12月第3週 切捨御免
『クレイジー バイ ネイチャー シリウス ホワイト
2020
ミルトン ヴィンヤーズ』
前作から引き続き、何度登場しているのか分からないミルトン・ヴィンヤーズである。
ニュージーランドのビオディナミ農法の先駆者であるが、同じ農法でやっていこうとは今のところ考えてはいない。
だが、ワイン造りに対する姿勢は見習っていきたいと思える、心の師匠でもある。
今回のワインはクレイジー・バイ・ネイチャー・シリーズ、名前の通り自然環境を重要視するジェームス・ミルトンらしい名前だ。
多分、シリウスは星の名前だと思うが、ハリー・ポッター・シリーズのシリウス・ブラックで遊んだ訳では無いと思う。
さて、長々と説明したが、開けてみよう。
グラスに注いだ瞬間、硫黄のような香りにおや? と思ったが、空気に触れさせてやると徐々に消えていく。
熟した桃のような果実味の強い甘やかな風味と味わい、どことなく漢方のような感じもあって複雑で面白い。
ハチミツのような余韻もありながら、程よい酸味が気持ちよく最後まで楽しめる一助となっている。
白ワインでも濃厚な味わい、自然酵母の野趣あふれる味わいをキレイに上手くまとめて仕上げるのがミルトンの良さでもあるのだろう。
『オーク鍋』
ついに待望のオーク肉……じゃなかったイノシシ肉が手に入ったので牡丹鍋風にしてみた。
だが、自分でイノシシ肉を調理するのは初めてだったので、肉道というジビエ肉専門店のレシピを参考にやってみた。
https://nikudo.jp/pages/type_inoshishi
レシピの画像ではシャレオツな牡丹の花のような薄切り肉であったが、こちらは捌いたのが本業農家の爺様方なので、部位不明のワイルドな赤身の塊肉が一枚だ。
ビニール袋の中から血の滴る塊肉を取り出し、一口サイズに切り分ける。
タワシのようなイノシシの剛毛が偶に残っているので、見つけ次第丁寧に取り除いてやる。
この後はレシピ通りに調理してやり、完成だ。
味噌味で煮込んだオーク肉を頬張る。
豚肉とは違い、実に歯ごたえのある弾力の強さ、しかし、噛むたびに溢れる濃厚な肉の旨味であるが、意外に臭みは感じない。
脂による甘みも強く、しつこさも無いところがたまらなく愛おしい。
ワインとともに合わせよう。
肉といえば赤、と思われるだろうが、濃厚な白ワインもまた肉料理と相性が良い。
特に味噌の塩の効いた味わいには良いと個人的に思うのだ。
その考えは大当たりであった。
ミルトンのブドウの良さによって、自然に作り出された濃厚な味わいのワインのおかげか、食べ疲れることもなくオーク肉を平らげていく。
自然の優しさを感じさせるワインと弱肉強食の自然の厳しい掟で仕留められた肉、この相反するような自然の両面によって出会った食事は、ある種悟りの境地を感じさせてくれた。
弱肉強食、それは自然の摂理であるが、死すべきモノを切り捨てる非情さもまた自身が生存するために大事な資質かもしれない。
☆☆☆
まだまだ忙しい日々は続く。
開拓中の畑に出たところで、電話が鳴り響いた。
「おう! 地区会長だけんど、
「いえ、畑に出ててめちゃんこ忙しいです」
「ほうかぁ、
「いただきます、ありがとうございます!」
と、食い気味に返事をし、夕方日没からオーク肉……じゃなかったイノシシ肉がもらえることになった。
僕の住む部落(この地方では町から離れた田舎の集落の意味合い)で地区会長をしているお隣さんでありJAのお偉いさんから、イノシシの解体のお誘いだった。
来年は
だが、今が畑作りが最優先なので残念ながら参加できなかった。
こうして頂いたイノシシ肉が今回の料理となったわけだ。
さて、その翌日である。
開拓中の畑のネットの一部が上から引きずり降ろされていた。
その近くの日当たりの良い岩の上で、下手人が毛づくろいをしていた。
「ムキョ? ムキョキョキョ!」
と、僕が追っ払うために近づいていくと、子供を背に乗せて一目散に近くの木に飛び移り、凄まじい早さで登って山の中へと消えていった。
日本の農業界において最凶最悪の魔獣ゴブリン……じゃなかった猿どもだ。
ヤツラは群れで襲ってくる上に、知能指数も高く狡猾、一度の被害は致命的なまでに甚大である。
ヤツラが近くに生息していることは知っていたが、ここまで近づいてくるとは、ヤツラへの対策を急がねばならない。
今はまだ取られるものは何もないが、実がつく頃になってからでは遅すぎる。
早い段階でヤツラを追い払うための武器を所持するための許可を得るためにも、来年の
やることは、もちろんこれだけではない。
もう一つの畑も急がねばならない。
今週末から大寒波が来る予報である。
一部地域で大雪の恐れがあるのだ。
剪定が間に合わないのでブドウ棚が潰れました、ではシャレにならない。
ここまでにすでにかなり進んでいたので、おそらく大丈夫であろうが念を入れてこの週で完了させようと本腰を入れた。
実は、この畑の中に1本程ダメになっている木を収穫時に発見していた。
今年は良年で真っ黒に熟して糖度も高い品質の良いブドウたちであった。
その中にあって、1本だけ異常に色が付かなくて糖度も上がらない木があったのだ。
様々な要因を考えたが、それは現実から目を背けているだけであった。
その原因は『リーフロールウイルス』である。
こいつに感染したら最早回復不可能という、現在では不治の病である。
症状として有名なのは、夏が過ぎた早い時期に葉が赤くなり、葉が巻いてくる。
そのような葉なので、当然ながら光合成も上手くできず実も熟してこない。
収穫期に他の木では20度を超えているのに、この木だけは15度のまま、そのまま長く木にぶら下げていたが何も変わらなかった。
試しに、家で手で絞ってジュースにしてみたが、味も素っ気もない。
こうして、決断したわけだ、今年で伐採しようと。
もったいないと手を拱いて判断が遅れたら、他の木にさらに感染を広げてしまう。
そうなっては共倒れ、そうなる前にすみやかに泣く泣く切り捨てたわけだ。
それ故の切捨御免である。
とりあえず、剪定は16日に無事に完了はした。
そして、17日午前である現在、白き闇に世界は染まり始めていた。
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