第19話 魅惑の湯


 あれから数日が過ぎた。スクイットの街で修練の日々を送っている。


「はあっ!」「ふっ!」


 僕とシャミア、木剣同士のぶつかる音が練習場に鳴り響く。


 剣術の修練をしているのはここ、冒険者ギルドの隣の施設だ。


 冒険者ギルドの練習場は普段使われていないから毎日使わせてもらっている。街中で思いきり動き回れる場がないのでとても助かっている。


 僕の木剣がシャミアの木剣を弾き眼下に突きつける。


「ルノずるいです!」


 戦いにズルイも何もない、シャミアはまた一つ賢くなっただろう。


「そうよルノ!型どおりに動きなさいと言ったでしょ」


 エルフ族の剣術「風烈」は1から9ある動きの型を組み合わせ、自分の型を繋ぎ相手の型を止める。その復習と応用の手合いをしていた。


「私が5、7、1って動いて、ルノの9、2、3の動きを止めたのにルノが知らない動きしました!」


「そうよ!それじゃ剣術の修練にならないでしょ、そんな無理やりな動きは格下にしか通用しないわよ!


 常に自分よりも二回り強者と戦うつもりで構えなさい」


(この子、変に動体視力と反射神経がずば抜けてるせいで体の動きと噛み合ってないのよね……それに身体強化のパワーも加わってか……)


 師匠と妹弟子に叱られてしまった。そしてまた一から型の練習に戻る、そんな毎日だ。



 ここは冒険者ギルドの施設ということもあり貸し切りではない。なぜか毎日僕たちの修練を見学する一定数の人たちがいる。


「なぁ、水巨人の魔法使いは今日も魔法を使わないぞ」「なんで剣術の稽古ばっかやってるんだ?」「オレまだ見たことないんだけど本当にあいつなのか?」


 どうやら野次馬は水巨人を一目見にきているらしい。ここはまだアズーリシル王国内だからあまり魔法で有名になりたくないのであの日以降、魔法は控えているのだが派閥争いか何か知らないがこの街はいつまでも鉱山の魔獣の討伐応援が来なかったりと半ば見捨てられてる状態のうえ、違法賭博を行っていることもあり、あまり外部に情報が漏れていないようだ。多少なにかやらかしても大丈夫そうで安心ではある。



 午後は毎日魔法の授業、この時の生徒はシャミアだけになる。


「水が出せました」


 形を維持できず水はすぐに消えてしまった。それでも魔力の流れからイメージと発現まで基礎はできてきたからここから維持の練習かな。


「あーまた消えちゃいました」


***

 魔法で発現したモノはそのモノの魔力が切れれば消えてしまう。


 火、水、風、土、光、闇、白、黒、どれも例外はない。


 しかしその魔法の働きにより変化が加えられたものは魔力が切れても消えはしない。


 火魔法で木を燃やして火魔法の魔力が切れても燃える木は鎮火しない。


 水魔法で溺れ死んだとしても水が消えても窒息の事実は消えはしない。


 白魔法で傷を癒やして、白魔法の魔力が切れても傷が戻ったりはしない。



 水魔法で『発現』した水は飲んでも喉はうるおわない。


 水魔法で『水操作』して大気中の水分をかき集めたり、川の水を操作してきたホンモノの水を飲めば喉が潤う。

***


 そんな感じの授業をしながら実技の続きだ。基礎の魔力操作、制御を軸にシャミアに教え込んでいく。


 はじめは魔法もナルテュが先生だったはずなのになんかたまに「へぇ~そうだったの」「そんなことできるの?」とナルテュはいつの間にか先生と生徒の中間のポジションになっていた。



「そういえばルノはこの街に来て教会にあいさつしにいかなくていいの?」


「教会?」


「医療法士じゃないの?」


「?」


「――ふぅん~、その様子だと本当に教会とは関係ないのね」



 こう、たまに不意打ちで僕の正体探りが始まるから気が抜けない。だけど深堀はしてこない、気にはなるけど~、正体は知りたいけど~、言いたくないならいいや。そんな感じにみえる。



 そして剣術と魔法の修練で心身ともにヘロヘロ(主にシャミアが)になると切り上げて夕食、宿に戻る、という流れだ。



 宿は初日からお金に余裕ができたため主に商人が泊まるような少し良い宿を選んで宿泊することにした。


 しかも、ひと月分前払いだ。――が部屋に少し問題がある。


 部屋にはベッドが二つ、二人部屋なのだ。旅費の節約は……わかる、しかし青年といえど僕は結構体格がいいからベッドを一人で使いたいし二人も窮屈に思うだろう。だから少し小柄なシャミアとナルテュが一緒に寝るのだと思っていたのだが……。


