ろくなもんじゃない
尾八原ジュージ
あや姉
あや姉が突然仏壇を拾ってきたので、ぼくも父さんも母さんもびっくりしてしまった。色々あったあや姉の問題行動の中でも、こいつはピカ一におかしかった。
仏壇は田舎のばあちゃんちにあるようなでっかいやつではもちろんなく、なんていうか今風のコンパクトなやつだけど、なんにせよそれは拾うようなものじゃないってことは小学生のぼくにもわかるってのに、
「元あったとこに返してきなさい」
「やだ」
なんて野良猫拾ってきたみたいな言い合いを母さんと繰り広げた後、あや姉は仏壇を持って部屋にこもってしまった。
「ひろき、お姉ちゃん何とかしてよ。あんた『お姉ちゃん係』でしょ」
っていつも通り早々に丸投げされたので、ぼくはとりあえずあや姉の部屋に行ってみる。「コンコン」と口で言うと、中から「いいよ」って返事があった。
「おじゃましまーす。あや姉、なにやってんの?」
あや姉は、半開きになった仏壇の戸の間に顔を突っ込んでいる。
「ここからこうやると地獄が見えんの」
「なにそれ」
「ほんとだって。ひろきも覗く?」
あや姉は、青白い顔を仏壇から出して手招きする。
「やだよ、気持ち悪い」
「大丈夫だって。この中にいないから、ひろきは」
「やだってば」
まさか本当に地獄が見えるとは思わないけど、直感的に絶対いやだと思ったので、ぼくはあや姉の部屋から逃げ出した。とりあえずもう放置でいいや。
ああ、また学校行かなくなるんだろうな、あや姉。それで父さんと母さんが喧嘩して、なんか知らないけど僕も叱られたりするんだろうな。お姉ちゃん係に立候補した覚えなんかさっぱりないんだけど、でもまぁいいかってダラダラ従ってきたのがよくなかったのかもしれない。
ぼくは大人になってもお姉ちゃん係のままなんだろうか。考えると憂鬱になるので、いつも途中でやめてしまう。
案の定あや姉は、それからほぼ一日中仏壇を覗いている。「ははぁーははは」みたいなご機嫌な声で笑ったり、「いいぞー!」って歓声を上げたりしている。
本人曰く地獄の門を開けちゃったらしい。でも今のところ特に恩恵はない。隣はぼくの部屋なんでうるさくて迷惑だけど、文句を言ったりすると仏壇の中を覗けと言われるのが面倒で、やっぱり放置してしまう。
「ひろき、何とかならないの? あんた『お姉ちゃん係』なんだから」
なんて母さんは言うけど、ぼくにだってどうしようもない。
あや姉の部屋はだんだん臭くなってきた。風呂に入らないせいかなぁとは思うけど、ドブみたいな悪臭に血の匂いが混じっている気がする。なんだか真面目に地獄めいた匂いだ。そういえば、今朝から声がほとんど聞こえない。静かでいいと思っていたけど、もしかしたら何かあったのかもしれない。
急に心配になって、ぼくはあや姉の部屋の前に立った。
「コンコン」
返事はない。
「入るよ」
やっぱり返事はない。
ぼくはドアを開けた。あや姉が床に倒れている。牛みたいにもごもごしている口から、ぐちゃぐちゃ血が溢れている。
あや姉は噛み切った自分の舌を、ガムみたいにくっちゃくっちゃ噛んでいた。救急隊員の人に部屋から運び出されるときに何かごぼごぼ言ってたみたいだけど、そんなんだから聞き取れるはずもない。
あや姉は病院で治療を受けたけど、結局死んでしまった。突然四階の病室の窓から飛び降りたのだ。悲しいというか寂しいというか、でもさっぱりしたというか。そんな風に思ったらいけないんだろうなとか考えていたら、なぜかぼくの部屋に例の仏壇が運び込まれてきた。
「何で捨てないんだよ」
父さんと母さんは「だって一応お姉ちゃんの形見なんだし」と悲しそうに顔を見合わせる。なんでこんなときだけ一致団結するんだ?
「別の部屋に置いてよ」
「だってひろきが『お姉ちゃん係』だし」
なんだそれ。死んだ後も有効なんて知らないよ。
結局仏壇も放置だ。扉を閉めてそのまま放っておいてある。中に何が入ってるのか知らないけど、一度も開けたことはない。父さんと母さんには「鍵が見つからない」って言い訳している。鍵なんか元々ついてないけど。
たまに扉の向こうから「ひろき」ってあや姉の声がする。あや姉は地獄に落ちたのかもしれない、と思う。
あや姉は前に、「ひろきはこの中にいない」って言っていた。けど、なんかぼくもそのうちこの中――ていうか地獄に落ちるような気がする。あや姉が死にそうになってるのに全然気づかなかったし、死んじゃったのに泣いてもいないし、仏壇だって放置している。だから地獄行きになっても仕方ないと思う。
てことは、ぼくは地獄でもお姉ちゃん係なのか。ろくなもんじゃないな。
ろくなもんじゃない 尾八原ジュージ @zi-yon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます