第3話
「それで、付き合うことになったの?」
椰潮君に家まで送ってもらい――というか、ウチはお隣同士なので、帰宅するとなればどうしたって送ってもらう形になるんだけど――、シャワーを浴びて、リビングでアイスを齧りつつ、
「そ。といっても、まずはお試しで二週間って」
「はぁ? 二週間? どゆこと?」
眉間にシワをガッツリと寄せていそうな声で、千夏が聞き返してくる。
あの後、椰潮君はこう言ったのだ。
「それではまず、二週間のお試し、ということでいかがでしょう」
と。
「椰潮君トコのジムも、最初は必ず二週間の無料お試し期間があるのよ。どんなに入会の意思があっても、まずは二週間無料で体験させて、本当にここが合ってるのか、続けられそうか、っていうのを本人に見定めてもらうんだって」
「それはまぁ良心的な……。いや、職業病かよ! この場合、真面目って言った方が良いの? それとも、馬鹿なの……?」
「うーん、頭の良し悪しっていうのは一旦置いとくとして、まぁ、『馬鹿』ではあるかな。あっ、でもね、悪い意味じゃないの、その『馬鹿』っていうのは。伝わる?」
「伝わ……るような、伝わらないような?」
「愚直っていうのかな。馬鹿正直とも言えるっていうか、とにかくね、びっくりするぐらい真っ直ぐっていうかね。これ! って決めたらひたすら真っ直ぐ突き進むっていうか。壁があっても気にしないで、ぶつかって、ドカンって破壊して、そのまま進む感じっていうか」
「大丈夫なの、その人……? でもまぁ、うん。なんかわかる気がする。なんかとにかくすんごい熱くて良い人そう」
どうやら千夏にも正しく伝わったようである。
そう、とにかく椰潮君は熱くて良い人なのだ。
「でもさ、実際のところどうなの?」
「実際のって?」
「いやだって、恋人だよ? することするわけだよ? その何だっけ、ヤシオ君? そういう恋人っぽいこと出来んの? 弥栄もさ、その人とキスとか出来んの?」
「そこなんだよねぇ」
そう、問題はそこなのである。
ほぼほぼ弟のように接してきたから、そういう雰囲気になれる気がしない。まぁ、たったの二週間だし、そこまでいくのか、っていう話ではあるんだけど、私も彼も中高生ではない。二十歳を過ぎた大人のお付き合いと考えるならば、二週間という短い期間の中にキスやその先があってもおかしくない。まぁ、さすがに最後までっていうのは手が速すぎると思うし、私もそこまで許すつもりはないんだけど、まさか手を繋ぐだけで終わるとも思えない。
「いや、駄目じゃん。そこが駄目なら無理でしょ」
「無理なの?」
「だって、あたしら大人だよ? そんなおてて繋いでワー楽しい~、ってだけで終わるとかナシじゃん?」
「そう、なのかなぁ」
「っかー! これだから運命の人がどうとか言う『年齢=彼氏なし』はさぁ! ていうかね、弥栄の方ではそれで良くてもだよ? 相手はそう思ってないかもしれないじゃん。そんな人畜無害な熱血馬鹿みたいなキャラでもさ、実はとんでもないむっつり野郎の可能性だってあるからね!? しかも、二週間のお試しなわけでしょ? お試し期間ってことは、ある程度、全部試すってことなんじゃないの? だいたい弥栄はね――」
軽い気持ちで初めての彼氏報告をしたら、何やらお説教が始まってしまった。
その後一時間ほど、大人の男女のお付き合いとは、みたいな話を延々と聞かされることとなってしまった。いや、あのね? 私だって、知識くらいはあるからね? 確かにお付き合いはしたことがないけど、デート自体はしたことあるしね?! 別にそんな箱入りのお嬢様でもないから!
それでも千夏の言うことも一理ある。
私だって、興味がないわけではない。周囲が勝手に抱くイメージのせいで、高嶺の花だの、箱入りのお嬢様だの言われて、デートのお誘いはあれども、そこから進展することはなかったのだ。
興味がなければ、運命の人云々なんて話もきっとしなかっただろう。だけれども、椰潮君相手にそういう気持ちが起きる気もしなかったし、そういうことをしている未来も想像がつかない。むしろ、恋人なんて関係を飛び越えて、結婚二十年くらいの夫婦――というか、家族になっている姿の方が容易に想像がつく。
彼はきっと家庭を大切にするタイプだ、と思う。お酒は舐める程度、煙草は咥えたことすらなく、お金のかかる趣味はなし。弟である矢萩君から「暑苦しいんだよ、このブラコン兄貴!」とよく怒られているところを見るが、一向に意に介す様子もなく、あれこれと世話を焼いている。
男兄弟の南城家とは違って
そんな彼を見て、年齢こそ一つしか違わないけれど、「椰潮君は良いお父さんになるんだろうな」なんて思っていたものだ。
だから、家庭を持つイメージはあるのだけれども、その前段階である『恋人関係』については、全く想像がつかないのである。
千夏との通話を終えて、歯を磨き、就寝の準備をしていると、スマホのランプが点滅していることに気が付いた。
「あら」
椰潮君からのメッセージのようである。うん、何だか恋人っぽい。そうよね、聞いた話では、恋人同士というのは、寝る間も惜しんでメッセージを送り合ったり、電話をしたりするものらしい。早速行動に移してきたってわけね。
そう思って、アプリを開く。
『本日はありがとうございました。もしよろしければ、明日のシフトを教えていただきたいです。』
成る程、こうきましたか。
そうね、恋人たるもの、相手のシフトを把握しておく必要はあるわよね。
『こちらこそ楽しかったわ。明日は夜勤よ。』
と、返信する。
少々そっけないかなとも思ったが、私は女友達相手でもこんな感じなのである。さて、ここからどうなるのかしら。もう長い付き合いだ、私の夜勤が何時から何時までなのかも、椰潮君は知ってる。椰潮君だけじゃなく、南城家の人間は皆知ってる。だから、何時に家を出るか、何時に終わるかなど、細かいところを伝える必要はない。
例えば、勤務時間ギリギリまで会いたいとか言ってくるんだろうか。うん、いかにも恋人っぽいわ。だけど、正直ちょっと困るかな。寝たいし。
さて、どう出る、椰潮君。
そう思って待っていると――、
『わかりました。おやすみなさい。』
あれ?
「えっ、これだけ?」
ちょっと拍子抜けである。
えっ、何かもうちょっとあるんじゃない?
これくらいのやりとり、何なら普段もしてるよね? メッセージじゃなくて、朝の世間話みたいなやつだけどさ? えー、何か思ってたのと違うんだけど!?
もしかして意外と恋人ってこういう感じなの?
それとも椰潮君が独特なだけ?
それでもやっぱり納得がいかない、というかなんというか。
私は悶々としたまま、眠りについたのである。
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