第18話 小銀貨5枚


 ――完全に日が落ち、街明かりを抜けて「休業中」の看板のかかっている大きな食堂の前へやってきた。木窓からうっすら光が漏れているから中に人がいるみたいだ……なんて予想をしなくても中から大勢の声がきこえる。


「ここだね?入り口は閉まってるから裏口が賭博場の入り口かな」


 裏口前には二人の男が酒盛りをしていた。


「飲みにきたわ」


 ナルテュは男に一枚の木札を渡した。


「……新顔か、入っていいぞ」


 中に入るとまた扉があった。そこにいた男にも木札を渡し通してもらうとその先には広々とした元食堂の賭博場があった。


「これは……!」


 言葉を失ったナルテュの顔色をうかがう。それは果たして怒りか哀しみか。



 ――そのどちらでもなかった。



「……ナルテュは賭博好きなんですか?」


「はい?なにいってるのよ!私はね夢追いの街レディルグデーラのグランドジャッジで一晩4000枚の金貨を当てたことはあるけど別に好きじゃないわよ!ああいうのはね資産に余裕がある者が戯れで遊ぶからいいの!生活費を賭けて一発逆転なんてそんな綱渡りするのはありえないわ」


 めっちゃ早口で賭博の心得と武勇伝をしゃべりだしたな、それほど好きなんだな。


「ちなみに当てたお金はまだ持ち歩いているの?だから気前がいいってことかな?」


「いいえ、そのお金は全て家族に渡したわ。パーティーが解散になって帰国したときにね、戦争で大変だったのそれでも足りないくらいよ」


 金貨4000枚といったら相当な額なのに(4億円くらいかな)それでも足りないなんてナルテュはエルフ国の領主の娘とかなのかな?


「さて、少し調査・・しますかね」


 ナルテュの眼がギラギラしている。早く遊びたくてたまらないみたいだ。


「ちょっと待って、じゃあ今の旅費はどのくらいあるの?」


「ん?もう残り少ないわよ、だからここで100倍にするのよ!」


 ついさっき「生活費を賭けて一発逆転なんてそんな綱渡りするのはありえないわ」なんて言った人物は誰だったか。ヘタしたら宿にすら泊まれなくなってしまうぞ。


「ねぇナルテュ勝負・・しない?」


「え?」


「ルールは今夜の賭博、お互い小銀貨5枚でスタート。元手を失ったらそこで終了、どちらが多く稼ぐか勝負しよう」


「へぇ……いいわよ、面白いわね」


 結局その元手すらナルテュに借りてスタートだから格好悪すぎるのだが気にしたら負けだ。ナルテュの眼のギラギラがさらに増した気がする。


「あ、あの大丈夫ですか」


 こういう場は初めてであろうシャミアは委縮して置物みたいになってしまっている。


「シャミアはナルテュがズルをしないか見張りも兼ねてくっついているんだよ」


「誰が!そんなことしないわよ。シャミア離れちゃダメよ」


 さて、プライドを刺激したことによりこれで破産の危機は去ったはずだ。


 僕はどの台にいこうかな。この場の中で一番静かだけど人はそこそこ多い、そんな台に移動した。



 ここは『決戦盤』と呼ばれる盤上遊戯を使った賭け事をしていた。


***

 チェスや将棋と似ていて「横5マス、縦7マス」のマス目が書かれた板があり自軍は「王を含めた10の駒を操り」相手の王を倒せば勝ちとなるゲームだ。


 マスが少ないのともう一つ、チェスや将棋と一番の違いは王以外の9個の駒は14職あるうちの好きな駒を選べる(デッキを組める)というところだ。


 とはいえ制限はある。「王」と、上級職3種の中から「1駒」、中級職8種の中から「3駒」、初級職4種の中から「5駒」になるように選択する。


 中級職は「同じ職は選べない」ここまでが条件だ。


 初期配置は「横5マス、縦3マス」の自軍マス内であれば自由に置くことができて、そこに制限はない。


 試合開始までお互いの陣地は仕切りで見せないため、オープンした時にかたよった職と配置をしてしまうと、ほぼそこで勝敗が決まってしまう遊技でもある。

***


 決戦盤をしている席は五ヵ所並んでいて、対決している者は勝利による賞金、周りの観戦者たちはどちらに勝つか賭けることによってお金を得ているみたいだ。


 僕はこの街に来たばかりだから誰が強いとかなんてわからない。観戦者のさらに後ろで見学をして様子をみることにした。


「やった、ユードンが勝ったぞ!15試合ぶりの勝利だ」「くそ!大穴じゃないかよっ!ユードンに賭ければよかった」


 一試合おわったみたいだ、静かだった一角が湧いていた。


(これがいいな)


 ひさしぶりに決戦盤で遊びたくなった。


「あの決戦盤の選手で参加したいのですが」


「……はじめてのヤツは賭けが成立しないかもしれないからな参加料に小銀貨5枚必要だぞ」


「はい、それでいいです」


 受付のおっさんはしぶしぶといった感じだったが今日は挑戦者が少なく空き試合が出てしまうため、空きをつくるくらいならと飛び入り参加に近いかたちで出場ができた。


「なんだ?若いヤツが出てきたぞ」「相手はジニーか、アイツ最近調子いいだろ」


 対戦相手はこの街ではなかなか強い相手らしい、僕に賭ける人はまったくいないかもしれないと思っていたが周りの声を拾っていると意外にも面白半分で最少額賭ける人が多いみたいだ。


 この賭博場自体、高額の賭けは禁止されているみたいでその辺りは良心的なのかな?永くお金を搾り取ろうと破産させないようにしているだけかもしれないけどね。


 さてと、どの駒を選ぼうか。決戦盤に相性の良い駒の組み合わせや初期配置というものがある。ハマれば強い定番の組み合わせでいくか、手堅く汎用性がある組み方をするか、流行の戦術をするための組み合わせか、その裏をかく編成か、と大体そんなものか。


 十数年ぶりだがその頃の戦法は通用するだろうか?決戦盤で一番使い勝手の良い「剣聖」を軸とした編成で相手はくると予想して、もし違っても修正の効く駒を選ぶことにした。


 しかし手堅い組み合わせにするとジリ貧になってしまい、まず勝てないから最小限の駒で対策して残りの駒は斬り込むための駒と配置にする。



 ――準備時間残りわずか、時間切れのギリギリで素早く配置した駒を二つ動かした。



「ジニー対ルノセルト、それでは開戦!」


 お互いを仕切る板が外された。さて、相手の駒は……。


 こちらが苦手とする駒で編成された部隊だ。さらに配置までこちらがとても不利な組み方をしている。――僕が動かすまではね。


 フェイク配置にしておいてギリギリで二つの駒を動かしたため配置はこちらが有利をとれる並びになった。


(やはり、後ろから覗いてこちらの盤面を伝えているヤツがいたんだな)


 観戦者がいる時点でこうなることはわかっていた。職の相性は悪いが配置の有利で十分に勝ち目はある。


 初期配置の有利をとるために短期決戦を仕掛けなければいけない。


(三手で相手の心を折る!)


 僕は三手で相手の鉄板の連携を崩すことに成功した。これにより職の不利もほぼ無くなったようなものだ。


「くそっ!」


 あとはこちらから王を追い詰めるだけだ。勝敗はすぐについた。


 歓声が起こった。これで僕に賭けている人がいなかったら大ブーイングだっただろう。


「あの新人、重盾兵の連携崩したぞ!」「不利をひっくり返しやがった!」「手持ち全部賭けとけばよかった」


 僕はいくら賞金をもらえるんだろう?


「あんた運がよかったな!盛り上がっていたし今日は選手の数がちょっと足りねぇ。このまま何試合かやっていかないか?」


 次からは参加費に小銀貨1枚でいいらしい。そして受付の人から金貨3枚を渡された、一戦でこの金額は美味しいな。


「わかりました。あと三戦参加します」


「おお、そうか」


 再び席につく、観戦者は先ほどよりも増えていた。


「さっきの新人だ」「こっちの台が面白そうだな」「さっきはまぐれだったんじゃないか」「次は誰とだ?」


 賭博場に入り浸っている連中は金儲けと同じくらい新しい刺激を求めているのだろう、観戦者が倍以上になっていた。



 ――対戦相手は違えど二戦目三戦目と同じ手口だった。開始直前のフェイント配置換えに引っかかって短期決戦で三連勝となった。


 きっと、いつもはお互いに仲間が手を覗いていたんだろうな。


 四戦目は開始直前のフェイント配置換えをすると見せかけて何もしない戦法に引っかかって勝利をおさめた。


 四戦勝つことができたが職の不利をひっくり返すのにかなり頭を使った、アタマツカレタ。甘いものが食べたい。今日はもういいかな。


「なかなかの盛り上がりだったぜ、また来てくれよ」


 そうして手持ちの金は金貨10枚と大銀貨4枚になった。日本円にしたら108万円くらいか、一晩の稼ぎとしては上々だろう。


『昔、自分が考案した遊戯で負けなくてよかった。』



 ナルテュとシャミアはどこかな?あ、いたいた。二人は福札のところにいた。


「よしワンバーン二枚にブルーバードが一枚そろったわ!」


「やぁシャミア、ナルテュは調子いいみたいだね」


 観戦者の群れにいるシャミアに合流した。


「ルノさん!はい三回当ててます……」


「ん?あらルノ、今いいところなのよ」


 しばらく待つことにしたが次の勝負でナルテュは負けてしまった。


「時間もいい頃合いだしそろそろ帰らないか?」


「くっ!ルノは勝ったの?」


「ええ、四連勝で切り上げてきました」


「わ、私だけ負けで終われないじゃない!」


「それは終わりが見えないじゃないか、シャミアも眠そうだし宿にいこうよ」


「……そうね。今日はこんなところにしておきましょうか」


 あくびしているシャミアと共に僕たちは賭博場から出た。なんだか気が抜けた、入るときの緊張感はどこへやらだ。


「それでナルテュはいくらになったの?」


「え?わー私は大銀貨12枚と銀貨3枚よ。そっちはどうなの?」


「決戦盤に四戦出場して金貨10枚と大銀貨4枚だよ」


「出たって、あなた決戦盤得意だったの!?」


「昔そこそこやりこんでいただけだよ。それにみえみえのイカサマを逆に利用して有利に戦っただけさ」


 お互い隠している駒の選択と初期配置を盗み見るのは一番ポピュラーなイカサマ手口だ。ただそれに引っかかった振りをして配置だけでも有利にさせただけ。決戦盤そのものが強い相手に盗み見られたら苦し紛れの配置換えだけでは勝てなかったかもしれない。


「昔?――まぁそれはいいわ。金貨10枚って……いいわね。この街にいる間に稼げるだけ稼ぐわよ!」


「賭博で生活費稼ぐのはやめようよ……そこはどうしても金策が思いつかなかったときの最後の手段にしよう?」


 それはそれでこの街で日銭を稼いで賭博につぎ込んでいる連中の仲間入りをするということになる。


 通うときっとトラブルがやってくるだろう。


「それにしてもお互い小銀貨5枚から稼げてよかったね」


「……ナルテュさんは最初のジャラジャラドンドンするやつで負けて……小銀貨10枚追加してました」


「ちょっとシャミア!」


「……」「……」「……」


「あ、明日は朝早くから稽古するわよ!二人とも頑張るのよ!」


「ナルテュは賭博場いくの禁止ね」


 返事はなかった。

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