第9話


「あの頃、この研究室に増員された余所の研究者たちも、自分が参加してるってSNSに投稿したり、キャバクラで豪語してたじゃないですか。みんな余所に移動したり引き抜かれたりしたものの、安定給料を得られてない状態らしいっすよ」

 犯罪時間特集と書かれたページを指でつつきながら、北本きたもと君は溜め息をつく。

「あー。あの時だけで出てった人たちも、研究の参加者ではあったね」

 と、私が首を傾げると、北本君はすぐに、

「月光数値の発見者が先輩って事は知らされてなかったですよ。俺、室長にバラすなって口酸っぱく言われてましたもん」

 と、教えてくれた。

「室長がバラすなって?」

「そんな軽い表現はしてなかったっすけどね。なんか、重要なのは発見者名じゃないとか。所長みたいな過去論文でも認められてる人の名前で発表できるのは、重要研究って証拠だとか? そんなこと言ってましたけど」

 申し訳なさそうに、北本君は話している。

 若い男の子に気遣ってもらって、申し訳ない限りだ。


 ゴシップ誌と一緒にコンビニで買ったチョコとグミを、北本君にも勧めた。

 北本君はチョコレートを摘まみながら、

「室長のこと、気になりますか?」

 と、聞いた。

 申し訳なさそうな表情が、わかりやすい青年だ。

「何も気になってないけど。変な事やってる?」

 ゴシップ誌を開く私に、

「先輩と室長、騒動が始まる前は付き合ってたんすよね」

 と、うつむきながら北本君が聞く。

 彼がこの研究室に来てから5年ほど。こんな話をするのは初めてだ。

「あぁ、うん。室長と所長は月光数値化システムの開発にノリノリだったでしょ。大々的な論文発表でマスコミの質疑応答にも、浮かれ顔丸出しで。そういう場面に立たされるくらいなら、喜んで別れる程度の間柄だったよ」

「……そうなんすか?」

「研究利益に目が眩んだ室長に、私が捨てられたとか思ってた?」

 と、聞いてみる。

 北本君は視線を逸らし、

「ずっと室長がベタ惚れって感じだったのに、いきなり別れちゃったから……」

 と、答えた。

「そんな感じだったっけ?」

 同じ研究室の新人男子に、そんな風に見られていたとは意外だ。

「正直なところはさ」

 と、私は切り出した。

「えっ?」

 身を乗り出す北本君の、真剣な表情が可愛い。

 真面目に心配してくれているらしい。

「いや、一昨日だったかな。マスコミに『事実を伝えるつもりがあるんですか』とか、室長が迫られてたじゃない?」

「テレビ見て先輩が、『こっちのセリフだっつうの! ありのままの意味を伝えるつもりねぇだろ』って、キレてた時っすよね」

 即答され、私は目をパチパチさせた。

「……そんな口悪かった?」

「悪かったっす」

「あはは。いや、あの時に室長は『伝えられていないなら申し訳ありません』とか謝っちゃってたじゃない? もう少し芯の強い人かと思ってたのよね。一生を共にするような事にならなくて良かったって思っちゃったわよ」

 私の話に、北本君は吹き出して笑った。

 テーブルの上で、空の紙コップが転げている。

「――マジすか。なぁんだ」

「うん。マジ」

「……」

 なにか言いたげな様子に、私が視線を向けて首を傾げて見せると、北本君は少々視線を泳がせた。

「あ、えっと。それで、月光を変化させるだとか遮断するだとかって、結局、可能なんですか?」

「無理だよ」

「え、無理なんですか?」

「うん」

 それが私の結論だ。

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