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 私は自分の研究室のデスクで書き物をしながら、訪ねてきているアカードとエネルラにチラリと一度視線を送る。事故の後処理が終わって、律儀に報告に来てくれたのだ。でもちょっと忙しくて、待ってもらっている。今回の不可思議をまとめて記録を残したいし、実験も足りない。出火の条件を見つけ出すためのドリスへの聞き取り調査もしたい。簡単に言うと忙しいのだ。

「何もお構いできず、申し訳ありません」

 書き物を進めながらだけど、口を動かすぐらいの余裕が出来て私は二人に声をかける。

「いえ、お邪魔している訳ですので……楽しそうですね」

 アカードの声が聞こえてくる。楽しい。楽しくてしょうがないのだ。

「おかげさまで」

 本当に首を突っ込ませてくれたおかげで、不可思議の一つを知る事ができた。アカードには感謝しかない。

「……手短に報告します」

 諦めた様な声をあげるアカード。お茶でも飲みながら、顔を突き合わせて報告がしたかったのか。私が「お願いします」と促すと、アカードが続ける。

「ドリス氏家族に危険はない様なので保護状態を終了し、火災現場の封鎖も解かれました、まぁ万が一もあるので、しばらくはドリス氏家族の周辺を警戒しますが」

 火事の原因を自然発火と私は結論付けたけど、まだ誰かの手によって行われた可能性を完全に否定できたとは言えない。仕方がない措置だろう。

「それから、今後騎士団調査隊の方で魔水石を日差しが当たる場所へ置かない様に啓発していきます」

 アカードは頼んでいた事を、ちゃんと上にかけ合ってくれたらしい。私は手を止めてアカードに顔を向けて、お礼を口にする。

「ありがとうございます、大事な事なので良かったです」

 少しでも可能性がある以上、同じような事故が起きない様にしていく事は大事だ。でも騎士団で活動してくれるとは。正直ダメもとで頼んでいたから、驚きである。アカードの手腕が凄かったのか。

「それから教授の言う通り、過去にも同じような原因不明の火事があったようです、調査隊の記録にありました、そちらも教授に精査していただきたい」

 アカードは最後の方の言葉だけ強調した。あくまで調査隊の正式な依頼という事。裏で私がワガママを言って押し切ったのだけど、その体ではよろしくないという事だろう。

 私はアカードにお願いした時の事を思い出して、少し笑ってしまう。

「なんでしょう」

 アカードの声が少し怒っていたので、私は謝る事にする。

「すみません、気にしないでください」

 ため息をついたアカードが頭を掻いた。諦めたという感じだ。

「……報告は以上です」

「わざわざありがとうございます」

 私は立ち上がって、一度頭を下げる。

「いえ、いいんです、それより……まぁあの」

 なぜだかわからないけど、アカードは顔を赤らめつつ、何か言いたげにする。今までのきびきびした態度とは正反対の、煮え切らない態度。やっと言葉の続きを口にしようとする。

「今度メシでも、どうで」

「私はまだ、あなたを疑っています」

 エネルラの声に遮られ、アカードは変な状態で固まってしまった。そんなのお構いなしでエネルラは私を見据えた。かなり真剣なまなざし。確かに人の手による可能性は完全に否定できていないけど。やっとの思いで動き出したアカードが、慌てた口調で突っ込んだ。

「いや、ここに来てまだ疑っていたのか」

「はい、疑いは拭えませんでした……ですので私は教授の監視を可能な限り続行します、何も起こさせないために」

 とんでもない宣言に私もアカードも、たじろいでしまう。さすがに監視は嫌だな。

「お前、仕事はどうするんだ?!」

「大丈夫です、仕事を優先します、手が空いた時に、です」

 エネルラが返してきた言葉に、アカードが頭を抱えて悶えた。これはなかなか大変な子に、目をつけられてしまった。

「手が空いた時に来るという事は、単純に遊びに来るという事でしょう?」

「そういう事でかまいません」

 エネルラが私の確認に、頷いてそう答えた。

「すみません、教授」

 嘆き悲しむ声で謝罪するアカード。私はそれに対して苦笑して返す。

「まぁ、お友達が出来たと思います」

 私はエネルラに視線を送った。その目には私を疑うだけではない光が、灯っている気がする。不器用でこんな言い方しかできないだけで、きっと私を慕ってくれているのだろう、と思う。たぶん。

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マリー・マリエル教授の不可思議講義 高岩唯丑 @UL_healing

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