を踏んでない?」
「どうだろう?気にしてないけど何か貴重な薬草踏んじゃったかな?」
「ん~売れそうな薬草があるので少し摘んでますがミソボエ草はまだ見当たりませんね」
踏まれて潰れた草や周りの茂みをかき分けてシャミアがつぶやいた。
「こういったところにあると思うのでこの辺りを探しましょ……ベビィ!」
上擦った声を上げてシャミアが飛び上がった。透かさずナルテュが蛇を切り払う。
「あ、ありがとうございますぅ」
「毒蛇が多いわねぇ、こいつら魔獣かしら?……この蛇に小さい魔核があるわ。この辺で探す?だったら魔獣除けの香を焚けば大丈夫かしらね」
ナルテュがマジックバッグから魔獣除けの香をだし周囲四ヵ所に設置する。
――しばらくすると、風探知でもわかるくらい頭上や周囲に「這いながら遠ざかる物体」を捉えることができた。……かなりたくさんいたんだな。
シャミアが摘んだミソボエ草を水巨人の指でつまみ上げ、観察しながら僕も同じ薬草を探す。ナルテュは監督兼護衛だ。
水の腕で茂みをかき分け、もう片方の手にある見本と見比べてミソボエ草を摘む。
「もっと集めた方がいいかな?」
「そーですね。クエストでは20束とあったので、っと今の数は……倍は集まってます、だから十分だと思います。それで……ルノさんはずっと巨人を出したままで疲れないんですか?」
「ん?たいして動いてないからね。イメージ維持と制御だけなら一日中だって大丈夫じゃないかな」
「そうなのですね」
「そんなわけないでしょ、ルノがおかしいのよ。毒蛇よけに水巨人を服のようにまとい続けるなんて正気の沙汰じゃないわよ」
あれ!そんな風に見ていたの!?一番穏便で効率の良い手段だと思ったのに!
「――!二人とも聞いて、なにか近づいて来るわ」
ナルテュに言われて僕も【風探知】の魔力領域を広げて捉えることができた。奥からなにかが真っすぐこちらに向かって来てる。
「魔獣ですか!?」
シャミアが腰の剣に手を添える。
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