幸運の鍵

平 遊

あなたならどう使う?

 神様なんて、絶対にいない。

 天国なんて無いし、だからきっと、地獄だって無いさ。


 僕はそう思っていた。

 だって、そうだろう?


 ドンッ!


「わっ!」


 バチャッ!


「あっ、ごめんね?よそ見してた…あぁ、泥だらけじゃないか」


 バシャン!


「う〜ん、バケツの水くらいじゃ、綺麗にはならないか。取り敢えず、体操服に着替えなよ」


 ボロボロ…


「どうしたのこれ?キミ、こんなに体操服切り刻んじゃ、着られないじゃないか」


 この一連の相手は、うちの学校の生徒会長だ。親も学校のお偉いさんだからか、誰も何も言えない。

 誰も彼が僕を虐めてるなんて、思いもしないだろう。逆にいつも、助けてくれている良い人扱いだ。


「そんなんじゃ風邪引いちゃうよ?帰って着替えてきなよ」


 やさしい口調で、ヤツは僕にこんなことを言う。

 今日が、学期末テストの日だって、知っているくせに!



 もうどうでも良くなって家に向かった僕は、ふとポケットに奇妙な重さを感じた。

 不思議に思って、中の物を取り出してみると…


「…鍵?」

「おや、今回幸運の鍵を手に入れたラッキーボーイはあなたですか!」


 突然、タキシードにシルクハット、チョビヒゲのオジサンが目の前に現れた。


「誰っ?!」

「さぁて。神とも悪魔とも呼ばれていますがねぇ」


 お道化たように言うと、オジサンは続ける。


「ところであなた、その幸運の鍵をどのように使いますか?」

「これ、何の鍵ですか?」

「何にでもなる鍵、ですよ」


 オジサンはニンマリと笑った。

 だけど、目は全く笑っていない。


「その鍵は、どこへ続く扉でも門でも作り出すことができます。ただし、チャンスは一度だけ」

「どこへでも、ですか?」

「ええ」


 オジサンの言葉が嘘か本当かは分からなかった。正直怪しいものだ。

 でも。

 僕は考えてみた。

 考えて考えて考えて…そして出した結論は。


「地獄」

「なるほど!」


 満面の笑顔で、オジサンは手を叩く。


「地獄ヘと通ずる道の前には必ず、門番がいます。門番を通さずして地獄ヘ足を踏み入れることは、何人たりとも不可能。ですからその鍵は、地獄の門の鍵、となります。よろしいですね?」

「…あ、はい」


 冗談かと思いきや、オジサンがあまりにマジメな顔でそんなことを言うから、僕は勢いに飲まれて頷いた。


「あなたが地獄へ送りたいと思うほどの相手ならば、門番も間違いなく地獄送りにしてくれることでしょう。では、幸運をお祈りしております」


 えっ?

 と言葉に出す間もなく、オジサンの姿は消えていた。

 確かに僕は、心の底からアイツを地獄に送りたくて言ったのだけど、口には出していないはず…


 なんで…?


「あれっ?ここ、どこだ?えっ?なんでキミがここに?」


 オジサンと入れ替わりのようにして、アイツが現れた。

 少しだけキョロキョロしていたけれど、すぐに僕の隣を素通りする。


「なんだここ…天国なのか?!…って、なんだよっ!鍵かかってんじゃないか…チェッ」


 アイツがブツクサ呟いている方を見れば、そこには威圧感のある、オドロオドロしい厳つい門があるのみ。


 …見えている光景が違うの?

 なんだよ。

 僕にとっては地獄でも、アイツにとっては天国ってこと?!

 コレじゃ、今と何にもかわらな…


「なんだよキミ、鍵持ってんの?早く開けてよ」


 僕の手の鍵を目敏く見つけたアイツが、僕にお願いという名の命令を下す。拒否することもできずに、手にした鍵を鍵穴に差し込んで僕は門の鍵を開けた。


「おぉぉ…うわっ、なんだっ?!ぎゃぁっ、離せっ!おいっ、門を開けろ、助けてくれっ!」


 門の中からアイツの声がする。

 と同時に。

 あのオジサンの声がした。


「鍵というものは、開けるだけではなく、閉める、という役割もありますよ?」


 オジサンの声に、僕は手の中の鍵をじっと見つめ…


「おいっ、早く開けろっ!開けてくれぇっ!」


 再び鍵穴に鍵を差し込み、地獄の門の鍵を締めた。


「うんうん、これであなたも苦痛の日々から解放されますねぇ」


 いつの間にか門は跡形もなく消えていて、そこにはあのタキシードにシルクハット、チョビひげのオジサンの姿があるだけ。


「見事に一人の人間を、ただの人間の分際で地獄送りにされました!いやぁ、素晴らしい!」


 パチパチと手を叩く笑顔のオジサンの目は、怖いくらいに笑っていない。


「全く人間というものは、どうしてこうも地獄が好きなのですかねぇ…」


 気づけば、僕の手の中にあった鍵は、いつの間にかオジサンの手の中に。


「たまには、天国への扉も、見てみたいものですが」


 そう呟きながら、オジサンは姿を消した。



 アイツはあれから、本当に姿を消してしまった。束の間訪れた、平穏な時間。

 だけど今、僕は怯えている。


 いつ僕の前に、地獄の門が現れるか、と。


 あの鍵は、恐ろしい鍵だ。

 もしかしたらあの、タキシードにシルクハット、チョビヒゲのオジサンは、神様だったのかもしれない。

 天国も地獄も、本当にあるのだろう。


 幸運の鍵。

 もしあなたが手にすることがあったなら…

 よく考えて使うことを、僕は強くお勧めする。

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幸運の鍵 平 遊 @taira_yuu

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