 なんでそうなったのかよくわからないが日替わりで誰が一緒に寝るか交代で替わる決まりになっていた。


 僕とナルテュが一緒に寝る日は「狭くないか?」と聞いたが「シャミアだって一人で寝られる日がないと不公平でしょ」と諭された。


 そういう話だったか?だったら三人部屋でも……。


 なぜかそのへんは多数決で僕が負けてしまうからもう気にしないことにした。三日に一回は一人で寝られるし、ナルテュやシャミアと一緒に寝る日もかわいい子と寝られるから損がない。ただ二人がそれでいいのか?そのために聞いたはずだったのにな。



 ――食事を終え、宿に戻り、自室に三人が入ると早速ナルテュとシャミアが衣服を全て脱ぎだす。


「いつも気が早いよ」


 僕は窓を開け、魔法で水を操作しいつものように井戸の水を二階のこの部屋へ運び込む。


 水球ではなくワイングラスのような「Uの字」に形を維持している。目には見えないが天辺だけ開いている状態だ。


 ここからが真骨頂!僕は水操作でゆっくりと水の温度を上げる。はじめは火魔法を使わずに温度を変えてナルテュに驚かれたものだ。


(よしこんなもんだろう!)


 現在の水温はたぶん38℃、熱すぎずぬるくない丁度いいはずだ。


 僕の【風呂魔法】は他に使える者を知らない、ユニーク魔法だと自負している。


 そんな風呂なんて「どうにでも再現できるだろ」と言われるかもしれないが「魔法だけで」、「一人で」、「適温を維持」は難しいと思っている。



「もういいよ」


「いくわよ!」「はい!」


 僕の合図とともにナルテュとシャミアがベッドを踏み台にして風呂に飛び込む。天辺には魔法制御をかけていないのでそのまま湯があふれてベッドと床を濡らす。


 二つの風呂は二人に合わせて足がギリギリつくように大きさをかえている。


「ぷはっ」


 二人が首から上を風呂からだしてくつろいでいる。


「あぁ~ごれよ、疲れがとれるわ~」「最高でずー」


 くつろぎ、体を洗い、潜って髪を洗ったりと二人は風呂を楽しんでいる。


「これなしではもう旅できないわね~」「なんでこんなに気持ちいいんですかね~」


 二人とも体を隠すことなく満喫しているがエルフも獣人もこんなにオープンな種族なのだろうか?見ているこちらが羞恥で目のやり場に困る。


 はじめて風呂を体験したときは二人とも恥ずかしがって後ろを向いて入っていたはずなのに数日するとナルテュがこちらを向いて風呂に入るようになり、なぜかシャミアもまねしてこちらを向くようになった。


 ナルテュはこちらの恥ずかしがる反応を見て楽しんでる節があり、シャミアはそうでもなさそうなのだが対抗心みたいなものだろうか?


 宿の部屋は広くない、近距離で見ているこっちが恥ずかしくなってしまい魔法の制御が何度も崩れかける事態となった。湯の形が乱れるのならばまだいいが、熱エネルギーの制御のミスで水温が急に高まってしまうと危ないので、僕の平常心のために風魔法も併用して【気泡風呂】に変化させた。


 つまりバイブラバスだ。下から噴き出す大量の気泡に二人ともビックリして「なんですかこれ!?」「な、なに?爆発するの!?」と大慌てで風呂から飛び出す姿に笑ってしまった。


 それ以来、二人がこちらを向くと【気泡風呂】に変更するようにしたのでその日の気分でこちらを向いたり後ろ向きのまま風呂に入ったりとタイプの切り替えをするようになった。普通に言ってくれればいいのに……なぜ体を回すのか?


 長湯を楽しんだあと、入ったときと同じように上から飛び降りベシャリと音をたてベッドに着地する。ベッドはもうビシャビシャで寝られる状態ではない。部屋の湿気もすごい。


 そして風呂上りに二人ともその日着ていた衣服を上から風呂に投げ入れた。


 僕は湯を回し始める、残り湯での洗濯だ。


「毎日服が洗えるなんて最高ねー」


 グルグル回る衣服を眺めながら二人はつぶやき、体を拭いていた。そして洗い終わった二人の衣服は水球の下から落とされた。ベッドと同じく床も水浸しだ。


 こうして二人の入浴と洗濯が終わると窓を開け遠くの森へ向けて二つの水球を射出する。


「ルノ、あなた本当に器用ってレベルじゃないわよ。魔法の開発もしているの?賢者の塔の関係者?」


 賢者の塔は昔、何度も誘われたことがある。そのときはすでに結婚していたし色々なしがらみがあって断ってしまったが、もし賢者の塔でやりたい研究に没頭できていたら……と戦争で身近な人を失い孤独になってから何度か考えたこともあった。今からでも遅くないのかな?亡命先としてはあの国はどうなのだろうか?ヘタに疫病神になりたくはないな。


「なんで鼻で笑ってるのよ?」


「いや、賢者の塔って久しぶりに聞いた名だなと思ってさ」


「おじいちゃんみたいなこと言うわね」



 二人が終わると次は僕の番だ。もう一玉、井戸から水を引っ張ってくる。


 水球を温め、服を脱ぎ僕は風呂に飛び込んだ。とてもいい湯加減だ。


 ――しかし毎日の風呂のここが一番困る。


 僕が体を洗っているあいだ、ナルテュとシャミアは髪を乾かしながらこちらをガン見しているのだ。


 見てないでてきぱきと髪を乾かして服を着てほしい、いつまでびしょ濡れのベッドの上でこちらを見ているつもりだろう。


 もちろん恥ずかしいので僕が入るときはずっと【気泡風呂】にするようになった。潜って髪を洗おうとすると気泡に押し上げられ背中から水面に浮き上がってしまい髪を洗いにくくてしょうがないが二人が静止してこちらを見続けるので仕方がない。


 結局、風呂を上がり僕が衣服を洗っているあいだもこちらを見ている。恥ずかしいからさっさと体を拭いて服を着る。


(無言なのが余計に恥ずかしい)


 僕の分の水塊も森に飛ばし終わると最後の仕上げだ。


「二人とも離れて」


 離れるといってもベッドから降りて部屋のスミに寄るだけだ。


 僕は水操作で部屋の湿気、床やベッドの水分など全部集めて小さな水球にしてしまう。


「これで終わり」


 水球を森へ撃ち出して窓を閉めた。


 床に落ちている三人分の衣類も全部乾いている。


「その魔法ももう操作ってレベルじゃないのよね~。だったら私たちの髪もそれで乾かしてくれない?髪が長いから時間がかかるのよ」


「僕でもそれは難しいよ。髪がガサガサのパリパリになっちゃうよ?」


「うー、それは嫌ね」


「二人とももうベッドも濡れてないから早く服を着て?」


 なんでいつも服を着るの後回しなんだろう。濡れた髪が服につくのが嫌なのか?


 僕は両手から循環する温風を吹かせる。二人は左右に分かれて温風の流れに髪を乗せる。


「これならマネできるかと思ったけど温かい風とかどうやってるのよ~」「風が気持ちいいですぅ~」


 風呂の余韻を味わうように二人はベッドでグッタリしている。のぼせたりしていないよね?



 ――今夜は僕とナルテュが一緒に寝る日だ。


 シャミアは一方のベッドを独占して大きなリスのしっぽをブラッシングしている。



「ルノセルトは他種族との子作りはどう思ってるの?」


 ……なにを突然言い出すんだ?質問を質問で返しそうになった。


「……愛があればいいんじゃないかな?」


 他にも社会的に幸せになれれば~とかいろいろあると思うけどそれくらいしか答えられない。


「私はルノと子作りしてもいいと思ってるんだけど?」


(なんとしても国に連れて帰るわ!)



 ……なにを言いだすんだ、このエルフは?まだ出会ってひと月経ってないよ?


 初日の電撃で頭をやられたのか?ハニートラップなのか?何かのテストなのか?


「……」


「ちょっと思考停止しないでよ」


「いや、停止してないよ。初日の電撃で頭をやられたのか?ハニートラップなのか?何かのテストなのか?って考えてた」


「失礼ね!あなたみたいな優秀な魔法使いならいいかなって思っただけよ」


 それだと世界にたくさん結婚相手候補がいることになってしまうぞ?


「シャミアもそう思うわよね?」


 どうやら聞き耳を立てていたらしいシャミアが急に話を振られてビクッとなった。


「……そうですね。目を治してくれて、光の世界を見せてくれたので……あの、私もいいと思います」


 ほら!急に話を振られて混乱しているじゃないか!


「出会ってそれほど経ってないんだからもっとお互いを知ってからがのほうがいいんじゃないかな」


「それじゃあ、『それほど経って』からね」


 ナルテュの真意はどこだろうか?まさか風呂を気に入りすぎて……まさか?まさかね?


 このルノセルトの体はシャミアとは一歳しか違わないが精神年齢?魂年齢的には孫くらいの年の差だ。ナルテュは……何歳なんだろう?とてもスタイルがよく若々しく見えるがエルフだからな、もしかしたら生前のルドラウよりも年上なのかもしれない。さすがに聞けないし、聞いたところでどうなるものでもない。


 ……そんな話をした後に一緒に寝るのものすごく気まずいんですけど!

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