第34話 高嶺の花といつも通り
「母さん。皿置いておくよ」
夕飯の準備を行っていた菜穂に食器棚から取り出した食器を邪魔にならないところに置いて菜穂に声をかける。
「祐馬が自分から進んで手伝ってくれるなんて珍しい」
「うっさいな。気向いたからやっただけだっての」
祐馬のとった行動に菜穂は驚きを示しながらもどこか嬉しそうに笑って揶揄うと、祐馬は鼻を鳴らして拗ねた様子を見せた。
はいはい、と口の悪い言葉を受け流した菜穂は皿に手を伸ばして料理が冷めないうちにせっせと盛り付けていき、祐馬は食卓まで運んでいく。
準備を済ませると席について、早速夕食を口にし始める。点いていたテレビを眺めながら食べ進めていると、菜穂から「祐馬」と呼ばれて、
「最近何かいいことでもあった?」
「なんで?」
「機嫌がいいから」
「?別に普通じゃない」
「今の祐馬は雰囲気が穏やかに見えるのよ。学校楽しいのかなって」
「気のせいだろ。学校もいつも通りだしな」
学校やそれ以外で何かいいことがあったわけではない。普段と何も変わらない日常を過ごしているわけだが、菜穂の目には祐馬は機嫌が良いように見えているらしい。当然祐馬にそんな自覚はないので否定する。
ふーん、と味噌汁を啜った菜穂は口を離すとにやけ笑いを浮かべる。
「それなら祐馬の機嫌がいいのは麻里花ちゃんのおかげかしらね」
祐馬の話をまるで聞いていなかったかのように、朗らかに微笑む菜穂はとても嬉しそうだった。
「なんでここで雨宮が出てくるんだよ」
「あら。そもそも母さんがそう見えるようになったのは麻里花ちゃんが引っ越してきてからなのよ。正確には四月に入ってからだけど」
「確かに気兼ねなく話せる相手とは思っているけどさ」
「素直じゃない回答ね」
二年生になってからは同じクラスなので当然接する回数だって増えている。校内だけに限らず自宅近辺でも顔を合わせればそれなりに話すようにはなったし、祐馬も肩肘張らずに話せるくらいの仲だとは思っている。
一緒にいて楽とは思っているが、それを特別な感情、つまり恋愛感情とはまた違うようなものと捉えている。これは一方的な思い込みであって麻里花がどう思っているか祐馬はもちろん知る由もない。
「まぁとどのつまり、胃袋だけじゃなくて心まで掴まれちゃったってことね」
「おい。どうしてそうなった」
そう結論づけた菜穂に祐馬は食い掛かるように待ったをかける。麻里花は仲の良い友人であってほの字ではない。胃袋に関しては先日の夕食でほぼ掴まれてしまったのでそこは触れないようにした。
「だってそうでしょ。気兼ねなく話せるくらいには心を開いてるってことなんだから」
「だからって心までは掴まれてないぞ。断じて」
「どうしてそう頑なに認めようとしないのかしら。あれだけ可愛くて礼儀正しい女の子、母さんはいつでもウェルカムよ」
「もう分かったから飯食わせてくれ……」
菜穂との言い合いに疲れた祐馬はとうとう白旗を上げる。体力をすっかり持っていかれて食欲はまるで湧いてこなかった。
☆ ★ ☆
「なぁ。最近の雨宮さらに可愛くなったよな?」
「分かる。前までは完璧すぎるが故に少し近寄り難いみたいな壁を少し感じてたんだけど、今はそれもないよな。笑顔も増えたような気がするし」
「それわたしも思った。なんでなんだろ?」
「もしかして……好きな殿方でもできた……ということなのでしょうか?」
「い、いやいや。それはないっしょ。いたら泣くわ」
「そうとも言い切れないわよ。恋する乙女は綺麗になるって言うし」
「じゃあ雨宮が好きな男ってどんなやつよ。雨宮以上に頭も良くて家柄もいいとか世界中探してもいないって」
「雨宮さんが好きになった男性……一体どんなお方なんでしょう」
「――という話し声が聞こえてきたんですがその点どう思うよ祐馬」
翌朝、登校してきた蓮司が真っ先に駆け寄ってきて告げる。頬杖をついて窓からの景色をぼんやりと見つめていて突然とその話を振られた祐馬は眉を落とさずにはいられなかった。
「また随分と話が飛躍したな」
元々憶測で話していたのにいつの間にか麻里花に好きな人がいる前提で話が進んでいることを指摘する。
「まぁまぁ。気になってついそういう話をするんだよ思春期は」
「そんなもんかね」
「つーかそもそも今まで雨宮さんから男の話が出てこなかったことが異常なんだよ」
麻里花の浮ついた話は一切聞いたことがない。
つまり相手がいない認識でこれまで様々な生徒が麻里花にアタックを仕掛けたわけだが、全て玉砕しているのが現状だ。
そうなるとやはりそういう関係の相手がいるのかという話になってくるわけだが、それらしき相手がいる様子でもない。
引っ越してきてからの麻里花の自宅に訪れた人間は祐馬が知る限りだと、金髪の女性くらいしか思い浮かばなかった。
今は相手がいないだけで、いずれは相応しい相手が見つかるだろう。憶測で盛り上がるのも楽しいのだろうが祐馬はさして興味がなかった。
「で、話を戻すけど祐馬はどう思うよ」
「そんなの俺が分かるわけないだろ」
「違う違う。付き合ってる相手がいる云々じゃなくてさらに可愛くなったかどうかって話」
「もっと分からねぇわ」
学校でもそれ以外でも毎日顔を合わせているが、そんなことを見て分かるほど祐馬の目は有能ではない。
その後談笑したのち蓮司が祐馬の席から離れてしばらくすると、席を外していた麻里花が教室に戻ってきた。
生徒たちから次々と送られる挨拶に麻里花は丁寧に対応しながら自分の席へと向かい、その後ろで腰を下ろす祐馬とばっちり目が合う。
「おはようございます」
「おはよ」
その後特別何か話すことはなく朝の会話はこれのみ。やがてチャイムが鳴り担任が入っていてホームルールが始まる。
(……別に何も変わらねぇじゃん)
それ以上もそれ以下もなく、いつも通り幼さが残る可愛い顔立ちだった。
ご令嬢で学園の高嶺の花が同じマンションに引っ越してきた件について〜気づかぬうちに手のひらで転がされるようになっていた〜 かずロー @maxkazu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ご令嬢で学園の高嶺の花が同じマンションに引っ越してきた件について〜気づかぬうちに手のひらで転がされるようになっていた〜の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます