第4話 お嬢様の友人

 今日は珍しくお嬢様がいない。お嬢様のお兄様である新山望様と2人でランチらしい。久々の家族との食事、緊張しているのがそわそわとした態度から伝わってくる。

緊張はしているが、楽しみでもあるのだろう。


朝、家の前には長ーいリムジンが停車しており、望様の使いがお嬢様を迎えにきた。俺はその人が新山家の使用人かどうか確認した後、お嬢様を彼に預けた。予定では昼の3時ごろにお嬢様をここまで送ってくださるらしい。。


休日は、お嬢様のお世話が主な仕事なので、そのお嬢様がいないとなると必然的に暇になる。さて、どう過ごそうか。従者になってから初めての休みだなぁ。


生きてた頃も暇なんてなかったから、寝ることと無心でいること以外、休む方法を知らない。


いっそ何か予定でもできてくれないかな。


ピンポーン


たまに、世の中っていうのは自分の都合がいいようにできてると感じることがある。今みたいに。さて、誰だろうか。配達など頼んでないし、新山家の人だろうか?


インターホン越しに相手の顔を確認する。髪の長い高校生くらいの女性が立っていた。


「どちら様でしょうか?」


こちらが問いかけると、女性は上品に微笑んで応答する。


「今日は、アポイントメントもなしにすみません。私、大原夢さんのクラスメイトの高橋弥生と申します。」




 俺は、高橋さんを居住棟にあげた。流石に主人の不在の中、本棟にはあげられない。お嬢様に用があったみたいだが、肝心のお嬢様はいない。


わざわざ自宅前まで来て何もなしに返すというのもいかがなことかと思い、お茶とお菓子を出すためにあげた。


というのは建前。お嬢様は家で学校の話をすることはあるが、友人を家に招いたり、連絡をとったりすることがない。


なので、お嬢様は実は学校ではぼっちではないのかと思っていた。今日は、たまたまお嬢様のクラスメイトが家に来たのだから、この際、学校でのお嬢様についてよく聞いておきたい。


「本日はわざわざ足を運んでくださったのに、お嬢様が不在で…申し訳ありません。」

「いえ、私も事前にご連絡していませんでしたので。なのにわざわざお茶なんて…」

「気にしないでください、お嬢様のご学友が訪ねてきたのにおもてなしの一つもできないなんて、従者失格ですから。」


礼儀正しい子だ。お嬢様の友達がこのような子で少し安心した。高橋さんは紅茶を口にし、「美味しい。」と呟くと、少し雰囲気が変わり、彼女から緊張感のようなものが感じられた。


「あの、柊さん。ですよね?」

「はい、柊龍斗です。以後、お見知り置きを。」


あれ、俺名乗っていないような…


「私、実はあなたに用があってきたんです。」

「私に、ですか。」


俺のことを元々知っていたのか。


「なんでしょうか?」

「…大原さんとは、恋仲なのでしょうか?」

「…は??」


彼女は一体何を言っているのだろうか。少し混乱していると、彼女の雰囲気が変わった。


「ですから、あなたと大原さんは付き合っているのでしょうか。この前、大原さんから一緒に暮らしていると聞きました。年頃の男女が同棲というのはつまり…」


冷静さを欠いているかのように早口で話し出す。


「落ち着いてください、高橋さん。」

「はっ、失礼しました、取り乱してしまって。」


落ち着いた奥ゆかしい感じだったのに急に早口で話し出すから、こちらは驚いた。高橋さんが、恥ずかしそうにうつむいてしまい、しばらくの間、沈黙が続いた。庭にある雀の巣から雀の鳴き声がはっきりと聞こえる。少しして、高橋さんは再び口を開いた。


「…私、ファンクラブの会長をやっているんです。だから、今日は会長として、あなたを調査しに来たんです。」

「…は??」


突然のカミングアウト。会長て。そもそもファンクラブって、誰の?お嬢様の?


「学校にはお嬢様のファンクラブがあるのですか?」

「はい、あれ?ご存知ないのですか?」


知らない、お嬢様は学校での話を毎日するが、そんな話は聞いたことない。いや、あの人にそれほどの人を惹きつけるほどの気品は無いと思うが。主人に対して不敬極まりないことを思っていると、高橋さんは言葉を続ける。


「お上品で美しくて、それでいてフレンドリーに誰とでも仲良く話してくださる大原さんは、男女問わず人気なんですよ。」


信じられない。お嬢様の従者として高橋さんと向き合っていることを忘れ、お口あんぐり。相当みっともない顔になっていることだろう。だが、それくらい驚きが隠せない。


「ファンクラブを作ったのは、一部の生徒が暴走してしつこく言い寄ったり、常識のラインを超えた行動をとる人が出始めたことがきっかけです。大原さんの友達として、彼女を守るためにはファンクラブがいい役割を果たせるのではないかと思い…」

「つまり、高橋さんはお嬢様のために尽力してくださってたのですね。」


お嬢様は学友に恵まれているのだな。よかった。


「いえ、そんな。ファンクラブなんてものができて、大原さんは恥ずかしい思いをしているでしょうし。」


申し訳なさそうにいう。


「大丈夫ですよ。多少恥ずかしいという思いがあっても、きっと内心は喜んでますよ。」

「そうですか、それならいいのですが…」


穏やかなムードになり、このままいい感じにお嬢様の日常生活を聞く流れに持っていけると思った。しかし、


「それで、柊さん、大原さんとはどう言った関係で。」


くそ、話をそらしたのに。どう言っても疑念が持たれそうで面倒くさいな。困る。


「主従の関係ですよ。」

「では、柊さんが大原さんのお世話をしていると。どこまで?」


あぁ、厄介だ。彼女、さっきはお嬢様のためにファンクラブ建てたとか言ったけど、よく考えたらファンクラブ作ること自体だいぶ常識のラインは超えてるよな。本当は彼女もお嬢様を愛でたかっただけなのでは。


「家事全般です。お嬢様に日常生活で負担になるようなことは全て私がやっております。」

「着替えやお風呂は…」

「そんなことは流石に致しません。」

「そうですか。」


墓穴を掘る…ようなことは何一つないが、念のため、全て正直に話す。


「では、大原さんに対して恋愛感情はありませんか?」

「ありませんね。」


これは即答だ。俺はそんなもの持ち合わせていない。


即答したことに何か感じたことがあるのか、高橋さんは俺に追求しようとしてきたが、俺の目を見て口を閉じた。俺の目から嘘は言っていないとわかったのだろう。


「ファンクラブの人は私という存在が気がかりなのでしょう?でも、安心してください。我々はあくまで主人と従者でそれ以上でもそれ以下でもありません。」


今日、ファンクラブの人間が持っているであろう俺への疑念をなんとかしなければ後々面倒なことになることが予想できる。彼女は常識を(一応)もった人間だが、全員がそうとは限らない。だから今は無理にでも強気でいく。


「お嬢様を学校でお守りしていただいているのは大原家の人間として感謝しかございません。しかし、ただの誤解でこれ以上無駄な干渉するのであれば少し変わってきます。」


少し冷たい目線を向ける。相手の目を見続け、圧力をかけていく。


「私にとって、お嬢様の平穏な日常が全てです。今はそれが守られている状態です。しかし、今後、それが外部の影響で守られないとなると…」


「こ、こちらにそういったことをするつもりはございません。申し訳ございません。」


これ以上踏み込んではならないと察した高橋さんは謝罪してきた。


おれの言葉に高橋さんはすっかり萎縮してしまった。少し圧をかけすぎたかな。だが、少なくとも、おれとお嬢様についてあれこれ追求してくることはないだろう。


彼女は大丈夫だろうが、ファンクラブはどう対処するべきであろうか。


放置するのは、お嬢様にとってよくないかもしれない。だからと言って、ないとそれはそれで問題が今後起こってきそうだ。だから、ファンクラブに首輪をつけたい。


委縮してしまった彼女にやさしく声をかける。


「高橋さん。」

「はい...。」

「ファンクラブに1つお願いしたいことがあるのですが、ですがよろしいですか。」


俺にすっかり委縮してしまっているな。でも今はそれでいい。


「はい、なんでしょうか。」

「ファンクラブがお嬢様の学校での安全を守ることをお約束していただけますか?」


「...もちろんです。」


一瞬言葉は詰まったが、強くうなずき、お嬢様を守るといった。


「では、ファンクラブを大原家公認のものにしましょう。そして、ファンクラブと僕が協力しあい、ともにお嬢様を守っていきましょう。」


大原家公認という言葉に、彼女は驚きを隠せないようだ。表向きはお嬢様を協力して守るため、本音はファンクラブの動向を監視するため、だが、あくまで友好的に。


「いいんですか。今回、私は出過ぎた真似をしてしまいましたし、大原さんにとって危険と判断されたと思ったのですが。」


「ファンクラブがなくなったほうがお嬢様の危険になると思ったので。」


俺は微笑みながら、高橋さんの疑問に答える。そして、手を差し伸べる。


「これからよろしくお願いしますね。」


「よ、よろしくお願いします。」


俺におびえながらも彼女はその手を取った。っよしこれで。


「早速お願いがあるのですが...

ファンクラブが持っているお嬢様の写真のデータをいただけませんか?」


「...へ?」






高橋さんが俺におびえていたのはここまでだった。この後は、大原夢トークでものすごく盛り上がった。俺自身、大原家を敵に回すことの恐ろしさを知ってもらうために圧をかけただけで、俺の本音は「お嬢様のご学友と仲良くしたい」だった。


写真のデータをもらい、お嬢様の学校生活について質問攻めにしたため、高橋さんもすっかりテンションが上がり、まるで押しについて語るおたくのごとく会話が弾んだ。


お嬢様が返ってくる前に高橋さんには帰ってもらい、お嬢様には今日、高橋さんが家に来たのは内緒にしておいた。きっとファンクラブの存在は俺には知られたくないだろう。


主の恥ずかしいところをみてみぬふりをするのも、従者には必要なことだ。

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旧名家のお嬢様と元生者の従者 椎名t_t @shina-freedom

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