第10話


「この研究が月光に影響を与えた訳じゃないからね。人間がバラまいたイオンの変化を人間が発見して、勝手に右往左往してるだけでしょ?」

 私の言葉に、北本きたもと君はうんうんと頷いた。

「たまたまコロナ対策イオンが月光によって変化して、それを数値化した。例えば、月光数値化イオンとか呼ばれるようになっちゃった空気清浄物質を空気中から消して、月光数値をわからなくすれば犯罪時間も測れなくなる。でも感染症対策法の方で、イオンを阻害する新しい要因の開発や空気汚染物質の空中廃棄は禁止されたしさ」

 誰も居ない研究室に目を向け、

「解決策の研究をしてるふりって事っすか?」

 と、北本君は聞く。

「多方面から可能性を探してはいるよ。でも、まだそんな段階だからね。気象庁が月光数値予報の精度を高めて、あらかじめ警察の取り締まりを強化するとか。計画的違法行為の範囲を広げて、犯罪時間の減刑判断を厳しくするとか。それ以外に出来る事なんてないでしょう。そっちはそっちの専門家が対処する話だし」

「先輩なら、目視不可の雲を発生させるとか月光を変改するシステムとか、作れちゃうのかと思いました」

「そう簡単に、月の魔力は防げません」

「おぉー。やっぱ、そうっすよねぇ」

 良い笑顔だ。

 将来があったはずの北本君も、こんなはずではなかったのではないか。

 多くの研究者が見限ったこの研究室に、こんな阿婆擦あばずれと一緒に残されて後始末の日々だ。

 元々増えていない給料に今もお互い変化はないが、彼が満足そうな笑顔でいてくれるのは救いだ。


 私は、精巧な月の模型を眺めた。

 解説用に研究所が買ってくれた高価な模型だ。

 現在は休憩用のテーブルに飾られている。

「じゃあ、次にやってみたい研究はある?」

 と、北本君に聞いてみる。

「月の模様とロールシャッハテストの模様、関連性を考えてみたいっす」

「いいねぇ。おもしろい」

 考え込んでも仕方ない。発想を変えていこう。



 私は現在、地上へ到達する月光を遮断もしくは改質する研究という特異急務を課せられている。

 しかし、その原因はたまたま発見された物質と月光との関係によるものだ。

 再度の意外な大発見から、実用的なアイディアで都合の悪い現状を打開する策が生まれる可能性など、求める方がおかしいというものだ。

 犯罪時間の取り締まり強化、その時間を狙った違法行為の判断基準の見直し、刑法の早期改正……。

 私の意見など、世間の主張と同じだ。

 力不足に幻滅するが、けっきょく私も研究所の連中と同じように、人々の関心が薄れるのを待つしかないのだ。

 それも、それほど先になるとは思っていない。

 もちろん、時間が解決するなどとは言わない。

 実現すべき事柄は、私の届く所にはないということ。

 世の中の注目から逸れた場所で、事は動いている。

 現実など、そういうものだ。


 視野は広く、身と気は軽く。

 悩まずしたたかに、肩の力を抜いていきたいものだ。


                                  了

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月の魔力・その数値化による顛末。 天西 照実 @amanishi

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