第33話 高嶺の花とカラオケ
「祐馬。放課後、三人でカラオケ行かね?」
朝のホームルームが始まる少し前。蓮司から声をかけられて顔をあげた祐馬は「カラオケね……」と難色を示すと、隣にいた聖奈が首を傾げた。
「あれ、一条くんてあまりカラオケ好きじゃなかった?」
「別に歌うことは嫌いじゃないけどさ……」
リズムと音程がとれないわけでないのだが、どの曲を歌っても七十から八十点の間を行き来していて、良くも悪くも普通で面白味がない。
それに人前で歌うのがあまり得意ではない。楽しむというよりも自分の歌声を聴かれている恥ずかしさが勝ってしまってあまり気乗りしないのだ。
蓮司は軽音部のボーカルを務めているだけあって、リズムと音程はもちろん曲調をつけるのが上手い。
あれだけ歌えれば本人もさぞ気持ちいいのだろうが、裏を返せば普段からそのように歌えるよう努力をしているということだ。
「まぁ無理に歌えなんて言わないさ。ただお願いを聞いて欲しいっていうか」
「お願い?」
「そっ。今日軽音部の練習休みなんだけど、今度のライブで歌うカバー曲の練習しておきたくてさ。客観的な意見が欲しいから聖奈と祐馬に聞いて欲しいんだよ。もし歌いたいときあれば歌ってくれればいいし」
「そういうことね。あぁ、いいよ」
歌を聞いて感想を言うくらいなら祐馬にもできる。素人意見でもいいのならの話だが、蓮司は「祐馬ならそう言ってくれると思ったよ」と指を鳴らした。
「ねぇ二人とも。わたしもう一人誘いたいんだけどいいかな?」
そう口を開いたのは聖奈だった。「もう一人?」と蓮司が問いかけると、小さく頷いた聖奈は祐馬の前の席に座る麻里花の元へと駆け寄ってまりちゃん、と声をかけた。
「聖奈さん。どうかされました?」
「もし良かったらさ。放課後わたしたちとカラオケ行かない?」
「カラオケ……ですか?」
「うん。わたしと蓮くんと一条くんの三人なんだけど……どうかな?」
きょとんした顔を浮かべる麻里花に聖奈は微笑みかけながら誘いの言葉をかけるが、麻里花は不安げに眉尻を下げる。
「その、お誘いは嬉しいのですけどわたしがいてはお邪魔になりませんか?」
三人の仲がいいことは麻里花も知っている。
だからこそ自分がその輪の中に入ってもいいのだろうかと思ったのだろう。その心配は麻里花の杞憂に終わるのだが。
「邪魔なんて思わねぇよ。雨宮が行きたいって言うなら四人で行けばいいだけだし、俺はいいよ」
しばらく閉じていた口を開けば、蓮司と聖奈、そして麻里花が目を丸くして祐馬を見つめた。まさかその言葉を口にしたのが祐馬だとは誰も思っていなかったのだから。
「うん。そんなこと思ってないよ」
「何事も人は多い方が楽しいからな。一緒にどうっすか?」
祐馬の言葉に先導されたかのように、聖奈と蓮司も続く。彼らの浮かべる優しい笑みに少し安心したのか、
「……じゃあ、わたしもご一緒させていただきます」
麻里花は表情を柔らかいものにして、放課後の約束を了承した。
☆ ★ ☆
放課後、祐馬たちは駅前にある近くのカラオケボックスに訪れていて、蓮司と聖奈は受付を済ませており、祐馬と麻里花はその後ろで終わるのを待っていた。
「ここがカラオケですか……」
「雨宮ってカラオケ来るの初めて?」
質問に首を縦に振った麻里花は少しそわそわした様子で辺りを見渡す。
店内には流れる誰もが聞いたことのあるCMソングが流れていて、入り口のすぐ近くにはソフトドリンクが飲めるドリンクサーバーが設置されている。
何度か訪れている祐馬たちには見慣れた光景だが、初めて来たという麻里花には新鮮に映っているのだろう。
「六番な」
受付を済ませた蓮司が後ろで待機していた祐馬たちに部屋番号を教えて、それぞれソフトドリンクをコップに注いでから個室に入った。
「よーし歌うぞ。何歌おっかなー」
蓮司は立てかけられたタッチパネルに手を伸ばして選曲し始める。カバー曲の練習ももちろんあるが、カラオケを楽しむのが蓮司の最大の目的でもあるので曲の練習の前に喉枯らすなよ程度に思った。
「まりちゃんてどういう音楽聞くの?」
「普段は洋楽とかメジャーな曲を聴いています」
「じゃあこの曲分かる?」
聖奈はスマホを取り出すと素早いフリックで入力していき麻里花に見せる。麻里花は頷いて「分かります」と聴いたことのある曲ということを伝えれば聖奈はにっこりと笑い、
「あとで一緒に歌おうよ」
「分かりました」
室内に曲の前奏が流れ始める。
麻里花たちが話している間に最初に歌う曲を決めた蓮司は、右手にマイクを持って「あーあー」と歌う前の喉慣らしを行ってから、大きく息を吸って歌い始めた。
☆ ★ ☆
歌い始めてからしばらく時間が経過して、祐馬は飲み物がなくなったため個室を出てドリンクサーバーにいた。その隣では、麻里花が同じように飲み物をコップに注いでいる。
「楽しんでるか?」
祐馬はチラリと麻里花の方を目にやってそう尋ねる。注ぎ終えた麻里花は溢さないように両手でコップを持って、
「はい。楽しんでいます」
「なら良かった。てか歌上手いな」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ」
蓮司と聖奈とは何度かカラオケに行ったことがあるので上手いことは知っていたが、麻里花もその二人に並ぶくらいに上手かった。
透き通るような歌声は祐馬を始め蓮司と聖奈も魅了してしまうほどで、歌う曲全て九十点以上を叩き出している。
本人は上手い自覚はないようで、祐馬の褒め言葉に困惑している。
祐馬も二曲ほど歌ったがやはりどれも平均的な点数で、羨ましいと思うほどだった。
「ありがとうございます」
「ん?何が?」
「朝、来てもいいって言ってくれて」
「なんだそんなことか。少なくとも俺らは邪魔だなんて思ってないから安心しろよ」
別に感謝される筋合いなんてない。一緒に行きたいと言えば、一緒に楽しめばそれでいいと思っている。そんなことで麻里花が不安に思うことも心配する必要なんてどこにもない。
戻ろうぜ、と半分ほどに注いだコップを手にして祐馬は踵を返す。
麻里花は小さく頷くと、ついていくように祐馬の後ろを歩き始めた。
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