第8話


「先輩、休憩しましょうよ」

 助手の北本きたもと君が声をかけてくれた。

「うん。休憩室行く?」

 食い入っていたパソコン画面から顔を離し、私は北本君に聞いた。

「あそこはニュース番組つけっぱなしじゃないですか。そっちのテーブルに居て下さい。コーヒー買って来ます」

 パシリをさせているような気持ちになるが、ありがたくその提案を受けた。

 北本君はラフなTシャツの上に、私とお揃いの白衣を羽織っている。

 まあ、私も同じような服装だ。

 私達ふたりしか所属研究員の居なくなった研究室内は薄暗く、お堅さなども消えている。


 研究室のすぐ外に、紙コップ式の自動販売機が設置されている。

 これも、月光数値化の研究発表による恩恵だ。

 この研究所が華やいでいた頃は利用する者も多かった。

 現在は、私と北本君のふたりきりだ。


 研究室の隅で、北本君と向き合って座った。

 食事や休憩もできるテーブルだ。

「……えっ、これ新しいやつっすか?」

 コーヒーを片手に北本君が、買って来たばかりのゴシップ誌に目を丸くしている。

「あ、届けるの忘れてた。さっき、お使いに行って来たのよ」

 と、私も紙コップを口へ運びながら答えた。

 北本君は不安げに溜め息をひとつ。

「先輩、お使いなんか俺が行くって言ってるじゃないっすか。研究所の周り、マスゴミだけじゃないんすよ? 犯罪被害者を守る会だの言って、俺らを引きずり出してタコ殴りにしようってのも集まってるのに」

「被害者を守ると言う加害者ねぇ」

「俺だって、犯罪時間の内容を覚えるために犯罪心理の勉強したんすよ。結局、被害者のためだの自分は民衆の意見の代理だのって思い込んで、自分が考え付く言動が民衆の意見だとか勘違いしてる奴の行動が一番わかりにくくて危険だって事でしょ」

「なるほど。身の回りに当てはまりそうな状況があるね」

「当てはまりそうじゃなくて、当てはまってるんすよ」

 口を尖らせ、心配してくれる。

 さすが男の子だと、褒めてあげるべきだったろうか。


 コーヒーをすぐに飲み干してしまった北本君は、ゴシップ誌をめくりながら、

「先輩が髪型変えた時に、俺も真似して黒髪に戻して大正解だったっすよ」

 と、呟いた。

 猫舌の私は、やっとコーヒーを飲み始められたばかりだ。

「あはは。髪色が明る過ぎるとか生徒指導みたいなこと、ずっと室長に言われてたもんね。研究者らしくないのが許されるのは真っ当な研究成果を出している人だけ~なんて、陰口叩かれても変えなかったのに」

「先輩の真似しとけば、間違いないって思ってるんです」

「えー?」

 と、私も学生のような反応をしてしまった。

「室長みたいには、なりたくないって思ってたんですよね」

 と、北本君が呟く。

「ニヤニヤが顔に出てたよね」

「こんな事になって離婚されて、マスゴミに追い回される毎日じゃないっすか。その反面、先輩は自由に外出できるし、静かに研究を続けていられる。結局、最後に自分の思い通りにしていられる人が、勝ち組ってもんだと思います」

 早口で話し、北本君は私を真っすぐに見つめた。

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