第2話 俺、失敗しないので


それから毎日、話しかけられている。自分の頭がおかしくなったのかと思った。しかし、声を除けばあとは今まで通りなのだ。

今まで通りの学校と、今まで通りの、私。

タカヒロ君に、話しかけられない、今まで通りの、私。


『今度こそ、必ず』

願いが叶うお札でもあるまいし、そんなことを書いても、急にタカヒロ君と仲良くなれるはずがない。

毎日無視している声が、心なしか弱めに名前を呼んだ。


———ヒロコ・・・ちゃん?


声に出さなくても思っただけで、このブッコローとやらには聞こえてしまうらしい。

何なんですか、と、話したくもないのに、思ってしまった時点でもうアウト。


———やっと返事くれたよぉ。めっちゃ寂しかったんだからね!もう、オコ!ゲキオコ!いい?明日は赤。騙されたと思ってやってみなよ。いいじゃん。タダなんだから。


「赤・・・ですか。」


———そう。赤ならなんでもいい。ヒロコは今、赤の眼鏡とか持ってないの?


そんなの持ってるわけない。


———じゃぁいいよ。赤ペンで。お気に入りのヤツ、ちゃんと持って行くんだよ。

そうそう!赤といえば!俺さぁ、多色ボールペンで、赤だけ異様に減りが…


1週間、無視し続けて分かったことがある。

このミミズク、めっちゃお喋り。

このまま放っておいたらエピソードトークが深夜まで続きそうだったので、わかりました!と大きくシャットアウトした。


翌日、真新しい赤ペンをペンケースに入れた。それだけでは心もとなく、とっておきの赤を用意した。パフュームインクのローズ made in France。お小遣いを貯めに貯めてやっと買えたインク。これに決めた。


———え?え?何?あっぶな!見に来て良かった。それ、持って行っちゃうわけ!?


今日も3秒遅れて、え?と言うと、ミミズクは言った。

———それ紫ぃぃぃ!!


これは、赤です。

きっぱり言った。


———おバカさん!いい?今日は赤なの。紫じゃない。


無視してカバンに入れた。


———駄目だこりゃ。あーもう、分かった。いいよ。持って行けば。でも大変なことになるからね。まじ。ヒロコ泣くよ。知らないからね。


そこまで言い切られては気になる。

どういうことになるんですか?と聞くと、


———それは言えない。言わないんじゃなくて、言えない。そういうルール。


胡散臭い。

蓋があるとはいえ、そのままインクを通学鞄に入れるのは気が引けたので、薄い赤色でイラストが描かれている、チャック付きポリ袋に入れた。これも、紫と言われれば、紫かもしれない。でも、赤と言われれば薄い赤だ。


教室に入って時間割を確認する。

机の上に教科書を準備しようとしたら、ペンケースを落としてしまい、大きな音と共に中身がばらまかれた。

派手な音だなーと、近くにいた友達が拾ってくれた。その中にタカヒロ君もいて、はい、と赤ペンを手渡してくれた。


「ジェットストリーム、書きやすいよね。」


ドーン!と雷が落ちた、ように思えた。

ブッコローが言っていたのはこれだったのか!


「タタ、タ、タカヒロ君も使ってるの?」

私の目はちゃんと前を向いているだろうか。右に左に泳いでいそうで不安だった。

タカヒロ君は自分のペンケースを私に見せながら言った。

「ボールペンは全部これ。」

赤と青、黒のジェットストリームも入っていた。

「ノックの固さとか、音もいい。」

「わわわわ、私も!!!」


やばい!やばい!やばい!


タカヒロ君と話せた。信じられない。同じボールペンを使っているだけでもうれしいのに、そのペンの好きな所まで同じで、更にそのことについて話せるなんて!!!!

もう!!!最高か!!!


神様仏様、ブッコロー様!

今まで、無視してすみません。たかがミミズクとか思ってすみません。

競馬と合コントークまじうぜーって聞いてなくてすみません。それはこれからも聞かないと思うけど、とにかく何より!ありがとうございますううう!


はっきりそう思ったのに、ブッコローは出てきてくれなかった。

昼寝でもしているのかな。そういえばミミズクって夜行性だったっけ。


帰宅して、改めてお礼を言おうと思った。

ジェットストリーム赤を見せながら報告だ、と鞄を開いて愕然とした。ポリ袋の中で、パフュームインクの蓋が取れインクが溢れていたのだ。

———知らないからね。

ブッコローの高くて低い声が、聞こえたような気がした。

幸い、鞄の中にインクは染みなかったけど、私の心を沁みさせるには十分だった。

ブッコローが激しめに言ってきた。


———もうね、声を大にして言っちゃうよね。ほーらご覧!これで分かったでしょ?これから俺の話をよく聞くこと!うぜーとか言わないこと!


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