第3話 神の類


その日から、私の生活は変わった。朝起きて、一番に彼にお伺いを立てる。


おはようございます。ブッコロー様。冬が近づき、乾燥する季節になりました。ご気分いかがでしょうか。つきまして、本日のお告げを賜りたいのですが。


かくいうブッコローは、そんな私に気を良くしたり、大笑いしたり、面倒臭がったり、様々だ。


———あ、ヒロコおはよー。今日?ピンク。


今日は面倒臭がっているブッコローだった。鼻をほじっているかもしれない。しかし、そんなこと他愛ないことだ。彼は教祖。ただ、言うことを信じていればいい。


桜色のメモ帳を持って行った。

私が何もしなくても、素敵な出来事は向こうからやってくる。

友達のイクちゃんが、メモ帳を見て話しかけてきた。

「それ、すごくかわいいね。桜の花びらが薄くプリントされてる。」


私はメモ帳を1枚切り取って、地面に落とした。

ヒラヒラ舞うそれは、本当に桜の花びらみたいに見えるのだ。季節外れだけど。

イクちゃんは驚いて、どこで買ったの?と言った。


有隣堂、と答えようとした時、声が聞こえた。

———とぼけろ。

とっさにそうした。


「えっと、どこだったかな…結構前だったから、忘れちゃった。」


イクちゃんは、もしかして、と聞いてきた。

「もしかして、ヒロコちゃんチの隣の文房具屋?」

「え?ヒロコさんチの隣、文房具屋なの?」

私たちの話を聞いていたのか、タカヒロ君がこっちを向いた。


きたーーーー!

心の中でガッツポーズをした。

場所を説明して、すぐ隣なの、と言うと、まじか、と驚かれた。

「俺、そこ、結構行くよ。」


パンパーン!

大きいクラッカーが鳴り、私は両手をあげて万歳をした。頭の中で。

そうやって、タカヒロ君との距離が、どんどん縮んでいった。



今日は日曜日。

私は調子よく、平日にしかブッコローに話しかけない。タカヒロ君と会える日じゃないと、聞いても意味ないし、そもそもブッコローも私に話しかけてこない。

それなのに、今日は朝早くに声がした。


———緑。黄色もあるといい。食べ物は野菜。緑黄色野菜。


驚いた。ブッコローが日曜日に話してくるなんて。以前、週末は駄目、と言っていた。なぜか分からないけど、週末は教祖業がお休みなのだと勝手に思っていた。


珍しいですね。心の中で言うと、

———まぁね。じゃ、忙しいからこれで。

と、話を切り上げた。声が途切れる少し前に、小さく後ろで

———トリガミか…

と、誰かと話している声が聞こえた。

鳥神とりがみ?やっぱりブッコローは仏や神の類なのだと思った。



緑と黄色。

今回はトリッキーな組み合わせだな。鳥だけに。

いかんいかん。ブッコローのオヤジギャグがうつってしまった。いかんいかん、っていうのもブッコローが言いそうな言葉だと気付いて、フッと笑った。

私たちの付き合いももう5か月。平日に毎日顔を合わせていれば、いや、声を合わせていれば、話し方も似てしまう。


1階に降りると、朝ごはんが用意されていた。

トーストにブロッコリーサラダと、オムレツ。緑と黄色、完璧だ。


緑色のズボンを履いた。黄色の身に着けるものを持っていなかったので、探して探して探しまくった結果、黄色のブックカバーが付けられている本をリュックに入れた。

そうこうしている内に、家を出る予定の時間を過ぎてしまった。1人ででかける文房具屋巡りだから、誰とも約束はしてないけれど。

1階から親に呼ばれた。

「ヒロコー、お友達が来てる―!」


お友達?変だな、と思って階段を降りると、お母さんに小声でニヤニヤされた。

「なんとかタカヒロ君って子が来てるけど、何?彼氏???」


思わず「なんで!?」と言ってしまった。

「ヒロコさんいますかー?だって。それでこんなに準備に時間がかかってたのねぇ。」

お母さんはニヤニヤを通り越して、ヌヤヌヤしてる。


急いで玄関を出ると、本当にタカヒロ君が立っていた。

「ヒロコさんの家、本当にお店の真隣なんだね。」

どうしたの?と聞くと、タカヒロ君は右手を頭の後ろに当てて、左下を見ながら言った。

「面白い文房具、探さない?」


心臓がヒュッとなった。


隣の文房具屋には新商品はあったけど、面白そうなものは見つけられなかった。

電車で少し行ったところの、有隣堂に行ってみた。

全く持って信じられなかった。タカヒロ君がウチに来て、タカヒロ君と電車に乗って、タカヒロ君とショッピングしている!


色々なものを見た。

デッサン向けの鉛筆削りとか、マスキングテープ専用のカッターとか、どれだけ時間があっても足りなかった。文房具巡りもそうだけど、タカヒロ君との時間が、ずっと続いて欲しいと思った。


帰り道、タカヒロ君は言った。

「今日は急だったのにありがとう。すごく楽しかった。」

「こちらこそだよ。」

本気で思った。


バイバイと言うのが寂しくて、手を振る自分を考えたくなくて、別れてから後ろを振り返らず帰った。やっぱりやっぱり、最高の1日だった。


ブッコロー、ブッコロー…

報告したくて呼びかけた。少し時間があって、声がした。


———ヒロコ…良かった。あぁ…ごめん。今は無理だ…


泣いているようだった。優しいミミズクだ、と思った。


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