第4話
それでも、何かあるのかしら、あるのかしら、と若干身構えて迎えた朝――というのはまぁ言葉のあやで実際はもう正午過ぎだったりする――だったけれど、特にこれといっていつもと変わりはない。
ただ、椰潮君から、『おはようございます。本日は良い天気です。紫外線にお気をつけて。』というメッセージが朝七時に届いていた。それだけだ。
恋人特有の甘ったるい愛の言葉もない。ただ、面と向かえばきっと「今日もお綺麗ですね、弥栄さん!」くらいのことは言ってくれるだろう。それはそれは声を張り上げて言ってくれるだろう。だけど、メッセージ内での彼はちょっと大人しい。もしかして、『!』の出し方、わからないのかしら? 音のないメッセージではあるが、彼の勢いが伝わってこないからか、ちょっと落ち着かない。
「なーんか調子狂うわね」
寝起きでバサバサに乱れている髪をかき上げて、苦笑した。
職場に向かう通勤途中で待ち伏せしているということもなかった。最も、この時間は椰潮君だってまだ仕事中だ。恋人が出来たからといって、しかもそれが、小さい頃から好きだった相手(自分で言っててちょっと恥ずかしいけど)だからといって、それに浮かれて職務放棄するような人とは付き合えないから、それはそれで良いんだけど。
勤務中は、スマホは鞄にしまって鍵のかかるロッカーに入れている。だから彼から電話が来ようがメッセージが届こうがこちらからは何のアクションも起こせない。緊急の場合は職場にかけるよう家族には伝えてあるし、椰潮君もそれは知ってる。いまのところ、私用の電話がかかって来てはいない。もちろん、愛だの恋だのを伝えるために職場に電話をかけて来られても困るわけだから、それだってないに越したことはない。
けれども。
けれども、なのだ。
「何かもっと、情熱的な感じだと思ったんですよ」
ナースコールも鳴らない、珍しく、ちょっと静かな時間である。
ナースセンターで、束の間の平和を味わっている時のことだ。
ロッカーに入れっぱなしだった鞄からスマホを取り出すと、どうやら仕事を終えたらしい椰潮君から、『お仕事お疲れ様です。終わりましたら、連絡いただけると嬉しいです。』なんて、取引先に対するやつみたいなメッセージが送られてきていた。
五年先輩の
「情熱的な感じ、ねぇ」
「だって、二週間しかないんですよ? 私達、お互い仕事もしてますし」
何かもっとあると思うじゃないですか、とトーンを押さえつつも熱弁する。
「そんな真面目な堅物君なんだっけ? あれ? 椰潮君って、たまに話に出て来るムキムキの元気な青年じゃないの? 別の人?」
「同じ人です。そのムキムキの元気な青年ですね」
「えっ、何か思ってたのと違うわね」
「ですから、拍子抜けしてるんですよ。いつも本宮さんに話してる彼ですよ。だとしたらもっと、なんかドカーンって来ると思いません?」
「確かに。……あっ、それじゃさ、緊張してるんじゃない? これからよ、これから」
「これから、ですかぁ」
「ほら、夜勤明けは次の日お休みでしょ? 彼誘ってデートでもしてみたら?」
「そうですねぇ」
そうだ。
何も、彼からのアクションを待つ必要はないのである。こちらから動けば良いのだ。
ならば早速、とメッセージを打つ。
『夜勤明けの次の日はお休みなんだけど、どこか行かない?』
私のスマホを覗き込む本宮さんは音を立てずに拍手をした。時刻は二十三時。椰潮君が起きているかはわからないが、健康のために早寝早起きを心掛けている彼である。もう寝ているかもしれない。
が。
返事はすぐに来た。
『夜勤明けの貴重な休日に、申し訳ないです。休んでください。』
「嘘でしょ!」
「ちょ、本宮さん、これどう思います?!」
テーブルの上のスマホを二人で覗き込み、声を上げる。
「おかしいでしょ。普通食いつくわよ……?」
「昨日、私のことずっと好きだった、なんて言ってたんですよ? えっ、あれ幻聴だったのかな!?」
「それとも何、作戦……? 現にいま、神田さんは彼のこと気になっちゃってるわけだし?」
「あっ、成る程! 椰潮君ってば策士――って、いや、それはないような……。なんていうか、ほんと、そういう策とか練るタイプじゃないんですよね。考えるより行動! ドカンとぶつかれ! みたいな感じっていうか」
「そうよねぇ。私もいままで聞いてた感じだと、そういう『恋愛は駆け引き』みたいなの、出来ないような気がしてたのよ」
腕を組み、うんうん、と頷く。
そんなにたくさん話題に出しているつもりはないのだが、椰潮君の場合、一つ一つのエピソードが強いため、印象に残りやすいのだろう。
しかし、これが策ではなく、彼の自然体だとして、だ。いずれにしても、その態度にモヤモヤしている自分もいる。普段の彼から考えれば、なんかもうとにかく全力で押して押して押しまくるのではないかと思っていたのだ。
けれど、まだ初日である。
いきなり飛ばしてはバテてしまうかもしれない。そうだ、彼はスポーツマンなのだ。そういうペース配分なんかもあるのかもしれない。
これから徐々に何かが起こるってわけね。
そう考えて夜勤を終え、椰潮君にその旨を伝えて帰宅した。帰宅時間も彼の勤務時間とがっつり被っていたため、お迎えに来たりなんてことも当然なかった。
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