第4話 終わりと始まり


月曜の朝、ブッコローを呼ぶと彼は元気だった。

———やあやあ。おはよう。もうすぐバレンタインだね。


上機嫌の声に安堵した。

ずっと前から決めていた。バレンタインはタカヒロ君にチョコを渡すと。そこで聞いてみた。

2月14日のカラーって、今から分かりますか?


———ヒロコったらっ…んもう!悪い子!いいよぉ、教えちゃうよぉ!ちょっと待っててね!


少しして言われた。


———ねえ、俺、怖い。運命が怖い。2月14日…茶色だって。チョコ色だってぇ!


チョコ色…やるしかないと腹をくくった。

次の週末、大きめのデパートに行った。1人で。タカヒロ君に渡すための、チョコを買った。

有隣堂にも行った。タカヒロ君が、これ、いいね、と言ったアレを買いに。



バレンタインデー当日。カピカピに乾いた口でやっと言った。

「こここ、これ、受け取ってください」

チョコを出しながら、心臓も飛び出しそうだった。


「ヒロコさん、ありがとう。でもこれ、義理かな?それなら嫌だな。」


咄嗟に言った。

「義理じゃない!」

チョコと一緒に、この前2人で見たノートも渡した。

スライスした木がページになっているチョコ色のノート。いい匂いだね、と言い合ったノート。

「こ、これも…どうぞ!」

声が裏返った。

タカヒロ君は手に取って、「これ、実は欲しかったんだ」と言った。


「お揃いで、私の分も買っ…ちゃいました。」

気持ち悪いと思われるかもしれないと思った。

でも彼は笑って言った。

「すごくいいね、それ。」


声がした。

———ヒロコ、良かったね。


ブッコロー…ありがとう…


人生で一番緊張した日で、人生で一番報われた日。





自分の部屋で、今日1日を振り返っていると、ブッコローが話しかけてきた。


———ヒロコ、お疲れ様、よく頑張ったね。


ブッコローのおかげだよ、と言った。

事実、あの場にブッコローがいると分かっていたから、勇気を出せたと思う。


———ヒロコ、話がある。もう時間がないから、早口になるけど。


初めてじゃないだろうか。彼の真剣な声。


———今、俺は西暦2023年に生きている。そこから時空を超えて、14歳のヒロコに話しかけていた。なんでミミズクが?とか、なんで私なの?と思うだろう。でも言えない。とにかく、今日で俺の役目は終わった。もう、ヒロコに話しかけることはない。


「え?何?どういうこと?分からない。」

困惑する私をよそに、ブッコローは続ける。


———悲しむ必要はない。時空を超える時のルールがあって、必ず記憶が消去されるようになっている。俺が話しかけるのを辞めたら、ヒロコは俺のことを全て忘れる。だけど、絶対また会おう。歴史が変わっても、必ずどこかで会えるよ。


「嘘でしょ。待ってよ。」


———ヒロコの思い出が、綺麗なものだったらいい。きっとこれから、楽しいことが待ってるはず。最後に一言言いたい。タカヒロコ!お幸せに!




「ブッコロー!」

大声で叫んだ。

意味が分からない。納得する前に行かないでよ。ねえ。聞こえてるんでしょ。

ずっと一緒だったじゃない!なんでそんなこと言うの?これからも友達でしょ。いつもみたいに、オヤジギャグを言ってよ!ばかばかしい思いにさせてよ!


いくら言ってもブッコローは答えなかった。

やだ!忘れるなんて絶対に嫌だ!

木のノートを広げて思い出せるだけ書いた。


ブッコロー オス ミミズク…


あれ…?


毎朝、色、声…


え?

言われた?お幸せに…?


私、今何をしているの?何を、書こうとしていたの?

書いた文字を見返した。


「ブッコロ ス ミミズ色 幸せ」


なにこれ!私が書いたの?今?


気持ち悪い…

そう言ってページを捨てた。





あれから数十年。


私は学生の頃からの夢だったホテルマンになり、毎日忙しく働いている。

今日は有隣堂という企業が、動画撮影のためにホテルに来る日だ。登録者〇万人記念として、パーティを開くらしい。文房具の取り扱いもある企業なので、私のお気に入りのものを持って行こうと思う。もしかしたらミミズクの中の人を見られるかもしれない。

これから始まる今日という1日に、ワクワクが止まらなかった。


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ブッコロー、教祖様になる~俺の言うことだけ聞いてろよ あさひ夕陽 @asahiyuuhi

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