12月第2週 良き交流

『ア ユート ビアンコ

 2021

 トリンケーロ』


 イタリア・ピエモンテ州にあるワイナリー、トリンケーロの三代目である現当主エツィオ氏は、ワイナリー紹介を読むとテンプレなイタリアの伊達男のようだ。


 だが、ワイナリーを引き継いだ時にあった40ヘクタールもの広さがあったが、最も条件の良い10ヘクタール以外は売却または賃貸してしまったらしい。

 さらに、その中でも品質の良くないワインはお酢屋さんや安ワインのバルクとして二束三文で売っぱらうというこだわりっぷりだという。


 今回の1本は、輸入元代表の長男の名前ユートと「助けて!」を意味するイタリア語「A-iutoア・ユート!」をかけたジョークだそうだ。


 では、グラスに開けてみよう。


 白ワインどころかオレンジワインとですら思えない程の褐色、まるでブランデーのように見える。

 香りはパワフルの一言、あまりのインパクトの強さだ。

 味わいにも強い渋みがある。


 しかし、グラスに注ぎ、空気に触れさせて徐々に馴染んでくると、ベッコウ飴やアプリコットのドライフルーツなど様々な味わいの顔が見えてくる。

 そして、毎日1杯ずつゆっくりと開けていく。

 そうすると強烈な渋みも和らいでいき、また新しい味わいが現れる。

 

 非常にユニークなワインである。


『オードブル盛り合わせ』


 本当に盛り盛りで、本来ならば何人前なのだろうかという量を盛り合わせてみた。

 二種の加工肉・生ハム、サラミ、三種のチーズ・カマンベール、ミモレット、パルミジャーノ、ピクルス、ブラックオリーブをスライスしたバゲットを付け合わせる。


 これらは見栄え良さそうに皿に盛り付けただけなので料理と呼べるものではないが、立派な一品となった。


 見た目通り、ワインのつまみでしか無い。

 味見もなくワインと合わせる。


 すでに開けて4日経っていたからか、渋みのカドが取れてまろやかさもあった。

 そのおかげか、それともこのワインの本質なのか、どの食材とも合う。


 加工肉の塩分多めのタンパク質で旨味調味料のように味わいを増幅させる。

 チーズの持つガゼインのおかげか、さらにワインにまろやかさを与えてくれて果実の味わいがより鮮明になってくる。

 かと思えば、ピクルスの甘酸っぱさを抱擁する優しい味わいも見せる。


 ワイン単体では見えてこなかった良さが、食事という友のおかげでうまく引き出される。

 これがワインの楽しさの真骨頂なのだろうと思う。


☆☆☆


 前回までは白き闇との競争だ、と散々語っていたが、久々の快晴であった月曜日は畑作業をしなかった。

 前回の近況ノートで出かけると、ほんの少し触れていた用事のためだ。


 前作『神の血に溺れる』のラストでわずかに触れたことではあるが、この地に移住する前に短期のバイトでお世話になった山梨県にある某ワイナリーの元醸造責任者が遊びに来るということで会いに行っていたのだ。

 

 その御方も日本国内のワイン醸造業界では名を知られているので、その某ワイナリーを辞めた後、富士山麓で新たなワイナリーの立ち上げから精力的に携わっていた。

 で、多忙の合間を縫って仙台の大学に通う息子さんに会いに来たついでに、この片田舎に寄ってくれるという話だった。


 集合場所は、県内の北部、僕のいる片田舎は南部なので電車で1時間半の距離だったが、いたしなかろうと出掛けたわけだ。

 駅前にあるホテルで1泊予約してチェックイン、そこで久々に会うと変わらず元気そうであった。


 この町に住むその御方の元同僚(ワイン業界は転職が激しい)もやってきて、行きつけのレストランでディナーとなった。

 様々なワインとともに、新しく立ち上げたワイナリーの話も興味深く聞かせてもらった。

 

 それからその元同僚の方の経営するワインバーで夜中まで飲ませてもらった。

 その元同僚の方は、家業を継ぐためにやむなくこの地に戻ってきたが、それでもワインに携わっていたいと、本業をやりながらそのワインバーを開業したという熱い男であった。

 その時に頂いたワインが余ったので、家に持ち帰って冒頭のワインと生ハムたちとなったのである。


 そうして、翌朝、その元同僚の方の車で県南部に向けて出発した。


 始めに、ワイン用ブドウの苗木業者に寄って話を聞いて見学をさせてもらった。

 日本のワイン用ブドウの苗木は、正直に言って品質がそれ程良くないのが現状だ。

 その中で、より良い苗木を選抜していこうという取り組みをしているということで、再来年の増築予定の畑の苗を検討しても良さそうだという好印象を受けた。


 そうして午後からは、僕の住む某片田舎へとやってきた。

 

 まずは、僕がこの地にやってきてからお世話になっている地元ワイナリーを案内した。

 この日は、甘口用の甘みの凝縮した最後のブドウの収穫日であり、忙しかっただろうが快くテイスティングをさせてもらった。

 かなりの好印象を与えることができ、やはり良いワインは良いブドウから、という基本を皆再認識することができたと思う。


 某ワイナリーの皆さんは収穫で忙しいこともあり、僕がワイナリーの内部や畑の案内を代わりに行った。

 ついでに僕の『神の血に溺れるプロジェクトの畑』も見てもらったわけだ。


 こうして、それぞれ自分の日常へと戻っていった。


 この良き交流によって、良い刺激を受けたのだろうか、翌日からは活力が漲っていた。

 良いインスピレーションが次々と湧き上がり、自分のワイナリーではどのようにしていこうかという妄想が止まらない。


 それでも最も根幹にあるのは、やはり畑仕事に精を出し、


『良いブドウを育て上げる』


 その基本を忘れないようにやっていきたくこの週を過ごしていった。

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