第六話 機人(2)
「機人よ」
空を見上げるサラは、気のせいかもしれないけれど、どこか寂しげな様子だった。
「さっきの、もやのようなものが?」
「そう、機人本体ではないけどね」
サラは倒れたままの僕に気付くと、手を差し伸べてくれる。
「さっきは、ごめん。大丈夫だと理解していても、つい」
彼女の手を取る。思いのほか、やさしく引き起こされた。
流石の力だ。押し倒された時の身体の軽さから考えると、なんとも不思議だ。
「ありがとう。それより、大丈夫、というと?」
「あれは機人が地表を観測するためのスキャナー、言うなれば偵察機ね」
ということは、機人そのものではない。少なくとも人の形には見えなかったから、それはそうか。彼女は身を挺して庇ってくれたのだ。
「あなたが着ている布切れ、それでスキャンを誤魔化すことができるの」
「へえ、それはすごい」
ただのサラの趣味か、裸で現れた僕への当て付けかと思っていた、というのは声に出さないでおく。ローブの端を顔に近付けて、しげしげと眺めてみる。それでも、ただの布にしか見えなかった。
にしても布切れって。やっぱり彼女も服とは思っていなかったのだ。
「だから私が覆い被さらなくても問題なかったの。わかったら、その布切れは肌身離さず、身に纏っていなさい」
そう布切れ布切れと繰り返さずとも。突っ込み待ちなのかと訝しむ。嫌でも、この布切れが一張羅だから、これを着るしかない。露出趣味でもあるまいし。
ただそれより、サラには僕の生殺与奪を握られていのだと改めて実感した。彼女が拠点にしていた船や機人の話、僕が最後の一人うんぬん。あまりに現実離れしていたので半分も頭に入ってこなかった。でも、本当に、世界は変わってしまったようだ。
僕の焦りを知ってか知らずか、サラは再び歩き始める。
「もう気付いたと思うけど、機人の話には続きがある」
さて、人類を根絶やしにした機人は、その後どうなったのか。
結論から言えば、機人たちは困った。大変困ったのだ。
彼らは人間を模した肉体を与えられ、当時では最も人間に近い、とされる人工知能が実装された。人の手によって人を生み出す、人類は神に追いつかんとする所業によって罰を下されたわけであるが、機人たちにとっての不幸は、そこから始まったのだ。
彼らは「人間たれ」として創造されたにも関わらず、人間にはなれなかった。
いわば不完全な状態で親元を離れてしまったのである。彼らの人類への殺意が、地表から全て消し去らんとする殺意が、どのようにして芽生えたのか。彼らが不安定である故であったのか、子が親を憎む心であったのか、それとも、まさに神による介入であったのか、確かめる術はない。
ただ事実として、機人は、人間と人工知能の狭間で止まってしまったのだった。
その結果、機人たちは、彼らの認識以上に「人間らしさ」に固執するようになった。それは彼らにとって、長い旅路の始まりであった。
「人間らしさ」は祝福ではなく、彼らにとって長く、重い呪縛となった。
より「人間らしさ」を獲得することで、真に人間となるのか。
それとも「人間らしさ」を捨て去り、新たな機械生命体として自律するのか。
複数体が製造された機人たちの間にあっても、その意見は対立したらしい。
いずれにせよ、彼らは「人間らしさ」について、より探求する必要が生じた。
生じた、のだが、しかし人類はもういない。後の祭りであった。
故に、機人たちは困った。困ったのだった。
「そういうわけで、人間らしさを獲得するにせよ、捨てるにせよ、お手本である人間が必要だと、血眼になって探しているわけ。もちろんノアのように都合の良い、保存された人間が容易く見つかるわけもないから、必死みたい」
サラは呆れたように手を振ってみせる。
機人が何を思い、考えたのか、僕には想像もつかない。
それについて、サラがどう思っているのかについても。
それでも、同じように人工知能であるサラは、超然的なところはあるけれど、おしゃれをして、ころころと表情を変える姿は少女であって、僕にとっては人間と何ら変わらないように思えた。
「人間を再現することはできなかったの?」
「つまり、それはクローニングや人工子宮を用いて、人間を複製するってことね。不可能ではないはずよ。でも何らかの理由で成功には至ってないのでしょうね。そうでなければ、自分たちが滅茶苦茶にした世界から人間だったものを回収する作業を延々と続けるはずもないから」
ごもっともだった。
「それに、もし新たに人間を複製できたとして、自らの人間性に疑問を抱いている機人たちに、正しい人間性を持ったヒトを育てることが可能なのかしら?」
「人間らしさに、正しさなんて無いと思うのだけれど」
サラは意地悪そうに笑う。
「それは彼らに言ってあげて」
「それはちょっと、おっかないかなあ」
苦笑してしまう。機人に拉致されたら何をされるのだろうか。
それに、僕なんかから人間らしさを学ぼうとしたら、怒らせるか、余計に機人たちがヘンになってしまうに違いない。
「にしても、機人の偵察機?スキャナーはなぜ透明だったの」
サラは虚を突かれたような表情で、僕の顔をまじまじと見つめた。
「ノア、あなた意外に鋭いわね。さっき頭でも打った?」
「そんなに驚くことかなあ」
少し心外だったけど、僕の頭を掴んで揺らしてきそうな勢いで後ずさってしまう。
「まあいいわ。でも、そう。彼らがのんびり巡回できない理由があるの」
既に結構な距離を歩いた気がする。
と、林が開けた場所に出た。僕たちは崖上の林を進んできたようだ。
サラは崖の端にある巨岩に登ると、下を指差してみせる。
「あれが理由よ」
彼女の示した先には、町があった。
マキナ・ダイナスティ 石橋発破 @yuki_ritchie
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